春は、別れの季節。そして、始まりの――――。

 

「卒業・・・・・といっても、内部進学がほとんどの僕らには感慨はないですね、悠理。」

「うん・・・・・・でも、あたいたちは、もう終わりなんだろ?清四郎・・・・。」

 

 

さ よ な ら の 春

 

校内に植えられた桜の蕾がほころび始めている。

この花が満開になる頃には、ふたりの距離は離れてしまっているだろうけど。

 

「最初から、わかってた・・・・あたいにはこんなの似合わねえよな。」

桜の樹の下で、悠理はくるりと振り返った。

「誰だってそう思ってるよ。あたいとおまえなんて、趣味も性格も反対だし、合うわけなかったんだ。」

まっすぐ見上げる先には清四郎。

彼はいつものように穏やかな笑みを浮かべていた。

それでも、その笑みがどこか淋しげに見えるのは、悠理の自惚れではないだろう。

 

「だけど、僕は少なくとも・・・・・・・楽しかったですよ。」

 

いつもは皮肉屋で意地悪な清四郎が、らしくなく真っ直ぐな言葉をくれる。

でもその言葉は、過去形。

「おまえは?おまえは、違ったんですか?」

問われて悠理は首を振った。

時は過ぎ、季節は変わったのだ。

「あたいだって・・・・だけど、もうあたいたちはおしまいだよ。清四郎だってわかってるだろ。」

断定的に告げたのは、その事実を心に沁み込ませるために。

そして、彼も否定はしなかった。

 

悠理のスカートと、清四郎の前髪を、風が揺らした。

 

「ただの・・・・友達に戻ればいい。できるな、悠理?」

 

いつものような命令口調で、いつもとは違う懇願。

悠理は口元に笑みを浮かべた。

 

「ふふ・・・・『さよなら』は・・・・言ってくれないんだ?」

 

清四郎の表情からは、反対に笑みは消えていた。

強張った顔。いつも落ち着いて大人ぶった彼らしくない、年齢相応の顔。

 

「・・・・僕との日々がつらかったのはわかってる。だけど、友達としてなら、まだ僕たちは一緒に居られるでしょう?」

「おまえは精一杯してくれたよ。あたいが、どうかしてたんだ、似合わないのに。もう二度と、こんな経験できそうにないや。」

「そんなことありませんよ。悠理もいつかまた、別の人と・・・」

「ううん、わかってる。もうあたい、他の人となんて・・・・おまえとじゃなきゃ・・・・」

唇が震えて、悠理の言葉は途切れた。こみ上がってくる感情。それを無理に抑えつけて、早口で続ける。

「あ、あは、あたいたち、ちょっと近くに居過ぎたんだよな!もとに戻れば、きっと・・・」

だけど言葉を繋いでも、想いに胸がふさがれ、悠理はうつむいてしまった。

唇をかみ締める。抑えようもなく、肩が震えた。

 

清四郎は立ちすくんだまま、うなだれた悠理を見つめていた。

黒い瞳が細められる。

静かな寂しさを映していた瞳に、揺らぐような激しさが、走った。

激しい風のように。

 

「・・・だけど僕は、僕たちの間にいつもあの男の存在を感じていたよ、悠理。」

「え?」

意外な言葉に、悠理は顔を上げた。

清四郎は口元を引き上げ、再び笑みを作っていたが、瞳は笑っていない。

堅い言葉そのままに。

 

「美童ですよ。」

「!!」

 

思いもかけない名前―――いや、そうではない。

ふたりにとっては、大切な友人の名だ。

 

清四郎が彼のことを気にしていたなんて、こうして口に出されるまで、悠理は考えもしなかった。

「間に、って・・・・」

「ああ、そう。彼はなにも僕らの間を邪魔していたわけじゃない。むしろ理解者だった。けれど、事実、おまえを見つめるたび、どうしても彼の影を感じ続けていたのも事実ですよ。」

清四郎は前髪をかき上げた。その仕草は、それまでの穏やかで寂しげなものではなく、苛立ちを隠そうともしていない。

「美童は友達じゃんか!それ以上でもそれ以下でもないよ!」

この一年、ふたりきりの時間をたくさん過ごしていたのに。

まるで、清四郎と居ながら、美童のことを考えていたかのように言われる事は心外だった。

ひとつのことでいっぱいいっぱいになってしまう悠理の性格をしっているくせに。

――――たしかに、華奢に見えて意外に広い美童の背に隠れることは心地よかったけれど。

良い匂いのする長い金髪の友人は、悠理を癒してくれた。軽快に温かく優しく。清四郎のひどい言葉に傷ついたときはいつも。

この一年、楽しい事もあったけれど、喧嘩の方が多かったふたりだから。

最後の、笑って別れを告げるはずの、この時でさえ。

だから、悠理も言うつもりのなかった言葉を口に出してしまった。

「おまえこそ!おまえの背中をずっと見つめてた可憐の気持ち、考えたことある?」

悠理の言葉に、清四郎は目を見開いた。

「美童だけじゃないよ、あたいとおまえの間に居たのは!」

 

大切な友人であり、愛すべき少女。彼女もまた、ふたりの間に佇んでいた。時として、笑顔で煽り立て、そして時として、顔を逸らし感情を隠して。

 

冷たいまでに頑なな清四郎の背中。想いの通じないその背を見つめ続けていたのは自分だけじゃないことを、悠理は気づいていた。

「だけど、それはあいつらのせいじゃない!あいつらだって、そんなこと望んじゃいなかったはずだよ!」

 

ふたりの間を、風が舞った。

諍いを責めるように。激しいけれど温かいそれは、もう、春の風だ。

 

「・・・・・ごめん。」

言わなくてもいいことまで口走り、感情を爆発させたことを恥じた。

最後は、笑顔で別れたい。

 

「せめて、最後に握手してくれる?良い思い出だった・・・・て、きっといつか思えるから。」

悠理の言葉に、清四郎は痛みを堪えるように顔をゆがめた。

「・・・そうですね。」

しかし、すぐに気持ちを建て直し、いつもの穏やかな表情に戻る。

 

「さよなら、悠理。」

 

清四郎の言葉に、そして差し出された右手に、悠理は微笑んだ。

悠理もその手をそっと握る。

さよならの握手。

清四郎の手は、想像したよりも温かく大きかった。

 

「・・・さよなら。そして、これまでありがとう、清四郎。」

 

それが、本当は言いたかったこと。

見せたかったのは、精一杯の笑顔。

 

新しい自分に向けて、歩き出すために。

 

 

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「・・・・・そんなに、悠理と別れるのが残念なら、選択科目を音楽にすればよろしかったのに。高等部もクラス数は少ないのですから、美術か音楽かの芸術選択で一緒のクラスにまたなれますでしょう。」

野梨子の言葉に、仲間たちは頷いた。

「ってか、悠理を苛めて喜んでた清四郎はともかく、悠理も清四郎と離れがたいように見えるのはなんでなわけ?握手なんかしちゃってるわよ、あいつら。」

「僕と可憐は名前順でいつも『菊正宗清四郎』と『剣菱悠理』の間に座ってたから、嫌っていうほど知ってるよね。あいつらが喧嘩ばっかやってたの。」

「清四郎は背中に目でもついてるのか、悠理が早弁をしようとしてたり居眠ってたら、消しゴム飛ばして牽制してたものね。清四郎の真後ろに座ってたあたしは良い迷惑よ。」

「僕もあれにはビビッた。前向いて教師の質問に答えながらでも消しゴム飛ばしてたもんな!」

「悠理はよく美童の後ろに隠れていましたわね。」

「毎度とばっちりだよぉ。」

「あれはあれで、仲が良いんだわね、きっと。悠理がクラス委員をまっとうできたのも、清四郎が相方だったからだし。」

「あら、もともと悠理が学級委員になったのは誰のせいですかしら。」

「やーね、いまさら根に持たないでよ、野梨子!昔の話じゃない。」

「悠理も清四郎と握手しながら、内心、せいせいしてるんじゃないか?ようやく柄でもない委員職は終了だし、清四郎とはクラスが分かれるし。」

「抑えきれずってカンジで笑ってるもんね。内心、これでサドの相方から逃げられるって、解放感に胸いっぱい、ってとこね。」

「清四郎は厳しかったもんなぁ。半分以上趣味で苛めてたし。」

「内心、あたしたちも解放感を感じていたりして♪」

 

 

「あら、残念ですこと。清四郎は高等部に上がればすぐに、生徒会をのっとる計画を立てていましたわ。もちろん、あなた方と一緒に。悠理が逃げられるとは思いませんわね。」

 

 

桜ほころぶ、春。

それは、別れの季節。そして、始まりの――――。

 

 

END(2010.3.17)

 

「学園天国」の続き、ってわけじゃありませんが、中3時の席順は名前順ってことで。

 

 

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