男子更衣室2魅録編 BY
フロ
合同体育が終了し、体育教官室に寄っていた清四郎に付き合って、 美童が男子更衣室に遅く戻ってきたとき。 更衣室の前では、旧知の友人がひどく険しい顔をして待ち構えていた。 「!!」 美童は思わず、清四郎の逞しい背の後に回った。 「魅録、どうかしたんですか?」 清四郎は首を傾げてあっさり声をかけたが、元ヤンの魅録の眼光は仲間の美童でも肝胆冷える。 「・・・さっき、そこで他の生徒が噂してんの聞いちまったんだけどよ」 呻るような低音で言葉を発し、魅録は清四郎を睨みあげた。 「おまえ、悠理と・・・その・・・」 魅録は言葉を濁した。そして、眉を顰めたまま俯く。耳が染めた髪の色と同じ色に変わっている。 「悠理?」 清四郎は片眉を上げる。 いきなり出たもうひとりの友人の名と魅録の態度に清四郎は怪訝顔だったが。 美童はピンと来た。 魅録は、清四郎と悠理の噂を聞いたに違いない。ふたりが肉体関係を持った恋人同士であるという、噂を。
「おまえ、悠理と付き合ってんのかっ」 魅録は俯いたまま言い切った。ひどく狼狽して、怒った口調。 清四郎の眉に皺が寄る。美童は反対に目を見開いた。 魅録の反応が意外だったからだ。 「・・・・とにかく、中に入りましょう。僕も美童も着替えたいですからね」
更衣室には、他の生徒は残っていなかった。もう終礼時間だから、皆教室へ戻ったのだろう。 「・・・で?」 清四郎は体操服を脱ぎながら魅録を促した。 「どんな噂を聞いたんです?」 更衣室の棚に背中を預けてポケットに手を突っ込み、手持ち無沙汰だった魅録は、俯いていた顔を上げた。 清四郎の裸の肩に目をやり、ぎょ、と表情を強張らせる。 「おまえと・・・悠理が・・・」 魅録は清四郎の肌から目が離せないようだった。 それも当然。 先ほど、美童も驚いた。清四郎の肩には、くっきりと歯型と爪あとが残っているのだから。 魅録はごくん、と息を飲み込んだ。 「・・・それは、悠理が?」 「ん?」 清四郎は自分の胸と肩に目をやった。 綺麗に筋肉のついたなめらかな肌。男にしては色が白くきめ細かな肌についた、紅い傷跡。 魅録はふらふらと吸い寄せられるように清四郎に近づいた。 震える指で、清四郎に胸に触れる。 ほんの指先。人差し指の先。 表情はなにかに憑かれた者のように感情を失っていた。 「悠理が、つけたのか?」 筋肉の流れに沿って、指先は胸から腹に下りる。清四郎はくすぐったげに身を竦めた。 「そうですよ。それが、何か?」 愕然とし色を失った魅録の表情とは逆に、清四郎は挑戦的でさえあった。
「う、噂どおり、おまえは、悠理と付き合っているのか?」
喘ぐように魅録は言葉を押し出した。 清四郎は目を細める。
「・・・だったら?魅録は悠理の保護者のつもりですか?」
二人の間に、見えない火花が散ったように見えた。
美童は呆然と二人のやりとりを見守っていた。 魅録の強張った表情と狼狽ぶりから、美童も最初は魅録が悠理に気があるのかと思った。 魅録の瞳に浮かぶやるせない狂奔が。絶望の滲む声音が。ほのかに染まった目の下の薄い頬が――――恋をしている者の兆候だとは、美童でなくてもわかるから。 少なくとも、清四郎の方には自覚はない。それなのに、彼らが演じているのは、恋の鞘当なのだろう。 たぶん、きっと。
しかし。 ――――何か違うくないか?
美童の脳裏を、ガァッと爪を立て牙を剥く、野生的な友人の面影が過ぎった。清四郎に噛み付いた張本人。 あの悠理をめぐって学園2,3位を争うイイオトコ二人(当然1位は美童自身だと信じて疑わない)が睨みあっている図、というのはどうも信じられない。 確かに清四郎と悠理はどっこいどっこいの恋愛指数の低さも含めてお似合いだと思っているが。 その悠理と魅録は一番親しく、いつもつるんでいる間柄だが。 日常の彼らを間近で見ているだけに、どうしても美童は魅録があの悠理に恋しているとは思えなかった。だから、彼が噂を聞きつけ詰問してきたことに驚いたのだが。
むしろ、どちらかというと・・・・
まだ肌に触れていた魅録の手に、清四郎は自分の手を重ねた。 ふ、と口元に笑みを浮かべる。 張り詰めた空気が和らいだ。
「・・・・誤解ですよ、魅録。これは確かに悠理につけられた傷ですがね。東村寺で乱取り中にやられたんです。変な勘ぐりはやめてください」 清四郎の落ち着いた笑みに、魅録も緊張を解いた。 「そっか・・・・そうだよな。あの悠理だもんな」 魅録はぎこちなく清四郎に触れた手を離した。まだ、顔は真っ赤に染めたまま。
ぽりぽり頭を掻いて苦笑している魅録に、微笑みを浮かべたまま清四郎は探るような目を向けた。 「・・・・・。」 考え込むように、清四郎は自分の肌についた傷に触れる。 悠理のつけた傷に。
魅録が悠理を想っていると清四郎が思い込んだのは明らかだ。 それは、清四郎の意識の変化を促すかもしれない。
優等生で切れ者で、ひどく恋に鈍い友人の心に放り込まれた小さな石。それによって起こるだろう波紋を、美童は期待しつつも。 もう一人の友人におそるおそる目を向ける。
もう、二人の間の妙な緊張感は去っていた。 なにやら、艶めいた恋の鞘当は。
「東村寺か・・・・俺も、体鍛えようかな」 魅録は脱力した表情で、自分の細い腕を撫でた。決して華奢ではないものの、骨ばった腕。魅録は清四郎の筋肉のついた腕を、うっとりと見つめている。 「おまえと、乱取りかぁ・・・」 熱に浮かされたような小さな呟き。
「俺も今度、東村寺に行っていい?」 そう言った魅録のはにかんだ笑顔。
ええ、もちろん、と笑顔で頷く清四郎の隣で、美童は自分の直感が誤りであることを懸命に祈っていた。
男子更衣室で密やかにおこなわれた、無自覚な恋の鞘当の真実を。 魅録の目にまだ消えぬ、憧憬と恋の熱を。
end
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