昼休み。 部室へ向う廊下の途中で顔を合わせるなり、幼馴染は眉を寄せた。 「野梨子、やっぱり風邪をひいたんじゃないですか?朝は蒼ざめていましたが、今は赤い顔をしていますよ。」 頭痛に頭を押えながら、野梨子はため息。 「ええ・・・食欲がありませんわ。」 「熱が出ているようなら、帰った方がいいのでは?」 清四郎はひょいと野梨子の額に掌で触れた。 その途端。
「きゃああっvvv」
と、黄色い声が周囲で上がった。 二人を遠巻きに、女生徒達が赤らんだ顔で見守っている。
「やっぱりお似合いですわねぇv」 「わたくしも、あんな風に心配されたいですわv」
野梨子と清四郎が、公明正大まったくただの幼馴染であることは、学園の誰もが承知のはずであるが。いまだ、二人の関係に胸をときめかせている乙女達は、ひきもきらず。
「・・・部室に体温計があるので、計りますか?」 清四郎は気まずそうに野梨子の額から手を離した。 「・・・そうしますわ。」 野梨子の頭痛はますます酷くなった。
*****
部室で薬箱から体温計を出し、清四郎は野梨子に手渡した。薬箱を私物化している清四郎の趣味なのか、今時珍しい水銀の3分計だ。 野梨子が計り始める前に、扉が開いて仲間達が顔を揃えた。 「聞いたわよー!」 可憐がニマニマ笑いながら、ウインク。 「聞いたって、何をです?」 清四郎は怪訝顔で片眉を上げる。 「そこで、女生徒がキャアキャア騒いでたぜ。」 「生徒会長が白鹿様を心配して、額に手を~♪って。」 魅録と美童の言葉に、清四郎と野梨子は顔を見合わせてため息をついた。 「熱を測っただけじゃないですか。なんだって騒ぐんだか、理解不能ですな。」 「確かに、額で熱を測るくらい、普通するよな。」 「額同士付け合うのが一番わかりやすいんですよ。でも野梨子には僕だってそこまではしません。それなのに・・・」 「夢見がちな乙女達なんだから、許してやってよ。」 「いいじゃない、清四郎は”優しい幼馴染”だと思われてるんだから。」 「僕は”優しい幼馴染”ですが、何か?」 真面目な顔をした清四郎の発言に、一同シラけた。
「・・・ぅんしょ、と。」 部室内にやって来た時から一人無言だった悠理が、テーブルの上に差し入れ弁当をいつものように積み上げる。しかし、大好きな弁当を前にしているにもかかわらず、いつになく億劫そうだ。 「悠理?」 やはり、彼女の異常に気づいたのも、清四郎だった。 「おまえも、随分顔が赤いですね。」 「・・・んんん~?」 悠理は半眼で振り返る。 目が据わっているだけでなく、頬が赤く動きが緩慢だ。 「悠理も風邪ですかね?」 清四郎は掌を悠理に伸ばしかけて、ハタ、と動きを止めた。 先ほど、不本意に騒がれたことを思い出したらしい。
悠理相手ならば、額をくっつけ合っても、誰も何も言わないだろうが――――清四郎は彼なりに、躊躇し。その結果。
ズボッ。 「むぐっ?!」 悠理の口に、清四郎は人差し指を突っ込んだ。 悠理は目を見開いて凝固。
「「「「????」」」」 仲間達も、唖然と絶句。
チュポン。 「・・・なるほど。結構、熱が上がってますね。」 清四郎は悠理の口から指を引き抜くと、ハンカチを取り出ししっかり拭った。
「・・・お、お、おまっ、な、なにっ?!」 悠理が赤い顔をなお赤くして目を吊り上げる。無理もない。 「何って、熱を測ったんですよ。子供は口や耳で測るんです。体温計は野梨子が使っていますしね。」 「な、なんで子供っ!」 悠理は拳を振り回す。清四郎はその手をあっさり捕え、ニヤリと笑った。 「子供仕様が不満なら、犬猫のように測ってやろうか?あちらの方が、暴れる患畜向きだしね。」 「?!」 もがいていた悠理は、その言葉でピタリと動きを止めた。 赤かった顔から、音を立てて血の気が引いてゆく。
「・・・・ごめんなさい、清四郎ちゃん~!あたいまだ子供です、口でいいです~!」 悠理は涙目になって、懇願し始めた。 清四郎は満足気な笑みを浮かべ、従順になった悠理の頭を撫でる。 それこそ、犬猫扱いに見えないこともない。
「「「??」」」 ふたりのやり取りが、いまひとつ理解できず。 悠理と同じように顔面から色を失くしている魅録に、可憐が問いかけた。 「ねぇねぇ、犬猫仕様って、どうするの?男山は?」 美童と野梨子も同様に、魅録を見つめる。 注目され、魅録は顔色を白赤青とめまぐるしく変えた。 そして、言いにくそうに小さく呟く。
「・・・男山ん時は、尻尾押えて、その・・・・体温計を肛門にズブッと・・・」
訊かなければ良かった――――と、可憐、美童、野梨子が後悔したことは言うまでもない。 野梨子の体温は確実に1度は上昇。悪寒頭痛眩暈に襲われ、よろりとよろめいて、机にかろうじてしがみつく。
「早退すんのはいいけど、せめてこの弁当は食わせてくれぇ~!」 「食欲は健在なんですね。悠理の場合、自覚症状がないのが困り物だな。高熱でぶっ倒れるまで、体調不良にも気づかないとは。」 ドン引きの仲間達に気づきもせず。清四郎は嬉々として悠理の世話をやいている。
自覚症状がないのが、困り物。 清四郎は大真面目に”優しい幼馴染”のつもりらしい。
理解不能なのは、夢見る乙女達の妄想よりも、摩訶不思議な幼馴染の脳内なのだと、野梨子嬢は確信していた。
END
だんだん、書き手の下品な人格が垣間見えるお馬鹿シリーズに。(大汗) |