by ましまろさま
「クックックッ・・・・。」 「・・・・・魅録、あんた笑いすぎなのよ。」
せっかくの気持ちよい秋晴れの空の下で、千秋さんはご立腹だった。 元華族 和貴泉家の令嬢として育ちながらも、一切のしがらみを嫌い、自分に 正直に生きてきた女性。 その言動や行動から、世間では我儘な女性だと思われている。 そしてそれは誤解ではない。本当に。全く。全然。 この女性を母に持った為に、魅録のような人格者が誕生したのだから結果オー ライだ。 だってその魅録は、私の夫となったのだから。
「だって、俺にだってお母さんとかお袋とか呼ばれるのを嫌がったんだぜ?」
そう、夫は実の母親を名前で呼んでいた。千秋さん と。 勿論、私もそう呼んでいる。
「それなのに・・・」
千秋さんは、未だ笑い続けている夫を忌々しそうに睨んでいる。
「ふん。ちょっと、間違えただけじゃない。」
その「ちょっと」が夫の壺に入ったのだ。 3か月前、魅録と私の間に第一子となる男の子が誕生した。 魅録の遺伝子を強く受け継いだのか、小柄な私には大きな赤ちゃんだ。 なんとか帝王切開を免れたが、魅録も私の両親も産後の経過を心配していた。 皆に勧められるがまま、実家で3カ月も過ごしてしまったのはその為だ。 魅録はその間、私の実家に滞在し、舅も暇さえあれば遊びに来てくれた。 でも、千秋さんは出産直後に病院に来たきり、1度も尋ねてはくれなかった。
「やっぱり、孫が生まれたとなると気が滅入るものなのかしら?」
世間では嫁姑の争いをよく耳にするが、我が家では一切存在しなかった。 それだけに3か月も会いに来てくれなかった事が気にかかる。
「いや、千秋さんによれば、野梨子ん家を見ると窮屈だった和貴泉の実家を思い だすんだと。 野梨子と赤ん坊の事は気にしてたけど、どうしても足が言う事を聞かなかった らしい。」
デジカメやムービーをかじりついて見てるから、大丈夫だと魅録は言うが、実際会うまで安心できない。 実家から松竹梅の家に帰る車の中で、私は異常に緊張していた。
「お〜い、ただいま。千秋さん?いるんだろ?」
魅録の声に千秋さんは玄関に現れた。いつもと変わらぬ気だるげな様子で。
「おかえり、野梨子ちゃん。体の方は大丈夫?」 「はい。もうすっかり。3か月も留守にして申し訳ございませんでした。」
気のせいか、私が抱いている赤ちゃんの方を向いてくれてない。 やっぱり孫の誕生で老け込む事がお嫌なのかしら?と落ち込みそうになる。 その時だった。
「やっだ!やっぱり、すっごく可愛いじゃない?」
千秋さんの声に目を覚ました我が子が、黒目がちな大きな瞳をパチリと開けた。
「ふふふ。さあ、おばあちゃんのところにおいで?」
両手を差し出されたが、1ミリも動く事が出来なかった。 それは魅録も同じようで・・・。
― 今、自らおばあちゃんって言いましたわよね? ―
固まってしまった私を見て、自分の失言に気が付いたようだ。 爆笑する魅録に明らかに動揺をしている。
「なによ。あんたの時と違って天使みたいなんだもの。つい言っちゃったのよ!」
でも、この子にも”千秋”と呼ばせるからね!と膨れる彼女。 こんなにも千秋さんを可愛く思える日が来るなんて! 嬉しくって、先ほどまでの不安が消えて行くのを感じる。 ようやく心から言うことが出来た。
「ただいま帰りました。」
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背景:イラそよ様