男子更衣室にて。




本日は合同体育のため、美童は清四郎のクラスと更衣室でかち合った。
体操服に着替えながら、友人と談笑していたとき。注目される事に敏感な美童はすぐに気がついた。
着やせするタイプの清四郎が見事な体躯であることは、仲間の美童や、同じクラスの男子生徒は知っているのだが、 日頃、この優等生生徒会長と接する機会の少ない一般の生徒は、彼に秘かな視線を投げかけている。
驚嘆と羨望と――――それ以外も若干。
美童とは趣味嗜好の異なる数人の男子生徒の、ねっとりとした視線の意味はすぐにわかった。
清四郎はまったく気づいていないようだが、彼は誘蛾灯のようにそういうタイプに好かれまくるのだ。
障壁となる、友人がその身にまとうクールで近づきがたい雰囲気以外に、武道の達人であって幸いだ。そうでなければ、よからぬ輩に 押し倒されているに違いない。
美童自身は、寄せられる恋情を処理するのに慣れている。同性からよりは、異性からの方が圧倒的に多いのだし。
しかし、最近は腕力自慢のお断りしたいタイプ(大山瑠@子嬢やらモル@ビアやら)に迫られることもあるので、美童も 少し体を鍛えた方がいいのかもしれない、とも思う。筋骨隆々には、なりたくないが。

綺麗に筋肉のついた友人の上半身になにげなく目をやった美童は、彼の背についた裂傷に気がついた。
「清四郎、どうしたの、それ」
この友人の体に痣をつけるのは、よほどの達人だ。
いや。
訊いてから気がついた。裂傷は、引っかき傷。そして、肩の辺りに紅く残っているのは、歯型ではあるまいか。
「ああ、これですか?悠理ですよ」
「えっ」
清四郎は肩をすくめて、苦笑する。
「噛まれたんですよ」

一瞬、更衣室が静まり返った。

「な・・・なんで?い、いつから・・・?」
「ほら、あなたも知ってるでしょう。僕らが婚約した時のこと。あれ以来、悠理はちょくちょく来るようになって」
「こ、婚約騒動のときから?!」

美童の素っ頓狂な声に、周囲も注目する。
皆の視線は、清四郎の裸身に注がれている。
さすがの清四郎も注視に気づき、服を着こんで、気まずそうに声を落とした。
「・・・しっ、大きな声を出さないでくださいよ」
「ご、ごめん、でも」
心底、美童は驚いていた。まさか、友人ふたりがそういうことになっているとは。
確かに、以前から清四郎は、悠理を構うのが楽しくて仕方がない様子だし。
悠理も結局、清四郎を頼りにして懐いているし。
学園一の秀才と、学園一の劣等生。しかし、このカップルは意外に似合いかもしれない――――とは、婚約騒動のときに思ったものの。

「そうか・・・そうなんだ・・・」
感慨深く美童は呟いた。
だけど。なにかが引っかかる。
ふたりが付き合っているのだとしたら、もちろん祝福するが。
じゃれあっているところは、日常よく目にするものの、ふたりが肉体的にも結ばれた恋人同士なのだとは、 証拠の痕跡を見せられてなお、想像もつかなかった。

つい先ほどの昼休みにも会った、友人の無邪気な顔が脳裏を過ぎる。
差し入れ弁当を5つも平らげて、なおも美童の弁当を狙い舌なめずりしていた、動物じみた顔。

「それ、本当に悠理が?」
清四郎の胸元に、美童は人差し指を突きつけた。
それは確かに、噛み傷ではあるのだが。
美童は青い目を疑念に細めた。
あの悠理がぁ?」

美童は確信していた。
悠理は、処女だ。間違いない。
他の誰の目をごまかせても、美童には分かる。

「そうですよ。ケダモノじみた奴だとは思っていましたが、まったく、あり得ませんよ」
清四郎は大きくため息をついた。
「他の誰が、噛みつくんですか。組み手中に」

美童は脱力した。

「そうか・・・そうだよね・・・」
婚約騒動のときに和尚と親しくなった悠理は、東村寺に顔を出すようになったらしい。
たいてい清四郎が遊び半分で型を教えたりしてやっているのだが、ムキになった悠理に、ルール無用で飛び掛られることがしばしば。

美童の脳裏に、映像が浮かんだ。ドラ猫よろしく、キシャーッと髪を逆立て爪を立て牙を剥く、悠理の姿が。

「ったく。あいつには、かないませんよ」
美童の想像と寸分違わないであろう記憶を辿り、清四郎は目を細めている。
しかし、その目は意外なほど優しい。口元は、笑みでほころぶ。
清四郎の表情から、近寄りがたい冷徹さは消えている。
悠理といるときの、彼はいつもこうなのだ。

「清四郎・・・」

冷たいモノトーンに、一滴の艶。
その趣味のない美童でも、思わず友人の笑みに目を奪われていた。
それは、天然色の彼女が、彼に与える化学反応。


「さぁ、授業に遅れますよ」
「うん」
清四郎に促され、美童も用意を整える。
更衣室をあとにするとき。
背後から、ひそひそとした会話が耳に入った。

「生徒会長と剣菱さんが・・・」
「まさか、そんな・・・」

彼らの会話を中途半端に聞いていた者達は、すっかり誤解してしまったようだ。
学園超有名人の彼らのこと。あらぬ噂は、広まってしまうかもしれない。

しかし、美童は静観し放置しておくことにした。
火のないところになんとやら。
嘘から出た真というではないか。

いっそ、噂になればいいと思った。
ちょっとは、自覚をするかもしれない。恋愛偏差値の低いふたりも。
まんざら、”あらぬこと”ではないかもしれない。

いつの日か、彼らの関係が変わるのも。



(20005.9)

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