もっと、公園に行きましょう♪

 

 

「なぁ、清四郎」

ふわふわの髪が、桃のような頬にかかり、秋風に揺れている。

清四郎の買ったオークルの暖かそうなミニワンピースに、ブラウンのブーツ。

つぶらな瞳で見上げる彼女は、これまで猿だ犬だと思ってきたことが嘘のように可愛らしく見えた。

「なんですか?悠理」

緩みそうになる頬を引き締め、清四郎は彼女に笑みを向けた。

なにしろ、とびっきりの美少女が清四郎の腕に手を絡め、寄り添って歩いているのだ。

笑みもとろける。

 

「おまえさぁ、もうちょっと弱そうなそぶりできない?」

「は?」

「だって、こうしてたらさすがに遠目にはあたいら、カップルに見えるだろ?おまえが強そうだから、チンピラが出てこないんじゃないかなーって」

 

清四郎の腕に頬を寄せるように悠理は頭をもたせ掛けた。

それだけで、清四郎の胸に広がる暖かな想い。

言ってることがあいかわらずなのも、ご愛嬌。

もう、彼女に対する自分の想いは自覚していた。

”恋人ごっこ”などではなく。

ずっとこうして寄り添い歩きたいと、悠理に告げるつもりでいた。今日、この公園で。

 

「どうですかねぇ。僕はそれほど厳つい風貌だとは思いませんけど」

「けどさ」

悠理は清四郎をキッと見上げた。

「おまえ、さっき公園の入口んとこで、いかにもそれっぽいチーマーに、殺気向けただろ」

清四郎は鼻白んだ。悠理が気づいていたとは思わなかった。

せっかくのデート、意気揚々とチンピラ狩りなどを始められてはかなわないから、牽制したのだが。

「・・・ああ、彼らは二人組でしたでしょう。ああいう奴らはもっと徒党を組んででないと襲ってこないものですよ。『ガンつけた』とでも言って向かって来るかと試してみただけですよ」

「おまえの眼光、恐かったもん。誰だって退散しちゃうよ」

悠理はぶちぶち口を尖らせた。

 

 

 

**********

 

 

 

悠理は慣れないミニスカートの足を気にしながら、口を尖らせて隣の清四郎をうかがった。

清四郎はニコニコ上機嫌に見える。

悠理のチンピラ狩りにこの男がこうして毎度付き合ってくれることが、不思議だった。

てっきり、馬鹿なことはよせ、と叱り付けられそうなのに。

 

悠理の不機嫌な口調は、照れ隠し。

胸がドキドキしてザワザワして、どうにも落ち着かなかったのだ。

こんなときは、悪人を蹴り飛ばしてスッキリするに限る。

だけど、『カップル狙いの暴行が頻発しているので、ご注意を』という公園の看板に偽りアリ。

もう何回も通ってるのに、悪党は現れてくれない。

 

やっぱり・・・・・・。

ふと、悠理の心に影が差した。

 

いくら寄り添って歩いていても、悠理と清四郎じゃやっぱり恋人同士には見えないのだろうか。

清四郎がこんな服をプレゼントしてくれたけど、悠理には似合わないに違いない。

 

――――偽物の恋人。借り物の服。

 

なんだか、胸が苦しくなって、悠理は清四郎の腕に頬を擦り付けた。

この頃たまに。どうでもいいようなことで泣きたい気分になる。

たとえば、やせっぽちで男顔の自分は、女に見えないとか。

頭がよくって、強くって、なんでもできるこの友人が、悠理をペットとしか思ってないとか。

それなのに、いつも意地悪なはずの清四郎が、時折、優しく微笑んでくれるとか――――ぬくもりを感じられる距離で。

怒られるよりも優しくされるほうが、胸が痛むなんて、初めての経験だった。

 

あの黒い目が、優しく細められる。

いつも悠理の髪をくしゃくしゃかき回す大きな手が、肩を抱き寄せる。腰に回される。

密着する体。

ドキドキする心臓の音が、聴こえてしまいそうで、苦しい。

 

「悠理、ちょっと座りませんか?」

「い、いいぞ」

 

公園の中ほどのベンチに、ふたり並んで腰を下ろした。

小さな噴水から流れ落ちる水が、低めのライトに照らされて煌いている。

 

悠理は両足を真っ直ぐ伸ばして投げ出し、足の間に手を組んで乗せた。

おおよそ女らしくない座り方だったが、足を合わせて座るのも恥ずかしい。

自分らしくない気がして。

これまで、女らしくなくってへっちゃら。むしろ、男勝りが、自慢だった。そこらの男に、腕力でも度胸でも、遅れはとらない。

もちろん、清四郎は別だけど。

その清四郎の前で、急に女らしさを意識してしまうことが、悠理はとても恥ずかしかった。

だけど。隣に座った悠理の肩に、清四郎の手が回った。そうあることが自然であるように。

 

ドキン。

また、心臓が跳ねる。

まだ、ごっこ遊びは続いてる。

それが、嬉しくて・・・・ちょっぴり哀しい。

 

「悠理」

「お、おう」

「今日で、こうやって公園に来るのは何回目でしたっけ」

「ええと・・・3回・・・4回目?」

「一向に、チンピラは現われませんね」

「・・・・・・・・・・・・・・・うん」

 

悠理は小さく頷いた。

そのまま、俯く。

『もう、諦めましょう』と、清四郎が言うのを待った。

もう、やめようと、彼が言うのを。

潮時だとわかっていた。恋人ごっこの。

 

「悠理」

「・・・・・・・・・・・・ん」

「顔を上げてください」

 

清四郎に促され、悠理はのろのろ顔を上げた。

あの、胸が苦しくなる優しい表情。深い色の瞳。

清四郎の目に、泣き出しそうな悠理の顔が映っていた。

 

「僕はこの数日、本当に楽しかった」

「うん?チンピラ狩り、できなかったじゃん」

悠理の疑問に、清四郎は苦笑した。

「別に、チンピラ狩りには興味ありませんから」

 

ズキン。

『興味ない』という冷たい言葉に、胸が痛んだ。

 

「興味があるのは、それなのに楽しかった自分の感情の方にですかね」

「ん?」

「それと・・・」

 

清四郎は悠理の肩に手を回したまま、もう一方の手の指先を悠理の顎にかけた。

どうしても俯きがちになる悠理を制して。

 

「それと、おまえの気持ちに、興味があります」

「あたいの・・・・気持ち?」

「悠理は、チンピラ狩りができずに、つまらなかったですか?」

 

ここで、そうだ、と返事しなければ、悠理が悠理でなくなってしまう気がして。

うん、と頷こうとしたけれど、顎にかかった清四郎の指がそれを制する。

上を向かされた目の前には、清四郎の顔。ぐ、とそれが近づく。

吐息のかかる距離。

 

「僕と、こうするのは・・・嫌ですか?」

 

かすかに。

ほんのかすかに、唇に触れた温もり。

 

悠理はあまりのことに思考を飛ばし、真っ白になった。

 

 

**********

 

 

悠理が硬直して思考停止状態になったことはわかっていたけれど。

それでも、清四郎は言わずにはおれなかった。

不意打ちで奪った、せずにはおれなかったキスと同じく。

 

「悠理、ぼくは『ごっこ』でなんて終わらせたくはない」

 

清四郎はなおも悠理を抱き寄せた。

凝固した体は簡単に腕の中に納まる。

もう一度、唇に触れそうなほど顔を寄せ、

「僕は、おまえのことが・・・・」

清四郎は思いのたけを囁く。

そうして、今度は深く彼女の甘い唇を味わいたくて。

清四郎が想うように悠理が彼に恋をしているかなんて、わからなかったけれど。

それでも、彼女の心を得る自信はあった。

たやすく腕に収まったその身と同じく。

清四郎は自信家なのだ。

 

ふたたび、唇が触れようとする、そのとき。

 

        「おうおうおう、見せつけてくれるじゃねーかよっ」

 

ついに、ここ数日の(悠理の)待ち人、来たる。来なくていい時に限って。

 

清四郎の視線が、ベンチを囲むように立っている五人ほどの彼らに向けられた。

その中に、先ほど公園の入口でガンをつけた二名を見出す。

仲間を引き連れ、戻って来たらしい。

清四郎の双眸は細められる。先ほど発したものとは比べ物にならない殺気を、宿して。

 

 

**********

 

 

ぼーっとしていた悠理が覚醒したのは、「おうおうおう(後略)」の声を耳が捉えてから、かっきり30秒後だった。

待ち人があらわれたのだと脳に到達するまでに、それだけの時間がかかってしまった。

 

腰が抜けたような姿勢で座っていたベンチから、跳ね起きるように立ち上がる。

しかし。

反射的にファイティングポーズをとった悠理の目に映ったのは、倒れ伏している五人と、涼しい顔をしている清四郎だった。

清四郎が数秒で全員を昏倒させたことは明らかだった。

しかし、いつもなら意地悪な、もしくは自慢げな笑みが浮かんでいるはずの顔は、無表情。

息を乱すでもなく、能面のような顔で手をハンカチで拭いている。

「せ、せいし・・・」

唖然とした悠理の声に、清四郎の顔に表情が戻った。

「・・・ちょっと、手加減し損ねました」

ニヤリ、といつもの悪魔の笑み。

たしかに、いつもの清四郎なら完全に気絶させるようなことはしない。しかもその中の二名は鼻血の海に沈んでいる。

清四郎らしからぬ、汚い結果だ。

「ず、ずりーぞ!」

清四郎にいつもの表情が戻ったことで、悠理もやっと我に返った。

「なんで、おまえ一人でやっちゃうんだよー!!」

悠理はミニスカートで地団駄踏んだ。

「しかも、こんなに完膚なきまでに叩きのめしたら、絶対こいつら二度と襲って来ないじゃんか!」

暴漢など、もう出ない方がいいのだが。公園の平和のためには。

本末転倒。なんのためのチンピラ狩りか。

思わず口走ってしまった悠理に、清四郎は苦笑を漏らした。

 

「それはすみませんねぇ」

 

そして、清四郎は悠理に手を差し出す。

 

「じゃあ、もっと別の公園に行ってみますか」

 

いつの間にか、ニヤリ、な笑みが、優しいとろけるような笑みに変わっていた。

その笑みに、ふたたび悠理の心臓がドキンと脈打つ。

 

「お、おう・・・」

 

そう答える悠理の言葉は、思いのほか力なく、語尾が消えた。

だけど、嫌だったからじゃない。

 

清四郎の手に、悠理は自分の手を重ねた。

掌がドキドキして、心臓がそこに移ってしまったかのよう。

手と手が触れる、たったそれだけで。

 

――――なんとなく、もっとすごいものが触れたような気もするのだけど?

 

悠理の脳からは、フリーズ前の出来事は吹っ飛んでしまっている。

 

「さぁ、公園に行きましょう♪

 

上機嫌の清四郎と手を繋いで、悠理は首を傾げた。

清四郎の笑みが、また見慣れたニヤリ、に変わっていたから。

いつもの彼の表情は、落ち着かない悠理の胸を安堵させたのだけど。

 

清四郎の笑みは、一般的には、悪魔で狩人の笑みだった。

 

次なる獲物は、さらなるチンピラ?それとも・・・・・

 

 

 

さて、はて。 

 

 WEB拍手のお礼SSとして軽〜く書き始めたのですが、楽しくって回を重ねてしまいました。とりあえずここでおしまい。でもまた書きたいなv

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