13.

 

 

 対戦会場に戻った悠理は、七賢親子から隠れるように、清四郎の真後ろに座った。
 キャミソールにシャツを重ねているし、元々、絶壁同然のバストなので、ノーブラだと気づかれる心配は、オスカルがラスカルになるよりも、あり得ない。
 が、身につけていたものが無くなると、やはり恥ずかしい。少し猫背になって、シャツの裾をさり気なく前に引っ張り、乳首が目立たないようにする。

 一方、碁盤の前に座る清四郎は、悠理とは正反対で、ぴしっと背筋を伸ばし、実に堂々としている。
が、その口元には、恐ろしいことに、変態の証であるブラジャーが隠されているのだ。
 世の中とは、げに奇っ怪なものである。

―― 本っ当に、根っからの変態だよな。

 悠理は、心の中で嘆息した。
 しかし、自分は、どうやらその変態に惚れてしまったらしい。信じられないことに。
 合縁奇縁という言葉は知らなくても、悠理はしみじみと縁の不思議について感じ入っていた。

 が、悠長に、感傷に浸っている場合ではなかった。
 七賢親子から放出される悪臭が、よりいっそう濃度を増したのだ。

「うぐうっ!!」
 何の防御対策も施していない悠理は、殺人ワキガの直撃を受けて引っ繰り返り、畳の上をのた打ち回った。可哀想な記録係にいたっては、白目を剥いたまま、気絶している。
 原因は、対戦状況にあった。
 愛のブラジャーマスクが早々に効果を発揮したらしく、清四郎が見事に形勢逆転を果たしたため、七賢親子が多量の汗をかきはじめたのだ。
 三人が汗をかけばかくほど、殺人的臭気が濃厚になっていくのだから、堪らない。

 悠理は、くらくらする頭で、身の毛もよだつ想像をし、慄いた。
 清四郎が負ければ、悠理は否応なしに尚也と結婚しなくてはならない。
 そうすれば、悠理は夜毎あのワキガとベッドをともにして、あのワキガと裸を重ねて、あのワキガに乳首を吸われ、あのワキガに@@を舐められて、あのワキガから言葉攻めに遭い、あのワキガに顔を寄せて眠らなければならないのだ。

 いくら顔が良くても、絶対に嫌である。

「清四郎・・・負けるなよ・・・!!」

 悠理は、殺人ワキガ臭に朦朧としながらも、必死になって、清四郎にエールを送った。



 一方的に攻められていた清四郎だったが、悠理の芳しいブラを手に入れてから、一気に勢いづき、見事に形勢逆転した。
 殺人的なトリプルワキガ臭も、可愛い乳房を包んでいたピンクのブラに濾過されれば、甘く痺れる香りになる。ブラジャーには、悠理の甘酸っぱい汗や、愛用のボディシャンプーの匂いが滲みており、鼻粘膜を優しくガードしてくれているのだ。
 しかも、ブラにはまだ悠理の温もりが残っている。まるで悠理の胸に顔を埋めているかのような錯覚すら感じる。悠理の乳首に執着する清四郎にとって、これほど強力な武器はない。

 追い詰められた尚也は、次の手をどうするか、真剣に悩んでいる。
 清四郎は、勝利を予感した。

 が。

 尚也の焦燥が、汗となって身体から滲み出してきた。
 汗は、即、悪臭に繋がる。
 しかも、幸之助と安喜子も、『手に汗握って』勝負を見守っているのだから、堪らない。
「うぐぉっ!!」
 いくら悠理のブラで臭気を防御しているとはいえ、しょせんはただの布である。それも大半はレースだ。織り目から入り込んだ臭気が鼻腔を直撃し、清四郎は仰け反った。
 あまりの悪臭に、眼が霞んで、意識が朦朧とした。

 尚也がぱちりと黒石を置く。
 清四郎も、朦朧としたまま、白石を置いた。

 その位置が、僅かにずれていることに気づいたのは、石を置いた後だった。

 しまった、と後悔するよりも早く、尚也が、にやりと笑った。
 碁盤を見る間でもなく、清四郎が、致命的な一手を打ってしまったことは、本人が一番よく分かっていた。
 ブラジャーの下で歯軋りし、霞む眼で碁盤を睨む。
 何とか危機を脱する手段はないか、碁盤に刻まれた361の目を睨み、考えようとした。
 だが、七賢親子の放つワキガ臭が、思考を巡らすのを阻害する。
 もう、臭いなどというものではない。人体に悪影響を及ぼす、驚異の毒ガスだ。
 今や、呼吸困難で意識朦朧、呼吸で体内に取り込まれたワキガ臭が、血液に乗って全身を駆け巡っており、自分自身がワキガになった錯覚すらする。

 万事休す―― そんな古い喩えが、脳裏を過ぎった。


 そのとき、背後で失神しかかっていた悠理が、合体を果たした超合金ロボのごとき勢いで、立ち上がった。

「清四郎っ!!あたいの乳首を、ワキガ一族のワキガ野郎に渡してもいいのかっ!?」

 突拍子もない怒声に、気絶していたはずの記録係が、俎板の上の鯉が跳ねるように、びょんと飛び上がった。

 悠理は、七賢親子など目に入らないらしく、清四郎を真っ直ぐに睨みつけている。
「あたい、お前以外の男に、乳首を舐められるなんて、嫌だからな!!お前だから、乳首を舐めさせたり、コリコリさせたりしたんだぞ!そこのところ、分かっているのか!?分かっているなら、何が何でも勝ちやがれ!!」
 悠理の絶叫が、殺人ワキガ臭に支配された対戦会場に、こだました。

 呆気に取られた清四郎の頬から、何かが、ずるり、と落ちた。
 それを見た七賢親子が、揃って、あっ、と、声を上げた。

 なんと、清四郎の顔を覆うハンカチの下から、ピンクのブラジャーが、べろん、とはみ出したのだ。

「ちちちちちち、ち、ちくび・・・」
 七賢母が、口角から泡を拭きながら卒倒した。
「安喜子ぉう!!」
 七賢父が、仰向けに引っ繰り返った妻を抱き上げ、意味不明の雄叫びを上げる。
 騒ぎを聞きつけた使用人たちが、悪臭にふらつきながらも、安喜子を担ぎ出し、幸之助もそれに同行して、対戦会場から消えた。
 残ったのは、清四郎と悠理、尚也、そして、可哀想な記録係の四人となった。

 殺人ガス発生源の二人が消え、臭気もずいぶん薄らいだ。
 清四郎は、口元を覆うブラを鼻に押しつけて、思いっ切り息を吸い込んだ。
 尚也のワキガ臭に混じって、悠理の甘い香りがした。

 ああ―― この芳香こそ、清四郎が求めて止まない、理想の女神の匂いだ。
 女神にしては、少しばかりガサツで乱暴ではあるが、かならず勝利を導いてくれるはず。

 清四郎は、顔を上げて、尚也を睨んだ。
 しかし、いくら恰好をつけようが、強盗風ハンカチマスクと、その下から覗くピンクのAカップブラが、清四郎を立派な変態にしていた。

 尚也は、清四郎のとてつもなく変態ちっくな迫力に、すっかり気圧されている。
 ここで清四郎が起死回生の一手を打てば、絶対に勝てる。
 何しろ、清四郎には、Aカップの女神がついているのだから。

 清四郎は、「ヒ@ルの碁」の主人公になったかのごとく、神の一手を求めて、碁盤を睨みつけた。



 ぱちり。

 清四郎が、白石を置く。

 長考。

 尚也が、がくりと項垂れる。

「―― 参りました。」


 それは、清四郎が数多の艱難辛苦を乗り越えて、ついに悠理を手にした瞬間だった。

「かっ。」
 清四郎の口から、呻きが漏れる。
「痰でも吐くのか?」
 悠理がズレまくった質問をしたため、清四郎はマッハの速さでツッコミを入れた。
「違いますっ!!この僕が、かーっ、ぺっ、と痰を吐くほどオヤジに見えますか!?勝ったんです!勝ったんですよ!!」
 清四郎の張り手ツッコミにも負けず、悠理は万歳をして飛び上がった。
「本当!?勝った!?勝ったの!?やったーっ!!」
 悠理は喜びに顔を輝かせながら、清四郎の胸に飛び込んだ。

 悠理を受け止める寸前、顔に巻いたハンカチを、ブラジャーごと外して、放り投げる。
 ハンカチとブラジャーが、ふわりと宙に舞う。
 清四郎は、彼女をしっかりと受け止め、力を籠めて、ぎゅっと抱きしめた。

「ええ―― 約束どおり、勝ちましたよ。これで、お前は僕のものです。」


 思えば―― 長い日々だった。

 ウォーリァーロボの直撃を受けたあの日から、雨の日も、晴れの日も、寝ても、覚めても、ずっとずっと、悠理の(乳首の)ことだけを、考えていた。
 清四郎の前に立ちはだかる五人の求婚者と、それぞれが突きつけてきた、難題だらけの勝負も、今となっては、懐かしい。
 そして、形振り構わずラ@ベリカードを蒐集してくれた仲間たちや、ともに闘ってくれたリリアンちゃん、マワシを巻いてくれた相撲部屋の関取たちとの記憶も、素晴らしい思い出となった。


「・・・お前、何やってんだ?」
 悠理が、ドスの効いた声で呟く。
 ふと見れば、清四郎の手が、悠理のノーブラ乳首を抓んでいた。
 ついでに、指先をツイストして、まさしく捻りのある刺激を加えている。
 無意識のなせる業ゆえに、恐ろしきことであった。

 しかし、清四郎は平然と笑い、悠理の額に、ちゅ、とキスをした。
「いいじゃないですか。悠理の乳首は僕のものになったんですから。」
「そーいう問題じゃないっ!!」
 真っ赤な顔で殴り倒され、清四郎は明日の@ョーのように、リング・・・ではなく、畳に沈んだ。

 悠理が、怒りに滾る瞳で清四郎を見下ろしながら、ふんと鼻を鳴らす。
「あたいに触る前に、言うことがあるだろ!?」
 そして、人差し指を立て、びしっと清四郎を差した。
「言わなきゃ触らせないって言ったはずだ!さあ、言え!!」
 畳と熱い抱擁を交わしていた清四郎は、頬を赤く染めて、悠理を見上げた。
「言え!!」
 悠理が怒鳴り声を上げて、清四郎に迫る。

 清四郎は、身を起こして、畳の上に正座した。
 逞しい青年が、指で「の」の字を描き、もじもじと恥ずかしがる様は、やはり気持ち悪い。しかし、すぐに決心がついたのか、「の」の字を描くのを止めて、立ち上がった。
 悠理を見下ろし、華奢な肩にそっと手を置く。
 二人の間に、目には見えない緊張が、走った。

「悠理・・・僕は、お前を愛しています。サクランボのように可愛い乳首だけではなく、お前のすべてを愛しています。だから―― 」
「だから?」
 悠理が、必死の瞳を、清四郎に向ける。

「悠理の花も恥らうヴァージンを、僕にたっぷりネブネブと堪能させてください。」

 ばきっ。
 清四郎は、ふたたびリング・・・ではなく、畳に沈んだ。

「いっぺん死んでから出直して来い!!」

 悠理の魂の叫びが、天下泰平な青空にこだました。



 何だかんだ言いながら、らぶらぶな二人の前で、七賢尚也は打ちひしがれていた。
 その頭には、清四郎が放り投げたブラジャーが、絶妙な角度で引っ掛かっている。
「・・・この僕が、囲碁だけでなく、恋愛にまで、変態に負けるなんて・・・神様は間違っている!」
 確かに、尚也の言うとおりであるが、世間では、アクロバット並みの理不尽が罷り通るものなのだから、こればかりは致し方ない。


 とにもかくにも、こうやって、五人の変態・・・ではなく、対戦相手は、清四郎の偏執的な愛の前に敗れ去り、見事、青春の花を散らしたのであった。




 その後。

 清四郎と悠理は、仲良く手を繋いで、剣菱邸の長い廊下を歩いていた。
 目指す場所は、ただひとつ。

 悠理の、寝室だ。

 やがて、悠理の部屋の前に着く。
 ドアの前で立ち止まり、どちらからともなく、向き合った。
「本当に良いのですね?」
 清四郎が尋ねると、悠理はむっとして、くちびるを尖らせた。
「イイから一緒に来たんだろ!何度も聞くなよ!」
 そう言いながらも、やはり恥ずかしいのだろう。悠理の頬は、桜色を通り越して、薔薇色に染まっている。
 その顔があまりにも可愛くて、清四郎は、嬉しくなった。

 ちゅ。

 嬉しさを堪え切れず、ドアの前で、悠理にキスをする。
「うわ!何するんだよ!?」
 慌てる悠理に、また、キス。キス。キス。
 清四郎は、悠理を抱きしめて、耳元で呟いた。

「これから、僕がどれだけ悠理を想っていたか、実地で教えてあげますね。」

 あんなことや、こんなこと。
 はたまた、あんなプレイや、こんな体位。それに加えて、色々な小道具を使う遊戯。
 清四郎が妄想してきたすべてのことを、悠理に教えてやろう。

 もう二度と、妄想の世界に羽ばたかなくても済むように。


 ドアが開き、寄り添った二人が、中に入る。
 ばたん、とドアが閉まり、二人の姿は、向こう側に消えた。

 そして。


「あん、いきなり、そんな・・・あっ!駄目ぇ・・・!」


 はてさて、ドアの向こう側では、何が行われているのやら。

 変態青少年と結ばれることになった、悠理の運命はいかに?

 そして、ついに悠理を手に入れた清四郎は、健全かつ清廉な日々を取り戻せるのか?  





 あとは―― 皆さまの妄想・・・もとい、ご想像のままに。



 

 

 

 

 

ちゃんちゃん♪

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 素材:イラそよ様