ある午後、部室にて。
「清四郎がオトコの規準なんて、野梨子は不幸だよね〜。」
テーブルの上に新聞を広げていた僕は、美童の言葉に顔を上げた。
青い目が、恨みがましく僕を見つめている。
美童にお茶を注いでいた野梨子は、不服そうな顔で、急須を置いた。 「その意見は承服しかねますわ!」 「そう?自覚ないだけだよ。だって、野梨子が身近で接してきた異性は、清四郎だけじゃない。お父さんさえ留守がちだったんだろ。」 「それはそうですけど…」
僕は、二人の話をクールに微笑して聞いていた。 やっかみ混じりの美童の言葉に、男として悪い気はしない。
野梨子は眉を寄せたまま、再び急須を手に取った。
テーブルの面々に落ち着いた所作で茶を注ぐ。 「…だけど、もしそうだとしたら、私などより、悠理はもっと不幸ですわね。」
いきなり何を言い出すやら。 野梨子に話を振られ、悠理はキョトン。 しかし、他のメンバーは、なるほどとうなずいている。
悠理のオトコの規準?そもそも、そんなものがあの猿頭の中に設定されているのか?
・・・・・・・・・・・・野梨子だけでなく、悠理と僕も幼なじみと言える。 半径二メートル以内に近寄ると睨まれる関係を、幼なじみと言うならば、だが。
いや、しかし。 野梨子は自分よりももっと、という意味で言っている。 それに僕が悠理のもっとも身近な男性だったとはとても思えない。 なにしろ、直径にして四メートルの距離だ。 付き合いはそれほど古くなくとも、例えば魅録の方がよほど…
「な、なんだよ、清四郎…」 「はい?なんです、魅録?」 「なんですって、いきなり恐ぇ面して睨みつけてきたのは、お前さんだろ。」 「睨んだ?僕が?」
魅録は眉をひそめて、僕と距離をとった。 殺気を感じたぞ、などとブツブツ言っている。
魅録の不可解な言い掛かりはともかくも、今はそれどころではなかった。
悠理のオトコの規準とは?
「頭が良くて優しくて豪胆で、何より愛情豊かで一途。ある意味理想の男性よねぇ。」 可憐の言葉で、それまでポカンとしていた悠理が、頬をわずかに染める。悠理も思いいたったのだ。 「父ちゃんかよ?あたい、あんなの理想じゃないじょ!」
・・・・・・・・・・・・・・万作さんですか、そうですか。
確かに。 悠理にとって、もっとも身近な男性は、彼だろう。 剣菱財閥をあそこまで大きくし、その剛腕で仕切っている、カリスマリーダー。 男としてあのスケールは、たいしたものだ。
「…ふむ。」 これまで、あまり意識しなかった、万作さんの偉大さ。 闘争心を刺激される。男として生まれた以上、自分の可能性を試してみたい。
「百合子おばさまはお幸せでしょう。悠理も万作おじさまのような男性を、無意識に望んでいるのかもしれませんわね。」 「そりゃ、確かに不幸かも。」 「あんな男性、探してもいないわよ〜」
「万作おじさんが、規準ですか…なるほど。」 仲間達の言葉に、僕は納得して頷いた。
「だから、違うって〜!」 悠理は顔を真っ赤にしてわめいていたが、猿頭に自己分析などできるはずもない。無視だ、無視。
「熱っ」
気合を入れて茶を一気飲みした僕は、喉の熱さに眉を顰めた。
――――――それは、゛剣菱家の事情゛による婚約騒動がおこる、少し前の午後だった。
誰もが忘れてしまったたわいのない会話。 ほんの小さな、だけどそれが、きっかけだった。
この時芽生えた闘争心の、理由も結果も、まだ気づかなかった、菊正宗清四郎、18歳。
まだまだ、未熟。道険し。
(2006.8.14)
これも携帯小説です。帰省中に家族の目を盗み、ポチリポチリ打ちました。
「剣菱家の事情」は清×悠派には諸刃のエピソード(だって、あんまりにも清ちゃん悠理に対してご無体)ですから、なんとか清→悠に捏造してみました。
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