聖夜に奇跡はおこらない?

                       byフロ

 

 

「ふえっくしょ、ぶっくし、はっくんしょっ!」

悠理が盛大にくしゃみした。

 

「あら悠理、風邪ですの?」

パーティの真っ最中。12月の夜はずいぶん冷えるとはいえ、剣菱家の大広間は暖かい。

「まさか。馬鹿は風邪をひきません。」

「あいかわらず、清四郎の言い草はひっどいわね〜!」

 

今日のクリスマスパーティは、仲間たちはプレゼント交換イベントのためサンタ衣装で仮装している。

可憐はミニワンピにジャケット。野梨子は膝丈のフレアーサンタ。そして悠理だけはなぜかトナカイの着ぐるみ姿。

男たちも剣菱家が用意したサンタ服を着用済み。美童が断固拒否したために、つけ髭は免れている。

全員がサンタ(およびトナカイ)仮装なのは、プレゼント交換を企画しているからだった。

と、いっても望むものはたいてい買えてしまう彼らのこと。選択基準は『相手に喜ばれるプレゼント』ではなく、『自分の趣味で選んだあげたいもの』である。

 

まずは、言いだしっぺの可憐。

「私のデザインしたラブラブペアチェーンよ〜♪店でも売り出すんだけど、このペアチェーンをつけたカップルは幸せになること間違いなし!なんたって可憐様印ですからね♪」

と、このメンツでは若干一名以外に需要がなさそうな逸品。

「可憐印のペアチェーン・・・・男運のなさを知っているだけに、縁起悪そうだよね・・・・」

が、その一名も小声でローテンションなコメントを残しつつ、自分のプレゼントを公表した。

「僕は本当に効果のあるものなんだよ。愛用のローズの香りのバスオイルさ。男女を問わずリラックスできること請け合いだし、媚薬効果があるのか、モテ度もアップ♪僕と一緒の香りに包まれてみない?」

「「「「・・・・・・・。」」」」

効果のほどに自信満々な割には、仲間たちは全員無言でスルー。

「あたくしは迷いましたが、貴重な踊りのチケットが手に入りましたので、お持ちしましたわ。お師匠様の正月公演ですの。これを機に伝統文化に触れてみませんこと?」

野梨子が差し出した踊りの舞台チケットは、確かに一般流通していない貴重なものだった。

「これ、身内限定の買取なんじゃ・・・?」

「捌くノルマがあるんですね?」

野梨子は仲間たちのツッコミに、アルカイックスマイルでスルー。

「ええと、俺のは、もらった奴が楽しめるかどうかわかんねぇ、思いきり趣味に走ったもんなんだけど・・・」

いや、魅録。謙遜しなくても皆同じです。

「警察無線傍受キット!すごいぜ、血沸き肉踊る実況生中継だからな!年末年始はかきいれ時だから、ハズレなしだぜ!」

話しているうちに興奮してきた魅録の目は少年のように輝いているが、警察無線傍受は犯罪行為です。

いまさらなので一同その部分には突っ込みも入れず、いまだ鼻をすする悠理の巨大な風呂敷包みに意識が移った。

「今年は父ちゃんサンタが居ないから、豪勢なもんじゃないぞぉぉぉぉぉ・・・ジャジャン、あたいのは、九江に作ってもらった絶品肉まん3ダースだあああ!!」

「「「「悠理以外の誰が食べられるんだ(です)、3ダース36個っ!!!」」」」

大富豪令嬢の巨大風呂敷にあらぬ夢を見た一同から、哀れ悠理はボコられる。

「だいたいね、みなさんは間違っていますよ。人に差し上げるんですから、いくら自分好みの物でもある程度は相手のことを考えないと。」

と、至極常識的なことをのたまったのは、生徒会長気質の清四郎くん。

「僕は本です。意外性もなく貴重なものでもなんでもありませんが、冒険物でヒーロー物で恋愛物でもあり、博物的な知識も得られる読みやすい小説ですので、みなさんでも楽しめると思いましてね。」

「ええっ本〜?!」

「『みなさんでも』って、なんだよ〜!」

これまでの中では一番まともなプレゼントにもかかわらず、いまさらとはいえ上目線の言葉に、一同ブーイング。

「ああ、約一名それでも無理ですかね。おまえには絵本の方が良かったか?」

清四郎は平然となおも言い募り、鼻水をすすったために赤くなった悠理の鼻の頭を人差し指で弾いた。

「イテッ」

「赤鼻のトナカイだな。」

クスクス笑う清四郎から、悠理は頬を膨らませてプイと顔を背けた。

 

「・・・・ん?」

窓の外に顔を向けた悠理の目が、大きく開かれた。

「んんんん???」

しかめっつらも忘れて、悠理は窓に近づき、大きく開け放つ。

 

「ゆ、悠理、寒いですわ!」

「ちょ、なにいきなり全開にしてるのよ!暖房が逃げちゃうわ!」

ミニスカサンタが悲鳴を上げるのにもかまわず、悠理はバルコニーに飛び出した。

「どうしたんだ?」

夜空を見上げている悠理を追って、魅録と清四郎もバルコニーに出る。

悠理は一心に空を見上げて、目と口を大きく開けたまま。

「ぎ・・・・・」

悠理は詰めていた息をようやく吸った。歯がカチカチと鳴る。

「悠理?」

 

「ぎゃあああ!!見た!見た!ジジイが空飛んでた!!!」

 

「はぁ?」

おまえらも見ただろ、と胸倉を掴まれて、清四郎と魅録は顔を見合わせる。

彼らも悠理の視線を追って空を見上げてはいたが、星空以外何も見ていなかった。

「とにかく外は寒い。中に戻りましょう。」

清四郎は興奮する悠理の肩に自分の赤い上着を着せかけ、室内に戻らせる。

「居たって!外人のジジイが、へろへろふわふわ、あっちの屋根から屋根へ、空中を渡っていったって!!」

仲間たちに必死で力説する悠理は、興奮している割には蒼ざめていた。

「またまた〜、それってサンタクロースじゃない?意外にロマンチストだよね、悠理って。」

「違う!いや、ほんとに見たんだって!!白い髭のジジイ!・・・ってあれ?まじでサンタ??」

悠理は眉をコイル巻きにして自問自答。空飛ぶジジイはサンタクロースのような風貌だったらしい。

「万作おじ様の仕掛けかなにかじゃありませんの?」

「いや、父ちゃんじゃなかった・・・・・外人だったし背が高かった。でもソリとかじゃなく、空ふわふわ飛んでたぞ。サンタっちゅーよか、むしろ幽霊・・・・・ひ〜〜!!」

いまさら、悠理はブルブル震えだした。

確かに、蒼白になって震える姿は、幽霊と遭遇したときの悠理を髣髴とさせる。おまけに、普段はあまり近づかない清四郎の背に張り付いている。全員サンタ装束の中、清四郎だけが赤いサンタ上着を脱いでいるからかもしれないが。

清四郎は自分の上着の下でブルブル震えているトナカイ姿の悠理をじっと見つめた。

「ふむ・・・・・悠理が見たのは、本当に霊的存在かもしれませんよ。」

「えっ」

「悠理の態度を見ていれば、霊障は明らかでしょう。聖人ニコラウスが元ネタのサンタも霊的存在と言えなくもないですからね。」

仲間たちはゲンナリ顔をしかめた。

「ロ、ロマンがないわ〜〜!」

宗教的意義も子供の夢も、清四郎くんにかかれば『霊障』です。

「やっぱ、あたいが見たのは幽霊だったんじゃんーーー!!!」

「まぁ、どこかの往生したての老人という線も捨てられませんが。同じ、『死んだ老人の霊』でも、サンタクロースだと思っていた方が精神衛生には良いんじゃないですか。」

「ほ、ほら、悠理、あんたは本物のサンタを見たのよ、きっと!」

サンタを『死んだ老人の霊』呼ばわりする清四郎発言に、ロマン派の可憐は思わずフォロー。

「子供の頃、どうしても一目会いたくて、クリスマスには必死で眠気と戦って起きてたことあるわぁ。結局、あたしが眠るまでママも死んだパパも扉の陰で待たせちゃったみたいだけど。」

幼い頃を思い出し、可憐は遠い目をする。

そんなロマンチストの友人を、仲間たちは優しく見つめた。父親の死以来、可憐にはサンタが来なくなったのだろうと思いを馳せながら。

しかし、悠理はいまだ青い顔をして清四郎の背中に貼りついていたし、清四郎は窓の外に浮遊霊が飛んでいようが背後霊のような悠理に張り付かれようが、どこ吹く風のマイペース。

 

プレゼント交換を始める頃合だったが、先にプレゼント内容を公表してしまったため、一同のモチベーションは急降下。四方山話に意識は向かう。 

「そーいえば、悠理はいくつまで、サンタを信じてたの?」

可憐が問いかけると、やっと悠理は清四郎の後ろから顔を覗かせた。

「中学1年・・・・だったかな・・・・」

「えええ、それってすごくない?!」

悠理の答えに驚いた仲間たちだったが、清四郎は一刀両断。

「馬鹿の証明ですかね。」

「清四郎、あんたねー!」

悠理の代わりに可憐が抗議の声を上げたが、いまの悠理には清四郎へ反撃する元気はない。なにしろ、悠理にとって清四郎の揺るがない背は大切な壁。安全地帯。性格の多少の難には目をつぶる。

「剣菱のおじさま達が、さぞ財力精力を費やして悠理の夢を壊すまいとされたんでしょうね。」

野梨子の言葉に、悠理はコックリ頷いた。

「そうだじょ。絶対サンタが実在しないと無理なシチュエーションでもプレゼントもらってたもん!」

「想像するだに怖いな・・・・金のかかり具合が。」

「だから、あたいがサンタを父ちゃんたちだってわかったのって、清四郎にバラされたからなんだ。」

「え?僕ですか?」

本当に心当たりがないらしい。清四郎は珍しくキョトンとしている。

「まぁ、酷いですわね、清四郎。子供の夢を粉砕ですか?」

「いや、本当に心当たりがないんですよ。」

「加害者はこんなもんだよな!」

悠理はぷぅと頬を膨らませた。

「おまえが昔、『僕たちが子供たちのお母さんお父さんの代わりにサンタとなって、プレゼントを用意しましょう。』とか、全校集会で言ったんだよ!『施設の子供たちは、まだサンタクロースからのプレゼントを大人が用意した物と気づかずにいるでしょうから、こっそりとバレないように』とか、ダメ押しで言いやがってさ。耳をふさごうにも、全校集会時に壇上のマイクからだぜ?どうしても聞こえちまったんだよ〜〜!」

悠理の言葉に、野梨子が首を傾げた。

「その全校集会は覚えてますわ。ボランティア活動の話でしたわね。だけど、中等部一年の時ではなかったような・・・・」

「僕も知ってるよ。だから中3じゃない?」

聖プレジデント学園には中3途中で転入して来た美童が話を裏付けた。

「馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、めちゃくちゃ最近じゃないですか・・・・」

清四郎の容赦ない呆れ声に、だが今度は仲間たちも抗議の声を上げなかった。

 

「・・・・まぁ、でも。」

「いまだに信じてるようなもんだよな。」

「本物のサンタにしろ、浮遊霊にしろ。」

からかい口調の仲間たちに口々に言われ、悠理はわめいた。

「おまえらだって、心霊体験何回もしてるじゃないかっ!信じるとか信じないとかの問題じゃねーやい!怖い目には嫌ってほどあってるんだからなっ!」

涙目の悠理に、清四郎は腕を組んで頷いた。

「・・・・・・わかりました。そこまで言うなら、今夜は悠理に付き合いましょう。」

「へ?」

「中3の頃のいたいけな悠理の夢を壊した罪滅ぼしに、今夜はここに泊り込みますよ。なんだったら、この本を一晩中読んであげてもいい。」

清四郎は右手に持ったプレゼント用の本を振った。

「い、いや、そこまでしてくれなくても・・・・」

”夜通し読書”に悠理は及び腰。

「おや、暖炉からサンタが現れてもいいんですか?悠理の自室には煙突はないが、このお屋敷には暖炉もいくつかありましたよね。深夜になれば、空飛ぶ不審な徘徊老人が侵入してこないとも限りませんよ。

重々しく告げた清四郎の言葉に、悠理は震え上がった。

「い・・・・・いいいいいっ、そ、それはヤダッ!

悠理はひしりと清四郎の背にあらためて抱きついた。

 

「一緒にいて〜、清四郎ちゃん〜〜っ!!」

清四郎はにっこり。

「いいですよ。悠理の肉まんを食べながら、クリスマスナイトをしゃれ込みましょう♪」

 

 

「・・・・・・・・・・どこが”しゃれたクリスマスナイト”なんだか、すっごく疑問なんだけど。」

「胸焼けを起しそうですわ。」

「って、いうか、あいつら勝手にプレゼント交換しちゃってない?」

「いーんじゃねぇ?誰か他に36個の肉まんと夜を過ごせんのかよ。」

 

異議を唱える者はなく。

結局、清四郎と悠理を除いて、あとのメンバー間でプレゼント交換は行われた。

 

「わぁ、日本舞踊の舞台なんて初めてだな。野梨子も一緒に行ってくれるのかい?」

「いえ、私たち弟子は会場受付ですの。ノルマですもの。」

身もふたもない弁の野梨子が手にしたローズオイルを使用するかは、今後の美童の精進次第。

そして、今回一番憤慨したのは、言いだしっぺの可憐となった。

「なんで、あたしに警察無線?!どーしろっていうのよ!!」

暴れだした可憐をよそに、使用予定のないペアアクセサリーを手にし困惑しきりの魅録は、この夜初めて思い出していた。

 

「・・・・・・・そういえば、ハロウィンの時もこんなことがなかったっけか?」

 

魅録の視線の先は、肉まんと本を抱えた友人たち。

 

 

 

―――――― 清四郎が悠理に告白して、早半年。

しかしあまりにあまりな態度に隠れ、ふたりが付き合っているという事実が認識されることはなかった。告白シーンを目撃していた魅録さえ、あれは夢まぼろしだと忘れがち。

ひしりと自分にしがみつく悠理を、目を細めて微笑み見つめる清四郎の姿を見てさえ、なお。

 

 

ふたりがロマンチックな夜を過ごしたかどうかは、誰も知らない。

サンタクロースと、当の本人たち以外には。

 

 

 

END

(2009.12.24)


すみません、「真夏の奇跡」シリーズになってしまいました。清四郎くんの恋が実るバレンタインまでのふたりはこんなカンジです。赤裸々にみんなの前でいちゃついているんですがねー。

 

 

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背景:Abundant shin様