by フロ
寒風をものともせず。 悠理は会うなり僕のコートのボタンを外し、中を覗きこんだ。
「やた!やっぱ中はセーターだけだ、おまえ鍛えてるもんな。薄着バンザイ♪」 悠理は僕のコートの中に手を差し入れ、ぎゅ、と背中に腕を回した。 「へへへ♪」 頬を肩口に押し付け、抱きついてくる。胸と胸が触れ合う。 今日の悠理は革ジャンにサングラス。一見するとオトコマエ。それでこの行動は周囲の誤解を招きかねない。 もっともこの寒さでは、誰も他人を気にする余裕なく、道を急ぐ。 僕の心は、これ以上なく暖かだったけれど。 新年の街の片隅で、立ったまま抱き合っている僕たちを見咎める者は幸い居なかった。
僕のコートの内側に滑り込んだ悠理を抱きしめる。照れくささをごまかして、茶化した。 「なんですか、痴漢したいのか?」 「いいじゃん、おまえあたいのカレシなんだもーん♪」
大晦日に告白し、付き合いだしたばかり。 悠理が甘えん坊で懐っこい奴であることは重々承知していたが、これまで僕に向けていたしかめっ面とツッパリはなんだったんだ? こんなことなら、もっと早くに僕のものにしておけば良かった、と後悔しきり。
ゴロゴロ喉を鳴らさんばかりの悠理を抱きしめながら、僕は悠理の耳もとに顔を埋めた。 ずっと触れたかった柔らかな髪。甘い香り。幸福感に胸がいっぱいになる。
「・・・昨日の白いダウンジャケットとスカート姿は可愛らしかったのに、どうして今日はサングラス?」
年が明けてからも毎日会っているけれど、全然足りない。少し離れただけで、悠理欠乏症だ。 友人であった時から、四六時中一緒にいたけれど。 もっとそばに居たい。 笑顔が見たい。 覗き込んだ悠理の掛けたままの黒いサングラスに、僕の顔が映っている。 面映そうな緩んだ男の顔がそこに映っていて、本心から苦笑した。
「サングラスくらい、外してくださいよ。」
これまで、僕は悠理に対して悪口雑言、素直でなかった自覚はある。 だから、告白したとき、悠理は思いきりビックリ目。 だけど、やがて潤んだ瞳で応えてくれた。それまで欲しくてたまらなかった、無邪気な満面の笑みで。
「悠理の顔がちゃんと見えないですよ。笑顔が見たいな。」
あれから、悠理はずっと笑顔を見せてくれる。 それは、なにより僕を幸福にしてくれる。 素直にさせる。 これまでの意地っ張りの年月を悔いるほど。
「やだよ!だって、おまえが昨日言ったんじゃん、あたいの目が父ちゃんにそっくりだ、って。」 「そりゃ、親子なんだから当たり前でしょう。」 「昨日のもこもこダウン着てスカート履いた自分の姿を鏡で見たら、たしかに父ちゃんが羽織袴着てるみたいで、うんざりしたんだよ!」 悠理はぷうと頬を膨らませ、口を尖らせた。 「・・・・・。」
子供っぽいそんなふくれっ面も彼女らしくて。 桃色の唇に誘われ、僕は小さなキスを落とした。
「・・・・お、おまっ、人前で!」 「人前で抱きついて来たひとが、何言ってるんだか。」
悠理につられるように、どんどん素直になる自分がおかしい。 もともと、好きな子ほど苛める子供っぽい男だったという自覚と自戒。
僕はクスクス笑いながら、悠理のサングラスを右手で外した。 「だいたい、薄着バンザイ?だからってなんでそんな格好してるんです?」 「そんな格好って?カッコ良いだろ。」 スリムな体の線を浮かび上がらせるジャケット。惜しむらくは防寒用の分厚い革製。体温が伝わらない。 「いいけど、まるでゲイのカップルみたいでしょ。」
気付いていなかったらしい悠理が、ゲッとうめいて僕から離れようとした。 もちろん、僕は許さなかった。 より強い力で抱きしめる。
「ちょ、苦しいって!」 少し足をバタつかせたけれど、悠理も笑い出した。 「おまえがこんなにベタベタしたがる奴なんて知らなかったよ!」 「悠理にあわせてるんですよ。」 そう言いながら、僕も笑った。
今年に入ってからずっと、笑ってばかりいる気がする。 イチャイチャでもベタベタでも、いくらでもしてやる。これまでの距離を埋めるように。
甘えん坊で子供っぽいけれどセクシーな僕の恋人。 ぴったりと体に合った革ジャンは似合うけれど、薄着が良いなら脱げばいいのに。
もっと近くに感じたい。 体温をふたりで分け合い。触れた部分から溶け合いたい。
さすがに往来であんなことやこんなことはまずいかな、と自制する不埒な僕の思考も知らずに、悠理はずっと幸福そうに笑っていた。 僕の大好きな笑顔で。
・・・・・・やっぱり、その笑顔は万作おじさんそっくりだけどね。
(2010.1.4) |
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