烏    

BY もっぷ様

  俺の烏は美声で歌う。

 俺の肩で、謳いかける。

 

 

 

 どうやら世間ではそろそろホワイトデーと言うやつらしい。

 いや、ホワイトデーなんだ。

 ひと月前うんざりするほどに受け取った贈り物にお返しなんぞをせねばならんらしいが、贈り主のわからんものが大多数だったから平等を建前として誰にもお返しはしないことにしている。

「んで?お前さんは悠理に何を贈るんだ?」

 唐突に訊くと、黒髪の男は怪訝そうな顔をした。

「この状況でそれを訊きますか?」

「キスくらいはしてやる決心がついたか?」

 こんな風に、と俺は制服を脱ぐのももどかしく俺のベッドの上で俺の上に乗り上げている男の唇を掠め取った。

 軽く啄ばむだけに止めたのだが、すぐに俺の短く刈った桃色の髪に奴の指が入り込み、再び合わされた唇から深く深く口中を貪られた。

「あいつとはキス一つだってしませんよ。」

 離した唇を尖らせて言うから、意地悪をしたくなる。

「俺と悠理が間接キスをすることになるのがイヤか?」

 俺が訊くと、奴は端正な顔を歪めた。図星。

 

 こいつにとって俺の親友である彼女は犯すべからざる神聖な天使。

 笑えるもんだ。

 彼女を神聖視しすぎるあまりに、彼女の親友である俺を犯すことしかできぬ男。

 やっとこ彼女の努力で恋人として付き合うようになったようだが、付き合い始めてひと月が経とうとしているのにこいつは彼女にキス一つできやしないのだ。

 俺のことはどこまでも貪ることができるくせに。

 

 本当にこいつはずるい。

 

 初めて出会った十五の頃から、彼女の親友だからと言うだけの理由で俺を犯し続ける男。

 さすがに滅多に体を交えるところまではいかぬが、俺の身体の外に出ている性感帯はすべて奴の手の内だった。

 いつもいつも俺を啼かせる、ずるい男。

 研ぎ澄まされた気と鍛え上げられた肩が、胸が、腕が、脚が、俺のものよりも幾分か細い指が、俺を心行くまで征服する。

 肉体だけではなく、俺の魂までも。

 

 こいつ自身の魂は俺に決して渡さぬくせに。

 

 今日もこいつは耳元で囁きかける。

「そんな繰言よりも、いい声を聞かせてくださいよ。」

 いつものように、ね。

 男の低い声音にこの俺が欲情するなんざ思春期を迎えたばかりの頃には欠片も思わなかった。

 だがこいつに初めて会ったときから、こいつの声は俺を落ち着かなくさせたものだ。

 この男になら征服されたい。こいつはそう思わせる男だった。

 逆に征服してやりたくなるときも、あるのだが。

 

 艶やかな黒絹の髪に、知性の光る黒曜石の瞳。

 黒い学ランを身に纏う姿はさながら闇に融ける烏。

 

 ぎゃあぎゃあ、という耳障りな声の代わりに、美しい声で俺の耳元で謳う。

───もっとお啼きなさい。

───もっと乱れなさい。

───貴方は、僕のものですよ。

 

 ホワイトデー。白の日。

 黒い烏は白い天使を汚さぬために、男を貪る。

 黒い羽の黒い色が白い羽に染みぬように、黒い色を硬く固める。

 白い羽に黒を移さぬように。遷さぬように。

 白にうつろいうるもろい黒を、俺に塗りたくり落としきる。

 そして何者にもうつろわぬ黒い結晶を、作り出す。

 

 

 

 だから俺の烏は美声で歌う。

 俺を酔わせる美声で謳う。

 

 白い羽を、守るため。

 

 

 

 

(2006.3.4)

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