「可憐お姉さま、聞いてくださいな。有閑倶楽部の皆様は本当に素敵な方ばかりでしょう。今度のバレンタインにどなたにチョコを贈ろうかと、女子の間で悩ましい話題でしたの。タイプは違えど、魅力的な方々ばかりですもの。」 「いえ、下心があるわけではございませんが、いつもはプレゼントに良い顔をなさらない松竹梅先輩や生徒会長も、この日は受け取って下さいますから・・・・。」 「そんなわけで先日、学園の廊下でお友達数人とバレンタインの悩み話に花を咲かせていましたら、まぁ偶然、美童さまに聞かれてしまったんです。」 「美童さまったら、『僕は恋愛よりも友情をとるよ。どんなにつらくても、友達の幸せを踏みにじるくらいなら、身を引くよ。』なんておっしゃるんです!まぁ、美童様の事をこれまで軽薄で女好きだと勘違いしていたお友達まで、あまりの男らしさに感涙ですわ〜!」
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「なーんて話を、さっき聞かされたんだけどさ。ありえないわよ、あの男!」 野梨子の入れてくれたホットチョコレートでかじかんだ手を温め、可憐は頬杖をついた。 「今だって、狩人よろしく校内を駆け回ってるくせに。今年もバレンタインが休日だからって、前日にどこまで集める気やら。そんなにチョコが欲しいのかしら。」 ピンクの唇を尖らせた可憐に、野梨子は穏やかな微笑みで答える。 「昨年、悠理に負けたからでしょう。もてることが生きがいですもの。放っておきましょう。」 野梨子のアルカイックスマイルと相反する冷たい言葉に、不在の友人への同情心はカケラもないものの、残るメンバーは肩を竦めた。
もっとも、野梨子も含め、可憐を除いた仲間たちにはバレンタインはさほど興味のないイベントだ。 悠理はバレンタイン前哨戦にゲットした大量の貢物を消費中。その前で清四郎は株式市場をPCでチェックし、魅録はメットを抱えてすでに帰り支度を終えている。
「けど、言うにことかいて、『恋愛より友情を取る』なんて、どんだけ!」 美童の言葉に憤慨しているのは、似たもの同士の可憐一人。 しかし、自覚もあるらしい。 「あたしだって、もしあんたたちと恋を争うことになったら、譲ったりしないわよ。」 可憐は握り拳でドンと机を叩いた。 「恋は戦いよ!勝ち取るものよ!恋愛より友情を取るとか、ありえないから!」 可憐の威勢の良いシュプレヒコールに、やはりアルカイックスマイルで答えたのは野梨子だった。 「そもそも、同じ人を好きになることはありえませんわね。」
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人の恋路よりも自分の恋路、のポリシー通り、可憐はバレンタインの買い物のため早々下校した。興味のない野梨子も、ライバルになりえない宣言のためではないだろうが、可憐に腕を取られて同行させられ。魅録もバイクで帰宅してしまい、部室には悠理と清四郎が残された。
窓の外は曇天。 雪でも降り出しそうな天気だが、顔を出す様子のない美童は元気に狩人行為に励んでいるのだろう。
「悠理、日が落ちるとますます寒くなりそうだ。雪になる前に、僕らも帰りましょう。」 清四郎もPCを閉じ、席を立ってコート掛けに向かった。
「・・・・なぁなぁ・・・・さっきの、どう思う?」 その背に声をかけたのは、まだグズグズとテーブルの上の菓子を齧っていた悠理。 「さっきのって『友情より恋愛』論ですか?」 コートを手にして振り返った清四郎に、悠理は菓子の間から顔を上げてコクリと頷いた。 「ああ言ってますが、可憐は人一倍情にもろく友情にも厚いですから、本当に同じ人を好きになったり誰かが泣くような事態になれば、倶楽部の仲間のために自分が身を引こうとするんじゃないですか。もっとも、僕達みんな趣味も性格も違いますからね。野梨子に同意ですな。『ありえません』」 清四郎のきっぱりとした言葉に、悠理は被りを振った。 短いふわふわの髪が揺れる。 「ううん、可憐のことは、あたいもそう思うんだけどさ・・・・おまえ自身はどうなんだ?」 悠理は上目遣いで清四郎に問いかけた。 「はい?『友情か恋愛か』ですか?」 馬鹿馬鹿しい、と言いかけ、清四郎は悠理の表情に首を傾げた。
「・・・僕が身を引く男に見えるんですか?」 ニヤリと笑う。
「だいたい、マニアックな僕の趣味は美童と魅録と被りようがないでしょう。おまえの方が危ないですよね。簡単に情に流されて。」 清四郎はからかい口調だったが、悠理は真面目に取った。 「それって、あたいの好きな人を、野梨子や可憐がもし好きになったら、ってこと?」 「いや・・・・・まぁ、それもありえませんね。」 苦笑して肩を竦めた清四郎に、悠理は頬を膨らませた。 「なんでだよ、もし、の話だろ!可憐なんて、顔が良い男にはジャンル無用にすぐ惚れちゃうしさ、野梨子も・・・・」
唇は尖らせていても、悠理の瞳が揺れる。 今にも崩れそうな天候を映すように。 清四郎は悠理から窓の外の空に視線を移した。 もうすぐ、雪が降り出しそうな空模様だ。
「・・・・だいたい、可憐とはおまえは価値観好みが真逆でしょう。僕だってです。」 「おまえ、真逆なん好きじゃん!」 「可憐はロマンチストで情緒的ですが、僕はリアリストで理性的を自認しています。お互い、惹かれるには性格嗜好に障害がありすぎですな。それで、野梨子の場合は・・・」 次の言葉を待って、悠理はごくりとつばを飲み込んだ。 「の、野梨子は・・・?」 清四郎は再びニヤリと笑って、悠理に振り返った。
「ありえません。僕にはわかります。」
悠理はガタンと音を立てて、席を立った。 放り出された齧りかけのチョコ。 倒された椅子。
「なんだよ、その『野梨子のことなら何でも知っている』って言い方ムカつく!」 悠理のくぐもった怒声に、清四郎は苦笑するしかなかった。 「仕方ないじゃないですか。生まれた時からの付き合いは事実ですし。」 「あたいだって、付き合い長いぞ!」 「まぁ、おまえのことも良くわかっているつもりですけどね。」 「・・・・ふん。」 悠理は鼻を鳴らしたが、清四郎はかまわず続けた。
「おまえが、僕の事が大好きだって、わかっていますよ。」
きっぱりはっきり断言され、悠理は動揺を隠せない。 「な、なんだい、自惚れんな!」 「じゃあ、なんだって抱きついてるんです?」 「むぬぅ・・・・」
清四郎の胸に顔を埋め、悠理は言葉にならないうめき声。 隠しようもない気持ちは、先ほどから言葉よりも雄弁に行動であらわしてしまっている。
「今年こそ素直になって、僕にチョコレートをくれてもいいんですよ?」 クスクス笑いながら、清四郎は悠理の背に両手を回し、抱きしめた。 「やだよ!おまえ別にチョコ好きじゃねーじゃん!いっつも受け取りはするけど、あたいに寄こすじゃん!」 「おまえからのは、欲しいと言ったら?」 「チョコは人にやるもんじゃなく、食うもんだ!」 悠理はまだ清四郎に抱きついたまま、顔を上げようとしない。 憎まれ口を叩きながら、それでも回された清四郎の腕から逃げなかった。 素直じゃないのは、言葉だけ。
その時、ガチャリと部室の扉が開けられた。 「あっ」 ドアの向こうで、美童が固まった。 コロコロと両手に抱えたチョコが床に転がる。
抱き合う友人達の姿に、何を感じたのか。 静かに扉を閉じて美童が出て行ってから、悠理はやっと顔を上げた。
「・・・・美童、やっぱり友情を取るんだ・・・・意外。」 「は?」
美童と恋のライバルになった憶えのない清四郎は、もしやの懸念に眉をひそめる。 彼の腕の中の恋人は、無邪気な顔で指差した。 「ほら、あいつチョコ落としたまんま。」 床に転がるラッピングされた戦利品。美童は動揺のあまり転がしたまま退散したらしい。
降り始めた雪が、学園を白く染めはじめる。 白さとは程遠い黄色い声が時折校庭で上がるのは、愛の狩人を包む嬌声か。
雪は降っても、室内は暖かだった。 身を寄せ合うと、想いが重なる。温かな感情に満たされる。
「・・・・美童が、『恋愛より友情を取るタイプ』なのかは、ともかく・・・・・」 清四郎は悠理の体に回した腕に、力を込めた。 「僕は、友情であろうが恋愛であろうが、欲しいものは手に入れるタイプですので。」 とにかく、すでに恋を手に入れた彼の目下の目標は、悠理からのバレンタインチョコらしい。
だが、しかし。
「アレ食っちゃても、美童怒んねーかな?」 清四郎の可愛い恋人は、ヨダレを垂らさんばかりに床のチョコを見つめている。
――――彼の野望は、当分叶いそうにない。
END (2010.2.14)
倶楽部内恋愛模様。三角関係や四角関係やこの際いっそ六角関係になって泥沼の恋愛劇になったところを、ちょっと妄想してみましょう。 (妄想中) ・・・・ああいやっ!ワタシが耐えられない!オリキャラとかだと全然ヘーキなんですが、どーしても倶楽部の仲間達が泣いたりする展開はつらいわ〜。 まぁでも、可憐と美童はなんのかんので友情を選びそう。魅録ももちろん。原作に描かれた恋愛エピソードを考えても、そんな感じがします。 案外、野梨子様が恋愛に突っ走るかも。裕也との初恋エピも暴走してた。(笑) 原作上では、悠理と清四郎は恋愛エピゼロで分析不可能。おかげでこちらは完全自由に妄想できるもんね〜〜♪
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