「今週末、おまえ名古屋に行くって?いいなぁ、あたいも行きたい!」 「いいですよ、一緒に行きますか?一泊予定ですが」 「え、いいの?行く行く〜♪」
部室での悠理と清四郎のこの会話に、唖然としたのは残る四人。
「い、一泊旅行に行くの?ふ、ふたりっきりで?!」 常識的に、妙齢の男女なのだから可憐が裏返った声を出したのも無理はない。 「悠理、それってやばくない?」 そう言う美童は悠理とは同部屋で寝起きを平気でするのだが。 「何がヤバイんですか。一緒に旅行なんていつものことでしょう。悠理は魅録とだってよく一緒にツーリング だなんだ出かけてるじゃないですか」 「まーそうだな」 清四郎の言葉に魅録は頷く。 「そうだじょ、今週末他に誰も遊んでくんないくせに」 悠理は唇を尖らせ、仲間達の顔を睨みつけた。 「清四郎は用事があって行くのでしょう?悠理を連れて行っていかまいませんの?」 野梨子に問われて、清四郎はにやりと笑みを浮かべた。 「いいんですよ。ただのオフ会ですからね。悠理と一緒の方が楽しい旅行になりそうだ」 「え?」 オフ会ってナニ?と悠理が魅録に質問している間に、清四郎は残るメンバーに向かって声を潜めた。 「・・・・”心霊研究会”のオフ会なんですよ」 クククク、と笑う清四郎の笑顔は悪魔の笑み。 野梨子、可憐、美童は声をなくし、途方に暮れた顔をした。
そして週末。 「味噌カツ、きしめん、天むす、ひつまぶし♪」 悠理はご機嫌で鼻歌スキップ。 名古屋までは東京から新幹線でほんの1時間半だ。 「味噌煮込みうどんも食いたいよなーvv」 「ええ、そうですね」 清四郎も笑顔。 思えば、清四郎と悠理がふたりきりというのは珍しい。 ふたりの共通の趣味といえば、格闘技を教わりに東村寺に行くぐらいなのだから。 始終楽しげな悠理と一緒では、清四郎も我知らず心躍った。
あっという間に名古屋駅。ホームにはサークルの仲間達が迎えに来てくれていた。 本日は学生らしい若者の姿が多いが、基本的に老若男女数百人の会員のいる、真面目なサークルである。 清四郎はサークル内では伝説的人物だった。
「菊正宗くん!」 「こんにちは、お久しぶりです」 顔見知りの幹事に清四郎が挨拶したとき、清四郎の背後から、ぴょこんと悠理が顔を出した。 「えへへ。こんにちは!剣菱悠理でっす」 「突然すみません。飛び入りで参加させていいでしょうか」
数十人すでに集まっていたサークル仲間の男子の三分の一、そして女子のほぼ全員が愕然と表情を変えた。 あっけに取られた顔の幹事に、あわてて清四郎は笑顔で告げる。
「あ、ホテルは僕と一緒でいいですから」
清四郎のその言葉に、赤面する者。ますます顔色をなくす者。 その反応に、ようやく清四郎は自分が問題発言をしていることに気がついた。
「やっぱり彼女がいたのねぇ」「めちゃめちゃ美人じゃない」「すっごい可愛い!」「勝ち目まったくなしね」 「えーん」「てっきりこっちの人種かと思ってたのに」 等々、ボソボソと囁きを交わす人々の反応。 もっとも親しい倶楽部の仲間達のあの反応があったにもかかわらず、悠理が恋人だと思われるとは、 清四郎は不覚にも予想をしていなかった。 なにしろ、彼にとっては恋愛感情は興味の対象外。特に悠理など、女どころか人類の範疇外だと認識していた。
「・・・あー、ええと、こいつは、ですね・・・」 一応、ただの友人です、と説明しようとはしたのだが。 倶楽部の仲間達と違い、なかなか分かってもらうのは面倒そうだ。 どうせ一日だけの付き合い。彼女だと思われていた方が、話が簡単かもしれない。 嘘も方便。 「こいつは、僕の・・・」
”彼女” ”恋人”
そう口にしようとして、喉がひきつった。
「どったの?清四郎」 悠理がきょとんと清四郎の顔を見上げる。 なるほど。 客観的に見れば、”めちゃめちゃ美人”で”すっごい可愛い”仔犬のような瞳。 自分の顔に熱が昇ってくるのを感じ、清四郎は焦った。 どうせ脳内には”ういろう”だの”きしめん”だののことしか詰まっていない悠理の顔が、照れてしまって直視できない。
だから、つい言ってしまった。 「こいつは僕の――――」
「ペットです!」
悠理の眉根と鼻の頭に、皺が寄った。
ガブリ。
悠理は抗議の言葉を口にする前に、清四郎の腕に噛み付いた。
「・・・・・・・・・・・・・。」 清四郎は、人前で飛び上がったりはしなかった。
彼にできたのは、冷や汗を流しながらぎこちない笑みを浮かべることだけ。 悠理の髪の毛を右手でつかみ、左手でほっぺたをつねりつつ。
嘘つきな彼が、吐けなかった最初の嘘。 その理由はわからない。このときは、まだ。
そうして、彼は途方に暮れる。
|
オフ会で名古屋で遊んできました。そんでもって、こんなん書きました。
「そして僕は〜」のシリーズのつもりだったんですが、「男子更衣室にて」の続きみたいですな。
噛み付き悠理たん。(笑)