空色スカート

 

 

「うひゃっ、こそばゆいってば!」

大きなピンクの舌が、悠理の白い頬をペロンと舐め上げる。

茶色の毛並みを抱きしめ、悠理が笑う。

 

「おまえも撫でてやれば?こいつ、すっごく人懐っこいよ」

我知らず、羨望の顔で見ていたらしい。悠理が僕を手招いた。

 

大きなゴールデンレトリバー。動物好きの悠理は、しゃがみこんで抱きしめている。

悠理に、羨ましいのは、犬の方なんだが――――なんて言ったら、引かれてしまうだろうか。

 

恋愛指数小数点以下の僕の彼女は、ふたりきりでいても、甘い雰囲気は皆無。

こうして休日の公園にやってきても、あっちへちょろちょろ、こっちへちょろちょろ。

食べ物や動物を見つけるたびに、顔を輝かせ飛んでいってしまう。

 

雲ひとつない青空に負けないくらい、無邪気な悠理の笑顔。

佇んで見つめる僕の頬は、緩んでいるかもしれない。

だけど、素直じゃない口元に浮かぶのは、どうしても皮肉な笑み。

 

「まったくおまえは、すぐに走り回るんで目が離せないな。首に縄でもつけておきたいくらいですよ」

「・・・!」

本音半分で言ったら、思いきり引かれた。

 

今日の空のような水色のスカートが、地面に広がっている。

犬の茶色の尻尾が、パタパタと布を揺らした。

 

誰よりも近くにいたい。

犬にさえ嫉妬する。

 

そんな僕の気持ちなど、悠理にはまったく通じていないに違いない。

 

 

――――僕が、悠理を好きだって、わかっています?友達としてじゃなく。

――――!!!!そ、そりゃ・・・あたいだって、おまえのこと、嫌いじゃねーよ。

 

 

そんな会話を交わして、どうにか付き合い始めたけれど。

あまりにも、相変わらず無邪気な悠理。

何かに夢中になって駆け出したら、僕が呼んでも気づきやしない。

悠理の背中を見ているだけの僕の気持ちなど、気づきやしない。

少し、それが歯がゆい。

 

 

「どったの?お腹すいた?」

ふと気づくと、悠理が僕の顔を覗きこんでいた。

「さっき、ホットドックとサンドイッチとドーナッツと焼き鳥と綿菓子をおまえに分けてもらったので、空腹のわけないでしょ」

 

欲しいのは、おまえだけ――――なんて、言ったら、きっともっと引かれる。

 

僕の言えない言葉を察したわけでもないだろうけど。

悠理はプイとそっぽを向いた。

体の向きを変えた拍子に、ふわりとスカートが揺れた。

 

澄んだ水色を見つめていたら、純粋ではない自分が、彼女にふさわしくないような気分になった。

無垢な彼女を汚したくはないと思う一方で、僕の想いは日増しに募る。

 

 

悠理は僕に背を向けたまま、地面の小石を蹴りながら歩き始めた。

立ち止まったままの僕との間に生まれた距離が、切なかった。

だけど、その距離を縮める一歩が、今の僕には踏み出せない。

 

先ほどの犬と良く似た、ふわふわの茶色の頭がわずかに俯く。

「・・・・清四郎、あたいといても、つまんない・・・?」

ぽつりと呟やかれた言葉は小声だったけれど。僕の耳にはっきり聴こえた。

「!」

僕は咄嗟に、悠理を追った。

踏み出せなかった一歩を越えて。

 

「悠理!」

考えるよりも先に、華奢な背中を抱きしめていた。

 

「な、なにすんだよ!」

悠理はびっくり顔で、身を捩った。

僕は強い力で、逃れようとする悠理を腕の中に閉じ込める。

「犬は抱きしめるのに、僕は駄目ですか?」

思わず口走った馬鹿な言葉。

「へ?い、犬?」

案の定、悠理はかなり引いた顔をした。

 

プライドが邪魔して嫉妬や羨望を口にできなかった反動か。

これでは、愚かな男そのものだ。

「・・・不安になっただけです。おまえのそばに居てもいいのかって」

想いを、こうしてぶつけてしまうことを、怖れていたのに。

 

「・・・おまえって結構、馬鹿?」

もがくのをやめた悠理が、回した僕の腕に手を添える。

失礼な言葉を吐きながら、僕の腕にわずかに頭をもたせかけ、すり、と頬ずり。

悠理の重みと温かさが、伝わってくる。

後ろから見える悠理の耳も頬も、紅く染まっている。

 

こうしていると。

言葉にしなくても、気持ちがゆっくりと重なってゆく気がした。

 

僕の想いは、ちゃんと伝わっていないかもしれないけれど。悠理の気持ちも、僕にはわからない。

 

「馬鹿なのは、お互い様」

僕としてはかなり譲歩した言葉だったのだけど、悠理はむっとしたようだった。

それでも。

ふくれっつらのまま、僕の腕から逃げようとしない。

時折、こうしていられるなら、首輪はいらない――――なんて、口に出したら、また引かれてしまうだろうか。

 

 

 

――――ふと、気がついた。

いつも仔犬のように駆け回り、少年のような格好ばかりの悠理が、今日はスカートを履いていることを。

 

いったい僕は、悠理の何を見てきたのだろう。

無邪気な心こそを守りたいのに。

僕の顔を覗き込む悠理の不安気な瞳に、僕自身の姿を見出す。

 

空色のスカートは、大事なことを教えてくれる。

不器用な言葉の代わりに。

 

初夏の空のように眩しく澄んだ笑顔を、僕は守れるだろうか。

少なくとも、誰よりも近いところで、これからも見つめていたい。

 

重ねてゆきたい。ふたりの想いを。

晴れやかな、空色のままで。

 

 

 

 

END(2006.6.10)

 

 


私が書くものとしては非常に珍しく、ほのぼの小ネタです。もっと珍しいことに、普通に告白して普通に付き合ってる清×悠です。(笑)

>あ〜君の事、僕は守ってあげられてるかな♪

スキマスイッチの「水色のスカート」歌詞そのまんまのシーンを書きたくなりまして。んでも、悠理はスカート履かないよなぁ。

 

 

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