BY カパパ様
いつもは海外旅行の多い有閑倶楽部だが、今回は国内だ。 可憐と野梨子の希望により、石川県の温泉に来ている。 俺としてはもうちょい遊びがいのあるところが良かったんだが、まあ決まったものは仕方ない。 馬に乗れる牧場があるらしく、悠理と美童は割と楽しみにしているようだ。 当然、俺が運転することになるだろう。運転は好きだし得意だ。昨日のうちに地図も確認してある。 昨夜、少し飲みすぎたせいか頭がだるい。運転を控えているから何とか酔いを醒まさなくちゃな。 だりーけど、朝風呂するか。 *** 露天浴場には、先客がいた。 俺らの他にはいないと聞いたんだけどな。 旅館の人か? 朝もやと湯気で、その姿はよく見えない。 だが、そのシルエットは仁王立ちしているようだ。 泉質を確かめているのか? いや、よく目をこらすと、こちらに背を向けている。 雄大な海を向いているわけだ。 ああ、景色を眺めているのか。ここの人だったら見慣れているかもしれないが、旅館の仕事は忙しい。ゆっくり眺めているヒマなんてないのだろう。 おはようございます、と声をかけようとした途端、その人影が振り向いた。 肩に手をやり、何かを掴み取ったようだ。 タオルか・・・。 げっ!? って事は、今までタオルを腰に巻かないで立っていたのかよ!? いっくら人がいないからって、大事なモノをさらして仁王立ちしていたってのか? なんだよ、その変態的な行動は! ・・・あまり声をかけたくなくなってきたな。 ま、まあ「これから仕事で忙しくなるから、今この時だけは解放されていたい」って事なんだろうな。ストレスたまりそうだもんな、この仕事も。 気を取り直し、もう一度声をかけようとしたところ。 絶句した。 その人物は、俺がよく知っている人物だったからだ。 朝日が眩しいのだろう、少しばかり目を歪ませている。 それはいいのだが、なぜか嬉しそうだ。 俺に気づいた様子もなく、口がニヤけている。 な、何を考えてやがるんだ・・!? すると、いきなり表情が一変した。 ハッ、と真顔になる。 何かを考え込んでいるようだ。 苦悩の表情。 あの清四郎が、何を悩むと言うんだ・・・? 逞しい裸身と相まって、美術館にある彫刻のようにも見えてくる。 目を閉じて、ふう、とため息を吐いた清四郎。 口元が綻んでいる。 幸せそうな笑み。 な、なんだ、悩んでいたんじゃねえのかよ!? 俺が戸惑っていると、また真剣な表情になった。 わ、わからねえ・・・。 あいつと初めて会った時、「ケタのちがう男だ」と思ったのは間違いじゃなかった。 早朝の露天風呂で仁王立ちした挙句に一人百面相・・・・ってどんな趣味なんだよ! しかもその間、「心ここにあらず」の状態だったのは分かるが、ピンと張りのある男の象徴をずっと俺の方に向けていた。 まるで「見ろ!」と主張しているかのように・・・。 その主張に従って、思わず視線が固定されてしまう。 畜生、結構でけえな・・・。 それが、すっとタオルで隠された。 声がかかる。 「おはようございます。魅録も朝風呂ですか、珍しいですな。」 平然と言いやがった。 俺の朝風呂より、カラスが長風呂するより、もっと珍しい物を見せてくれたばかりの清四郎。もう表情はいつものポーカーフェイスだ。 「お、おう・・・。清四郎も朝から上機嫌じゃねえか・・・。じゃ、じゃあっオレもう行くから・・!」 とりあえずの返事は、自分の声じゃないようにカサカサしていた。 悪いが、俺はポーカーフェイスは得意じゃない。動揺は丸見えだろう。 あのニマニマ顔を見せられれば、誰だって「朝から上機嫌じゃねえか」くらいは言いたくなるさ。 が、正直に言って今は、清四郎と共に冗談を言い合えるような気分ではなかった。 怖い。 悠理が幽霊を見た時、異様に怖がっているのはこんな恐怖感なのだろうか? 「自分には理解できない恐怖」が差し迫っているのが怖いのだろうか。 とにかく清四郎に背を向けて脱衣所まで走る。 風呂場で走るのは危険だが、あいつと一緒にいる方が危険だ。 慌てて浴衣を羽織り、部屋へ向かう。 静かな廊下で後ろを振り返った。 清四郎はいない。 いきなりのダッシュで心臓がバクバク音を立てている。 壁にもたれかかり、帯を締めることにした。 結び目を作る際、下を見てみると・・・。 ・・・・!! お、俺のアレまで勃っているじゃねえか!? ななな何で? おい、嘘だろ? いくら朝とは言え、起きてから結構経つぞ? ま、まさか・・・・!! まさか、もしや、冗談もいい加減にしてくれよ!? あの、清四郎の姿を見て興奮なんかしてないからなっ! 仁王立ちの後姿が「ちょっと変態チックだが凛々しい」なんて思っていなかった。 朝日を眩しそうに見る目で「俺を見て欲しい」なんて思わなかった。 一人笑っていたあいつを「可愛いな」なんて、ましてや「俺だけにその笑顔を向けて欲しい」なんて思うはずがない。 悩ましげな表情が「セクシー」とも「抱きしめてやりたい」とも・・・!! どんな女を見ても覚えなかった感情に戸惑う。 危険な香りのするこの感情は、どこかで甘さを伴っているようで。 ダッシュ後、数分しても心音は元に戻らなかった。 ・・・この感情の名は、まだ知らない方がいい。 それを知ってしまう事は、「危険」に両足を突っ込む事になるからだ。 それに気がついてしまっている時点で、俺はもうあいつに囚われてしまっているのかもしれない。 いつも自信満々で何でも知っていて、そのくせ時々どうしようもなく幼稚なあいつ。 普段は大人顔負けの、というより並の大人では適わない知能と体力を誇るあいつは、時折悠理と負けず劣らずのアホをしでかす。 そのくせ、悠理を苛めている時はひどく楽しそうで幸せそうで。 ・・・シアワセソウデ。 なんてこった。 危険な感情はやっぱり気づかない方がいい類のものだった。 俺が自分の気持ちに気づいた時には、既にあいつの心は親友のものだった。 ふっ・・・と自嘲の笑みがこぼれる。 酔いが醒めたばかりだというのに、今こそ酔いたい気分だ。 ちっ、参ったな。 ・・・清四郎とは距離を置くことにしなくちゃな・・・ 密やかな感情は、俺の心の中で殺すから。 手強くてすぐには殺せないけれど、いずれ消えてなくなるだろう。 だからそれまでは、あいつの目を見ることができない・・・。
END
清四郎編を書いていて、魅録の気持ちをSSにしたらギャグになるかなー・・・と思いつき書き始めたモノ。で、気まぐれというか何と言うか『アミーゴ』っぽくしてみようか、とフロンティア精神を出してみたら、無理やり感満タンのブツに仕上がってしまいました。 ギャグ→切ない片思い・・・これだけ聞けば、笑って泣けるラブストーリーっぽいのに。清純派オタクを自称して憚らない私ですが、これを機に一皮剥けたいと思っています。いやん、そんな意味じゃありませんよ! |
背景:柚莉湖♪風と樹と空と♪ 様