by ましまろさま
そろそろ起きなくちゃいけないけど、起きたくない。 だって、おひさまが温かくって、お布団が気持ちよくって、抱きしめてくれる 腕が心地よくって・・・。 とっても幸せだから、指1本も動かしたくないんだ。 でも、奴はそうじゃないらしい。 頭を撫でられるのは大好きだけど、今は起きろと急かされてる気がしてヤダ。 あ・・・。 目を覚ましてるって、バレてる? なんだか笑われている気がする。
そうっと目を開ければ、清四郎と眼がバッチリ合ってしまった。 でも、いつもと違って悪さをしようって感じではない。 あたいの髪の毛を朝日に透かして遊んでいる。
「それ・・・面白いの?」 「ん?嫌でしたか?」
手を止めたので慌ててしまう。 髪を触られるのは大好きなんだもん。
「いや、全然いいけどさ。」 「綺麗だなと思いまして。夏はいつもオレンジ色になるでしょう?」
確かに、肌は夏の太陽の光にも負けず真っ白だが、髪の毛は焼けてしまう。 金茶色からオレンジ色に。 おかげで苦労した事を思い出し、ぷうと膨れる。 大学生になって嬉しい事は風紀検査がないことだよな。
「将来、悠理に似た子供に恵まれるといいですね。」
突然どうした? まさか避妊失敗?
「そうしたら僕はいつも子供の頭を撫でて可愛がってやりますよ。」
!!!
「気が早かったですね?怒ったんですか?」
やばい!すっごく嬉しい。 今が楽しくて、それだけで良かったのに・・・。 ずっと一緒にいてくれる気なんだ。
「悠理、苦しいですよ!」
清四郎は笑いながら背中を撫でてくれた。 幸せな、幸せな朝の思い出・・・。
「って、ラブラブな会話覚えてる?」 「ええ、記憶してます。」
ここは、派手な剣菱邸の隣に建てられた、シックでモダンな菊正宗邸。 剣菱グループは豊作と清四郎の代でより巨大で強固な企業へと躍進していた。 だが、主である清四郎は長女を抱いて複雑な面持ち。 原因は悠理との間に儲けた3人の子供達のことだ。 7歳と6歳の男の子と2歳の女の子。 外見は非常に愛らしく、多くの老若男女を虜にしている。 素直で賢く運動神経は抜群だ。 清四郎には尊敬の念を 悠理にはまるで崇拝者のように憧れを持っている。 そして清四郎の希望通り、髪質は愛妻のそれと同じ金茶色の猫っ毛。 しかし、実はとんでもない子供たちだった。
先日、二男の誕生祝いに祖父母は有得ないほど多くのプレゼントを持ってきた 。 その中に卓球台もあり、今それが問題となっているのだ。 子供たちは清四郎からルールとラケットの握り方を教わると、すぐに要領を得 て遊び始めた。 子供とは思えない激しいラリーが続く。
「あっ!外した!!」
ビクッとする悠理の肩を安心させるかのように清四郎が抱く。 悠理が脅えるには訳がある。 ラリーが中断するたび、この兄弟は何故打ち返せなかったかを数式で証明しよ うとするのだ。
「お前がこの角度で打ってきたと仮定するだろう? 距離と時間から速度を割り出して・・・最初の落下地点をXとして・・・」
恐ろしいことに2人のIQは170を超えていた。 発覚した当初、悠理は狂喜した。
(子供にお馬鹿が遺伝しなくて良かった〜!)
仲間に馬鹿にされた過去を一気に清算したような爽快感に満足した。 その後の苦労など思いもつかなかったからだ。
「幸い誰にでも好かれる子で、学校でも普通に過ごしているようですし・・・」 「はあ?7歳の子供が高校に通ってる時点で普通じゃないんだよ!」
知能が高すぎる為、幼稚園、小中学校は飛び級をしなければならなかった。 ミセス・エールのおかげで長男は今高校2年生をやっている。 来春は二男が高校入学予定だ。
「再来年どうしますか?日本で受け入れてくれる大学が見つかるといいですが。 」
今のところ日本の大学で聖プレジデント以外、色よい返事をくれるところはな い。 他の学生の士気に影響する為、というのが大方の理由だった。 一方ハーバード大学やソルボンヌ大学からはすぐにでも来て欲しいと返事を貰 っていた。 いくら大人びた子供でも、単身留学をさせる気にはならない。 いざとなれば家族で数年間の海外移住も視野に入れなければならないだろう。 英語で日常会話をようやくこなせるレベルの悠理には頭の痛い問題である。
「くふふ。うふっ。」
そしてこの長女だ。
「うわっ!庭を指さしてんぞ!また何か見えてるのかな?」 「手を叩いて喜んでますね。聞くのも恐ろしいですな。」
彼女のIQは130と兄たちほどではなかったが、やはり普通とは言い難い。 だが、それよりも深刻な問題があった。 霊感が半端ではないのだ。 そして、見えるものは霊だけに留まらない。 清四郎は彼女が指さす方向の空をうっかり見上げて、何度未確認飛行物体を目 撃してしまった事だろう。 悠理と違い、娘には見えている状態が普通の為、精神状態は安定している。 それだけが救いだ。 お盆の時など、ご先祖の霊と語り合えたと万作は大喜びをしていた。 何か問題が持ち上がれば、その力をもって解決に導いてくれる。 我が子でなければ清四郎も彼女の能力に興奮した事だろう。 だが、我が子なのだ。
「あたしにとって可愛い子供達であることに間違いはないんだけどさ。」 「そうですね。僕にとっても掛けがえのない存在ですよ。」
そう、そう思うのは本心だ。
「あたしは普通よ!あんた達が極端なのよ!!」
高校時代、可憐に言われた一言が脳裏によみがえる。 まさかその台詞を我が子を持って噛みしめる事になろうとは!
「まあ、高僧からは、魂のレベルが高すぎて悪霊などは近寄ってこれないと言わ れてますし。」 「うん。あの2人だったら将来どの道を選んでも大丈夫だろうし。」
とんでもない子供たちに恵まれた夫婦はお互いの顔を見合わせた。 あの遠い日の朝、夢見た未来ではなかったけど。 こんなにぶっ飛んでるなんて想像も出来なかったけど。
「幸せですよね?」 「幸せだよな?」
爽やかな風が吹き抜け、そんな悩みなど些細なことだと思わせる。 夫婦はお互いの体に手を回し、行く末頼もしい子供たちを優しく見つめた。
初夏の日の幸せな未来の1コマである。
おしまい
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背景:イラそよ様