愛ある世界

 

 聖プレジデント学園始まって以来の秀才であり、文武両道の誉れ高き生徒会長、菊正宗清四郎君についてのその噂が、まことしやかに囁かれ始めたのは、夏の終わり。

 

「清四郎についての爆笑の噂、知ってる〜?!」

可憐が部室でケタケタ笑い出した時、美童が頷いた。

「ああ、清四郎が開眼したって奴だろ。」

 

噂には疎い野梨子は首を傾げる。悠理もきょとん。

だけど、情報通の魅録は顔を歪めた。

「あんな馬鹿な噂、笑う気にもなんねぇな。」

魅録の嫌悪感もあらわな口調と表情に、当の清四郎は苦笑。

「言わせておけばいいですよ。」

清四郎の平然とした口ぶりに、可憐は意外そうな顔をする。

「なんだ、清四郎も知ってるのね。」

 

野梨子は興味に大きな瞳を輝かせた。

「まぁ、どんな噂ですの?」

「清四郎が開眼って、なんのことだよ?」

野梨子と悠理の疑問に、清四郎は笑って答えない。

 

清四郎は睫を伏せて、開いていたノートPCをゆっくりと閉じる。長い指がシルバーの機体をツ、と撫でた。

一瞬、仲間達は清四郎のその仕草に目を奪われる。

なんということはない動きなのに、どうしてだか目が離せない。

 

「さぁ、僕はそろそろ帰ります。野梨子、今日は寄るところがあるので、先に失礼しますよ。」

清四郎は鞄を取って立ち上がった。そのまま、皆に微笑を向けて部室を出てゆく。

 

清四郎が去った途端、皆は顔を見合わせた。

「なんか・・・・清四郎って、ここんとこ雰囲が変わったわよね?」

 

彼の微笑の残像が皆の脳裏をいまだ去らない。

わずかに憂いを含んだ、柔らかな笑み。一言で言うなら、艶っぽかったのだ。

「けど、まさか新たな世界の扉を開けちゃったってことはないだろぉ?」

可憐、美童、魅録は、わずかに頬を染めた。

 

「だから、何に開眼したんですの?」

「焦らさず、教えてくれよ!」

眉を寄せた野梨子と悠理に、美童が肩をすくめ、答えた。

「清四郎が、ついにアッチの世界に目覚めたって、噂になってるんだよ。」

「アッチの世界???」

 

ホモ開眼

 

 

 *****

 

 

菊正宗清四郎は、校内に密かな非公認ファンクラブを持つ。

いずれも人気者揃いの有閑倶楽部のメンバーは、ファンクラブは公認非公認、あってあたりまえなのだが、菊正宗清四郎ファンクラブのみは、隠密活動である。なぜなら、彼を崇拝するそっち系の男子生徒オンリーのファンクラブだからだ。

 

その噂は、最初彼らの間で密やかに囁かれ始めた。

ファンクラブの会長である、元南中の番長(仮名)が、男子トイレ前で至福の表情で昏倒しているのを発見されたことがきっかけだった。

「・・・ワイの人生悔いなし・・・・清四郎ハ〜ン・・・」

うわ言を呟きながら、涙ながら頬を染めた元南中の番長の姿を目撃した者は多かったが、ほとんどの者はイケナイ物を見たように目を逸らせた。

 

高等部入学以来、公然と追いかけていた元南中の番長はもとより、清四郎が彼の崇拝者たちに良い顔をしたことは、一度もなかった。

表向きは人当たりの良い生徒会長が、こと自分に寄せられる同性からの恋情だけには嫌悪感を滲ませることは有名だ。

ところが。

以来、崇拝者に優しい言葉をかける清四郎が、何度か目撃されることとなる。

 

菊正宗清四郎ファンクラブは狂喜乱舞。感涙失神者続出。自然、ファンクラブも増員の一途。

 

ついに噂は、一般生徒達の間でも囁かれ始めた。

 

 

 *****

 

 

「おまえ、いつまであんな噂を放っとくんだよ!」

「おや、気になるんですか?」

愉快そうな清四郎の顔を、悠理は睨みつけた。

「だいたい、なんだって突然、あいつらに対する態度を変えたんだ?前は、冗談でも男に口説かれるのを嫌がってたのにさ。」

「・・・・。」

清四郎は微笑したまま髪をかき上げた。

その仕草に、悠理は頬を染める。

 

恋愛未熟児・色気ゼロだと可憐や美童に常日頃言われているが、悠理の野性に感知された 、清四郎の艶。

確かに、彼は変わったのかも知れない。

 

噂は、あながち的外れでもなかった。

仲間たちもまだ知らないながら、彼が新しい扉を開けたのは真実だったのだ。

 

「僕は、自分をずっとノーマルだと思っていましたけれど、最近その認識が揺らいでしまいましてねぇ・・・。」

清四郎は物憂げにため息をついた。

「はぁあ?!」

悠理は目を丸くする。

清四郎は長い指でツ、と彼女の肌を撫で上げた。

むき出しの白い脚の上を。

「こんな、男だか女だか猿だか犬だかわからないおまえに、触れたくて堪らなくなるんですからね。自分のセクシャリティを疑いますよ。」

腕に抱いた悠理の素肌に、清四郎は唇を寄せる。

甘く噛まれ、悠理はびくんと身じろいだ。

しかし、恋人のあんまりな台詞には、反論する。

「あたいの、せいかよっ」

清四郎の手が、悠理の滑らかな肌の上を愛しげに辿る。

首筋をついばんでいた唇は、拗ねて尖った唇にキスを落とした。

 

「おまえに惚れたと気づいたときは、アイディンティティの危機に見舞われました。以来もう、僕に彼らを馬鹿にすることなどできません。」

 

与えられる甘い愛撫に、悠理は涙目になりながらも彼を睨みつける。

少年じみた利かん気な顔へ、清四郎は万感の想いを滲ませた笑みを返した。

 

「おまえが、たとえ男であっても、たぶん僕の気持ちは変わらない。」

 

それは、彼にとっては愛の言葉であったのだけど。

 

「・・・・変態!!」

 

恋愛未熟児・色気ゼロの彼の恋人は、にべもなく言い放った。

 

 

 

噂の一部は、真実なのかもしれない。

彼が目覚めたのは、これまで価値を認めようとしなかった感情。

踏み出したのは、愛ある世界。

 

 

 

 

2007.9.22

 


 旅行先にて携帯でポチポチ打ってたら、暴走。拍手用小ネタなのに、エロくなりかけ、慌てて修正。本当に変態行為に目覚めたら、シャレにならないんですもの〜〜(爆)

 

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