彼女のおねだり

                by にゃんこビール様

 

お正月気分も抜けて、寒い日が続きながらも春が近づいてきているこの頃。

相も変わらず有閑倶楽部の部室ではのほほんとした空気が漂っていた。

 

 

「そういえばさぁ」

美童がふと携帯のメールを打つ手を止めて話し出した。

「今年のバレンタインって土曜日なんだよね」

バレンタインデー当日のことを考えると美童は自然と笑みがこぼれる。

「そうなの!授業は午前で終わるし、今年はランチデートなのよ!」

ネイルのお手入れをしていた可憐はヤスリを振りながら同調した。

「…よかった。昼食わないでさっさと帰ろう」

去年は放課後遅くまで女子生徒たちに追いかけ回された魅録はほっと胸を撫で下

ろした。

「土曜はお休みの会社が多いですから、義理チョコの売れ行きが悪いとお菓子業界

が心配ですわね」

薫り高いオレンジペコを運びながら野梨子は経済新聞を読んでいる清四郎に話しか

けた。

「ええ。女性の友だち同士で贈り合う『友チョコ』とか、自分自身にご褒美で買う『マイチ

ョコ』とか、色々と対策を考えてるみたいですね」

新聞をたたみながら清四郎が答えた。

「あら。私も自分とママにご褒美に高級チョコを毎年買ってるわよ!」

アロマクリームを指先に塗りながら可憐が頷いた。

「それはあげる相手がいなくなって、仕方なく、じゃありませんの?」

ふふふ、と野梨子は笑いながら可憐に紅茶を手渡した。

「失礼ね!きちんと本命にもあげてます!」

フンッ、と可憐は横を向いた。

「その割りには毎年ホワイトデーの夜に全員呼び出されてる気もしますが…」

「うるさいわよっ、清四郎!」

キッと可憐に睨まれた清四郎のとなりで魅録は苦笑いを浮かべていた。

「でもさー、今年は男性から女性にあげる『逆チョコ』が流行るみたいだよ」

女性にプレゼントをあげることを苦とも思わない美童はウキウキ声。

「どうせチョコで済まないんだろ?面倒くせーこと考えついたもんだぜ…」

うっかり呟いた魅録は可憐の冷たい視線に「すんません」と小声で謝った。

「女の子って甘い物に目がないだろう?何がいいか悩んじゃうよね〜」

と言いつつも美童は一切悩んでいるように見えない。

「で、清四郎は何を悠理にあげますの?」

ガトーショコラを切り分けながら野梨子は清四郎に微笑んだ。

「大変だな〜、悠理は毎年『逆チョコ』だからな」

魅録はニッと笑った。

「そうよ!みんな気合いの入れ方が違うんだから!物によっちゃ霞むわよ」

可憐もぐいっとテーブルに乗り出した。

「悠理は普通の女の子と嗜好が違うからねぇ。いくらぼくでも相談にのれないなぁ」

申し訳なさそうに美童は眉を下げた。

「…すいませんね。色々とお気遣い頂いて」

コホン、と少し頬を赤くして清四郎は咳払いをした。

なにしろ去年の春、腐れ縁の友人を返上、赤い糸で結ばれた運命の恋人同士になっ

た清四郎と悠理。

みんなが気遣いどころか、何かとちょっかいを出すのは仕方がないところ。

「お、普通の女の子と違う悠理の登場だぜ」

ドタドタと大きな足音が近づいてきた。

「あーーーーーーっ 腹減ったーーーっ」

清四郎と赤い糸で結ばれている悠理、登場。

「6限目に体育だなんてさー!腹が減って死んじゃうっての!」

悠理はスカートの裾をひるがえしてドッカリと椅子に座った。

「まぁ…!なんてはしたない」

野梨子は口元を押さえたが、清四郎の口元は少しゆるみ気味。

「ねーねー、悠理。バレンタインには何が欲しい?」

清四郎の気持ちを勝手に代弁する美童。

「へ?バレンタインっていったらチョコだろう?」

当然とばかりに悠理は目の前のガトーショコラにかぶりついた。

「そうじゃなくって。今年は『逆チョコ』だから清四郎から欲しい物をたーーーんと

もらえるのよ!ねっ」

可憐は清四郎にウインクをした。

「えーーー… そうなんだぁ…」

口の周りをチョコだらけにして悠理は清四郎をじっと見つめた。

そのチョコをすべて舐め回したい衝動をグッとこらえて清四郎は微笑み返した。

「ええ。悠理が欲しいものがあれば聞きますよ」

 

 

 

「赤ちゃん。清四郎、赤ちゃんが欲しい」

 

 

 

悠理の言葉に一瞬にしてその場が凍りついた。

清四郎はピクッと指先を動かした。

「ゆ、…悠理?今、なんて…?」

清四郎の声で全員の呪縛は解かれた。

「あああああああ、あんた!わかって言ってんの?あっ、あっ、赤ちゃんだなんて

…!」

綺麗にカールされていた髪の毛を振り乱しながら可憐は叫んだ。

「せーしろー… 男冥利に尽きるなぁ… ははははは…」

美しい顔を歪めながら美童は力なく笑った。

「わかってるよ。この前、いとこのところで赤ちゃんが生まれてさ…。もう可愛いったら

ないんだ〜」

悠理は愛おしそうに宙を見つめた。

「赤ちゃんだって、育てるんだぞ!生みっぱなしじゃないんだぜ!」

顔を真っ赤にして魅録は説得した。

「あたい、ちゃんと育てるもんっ」

プイッと悠理は顔をそらした。

「欲しいって… お菓子じゃないんですのよ…」

冷静な口調だが野梨子の手足はぷるぷると震えていた。

「だって欲しいんだもん!な、清四郎、いいよね?」

茫然と立ちすくむ恋人に悠理はすがった。

「いいよね、と言われましても…」

潤んで見上げる悠理にクラクラしながらも清四郎は毅然とした態度を取った。

「清四郎も赤ちゃん好きだろう?フワフワしてさ〜。あんな小さくて守ってやらなくっ

ちゃ!って思うんだよねぇ〜」

母性本能丸出しの悠理は清四郎の手を取ってブンブン振り回した。

「だっ、だからって剣菱のおじさんは?許さねぇだろう?」

フーフー鼻息荒い魅録が拳を震わせた。

「ううん、もう父ちゃんに言った。清四郎がいいなら文句は言わないってさ!」

すでに親の了解を得ていた悠理は清四郎に向かって微笑んだ。

「ちょっと… 急展開過ぎない…?」

可憐はフラフラと椅子に座った。

「まさか、悠理があんなに母性愛が強いとは思いませんでしたわ…」

すっかり動揺している野梨子は空になってるカップを口に付けた。

「悠理、赤ちゃんはコウノトリが連れてくるんじゃないんだよ?いくらなんでもさ…」

ハラハラと美童が悠理を宥める。

「だってもうすぐ生まれちゃうんだもん」

悠理は清四郎をじっと見つめた。

「せっ、せいしろう!あんたっ」頭を抱える可憐。

「…☆※△」両手でしっかりと口を塞いだ野梨子。

「お、おまえ…」開いた口が塞がらない魅録。

「だめじゃないか!ちゃんと避妊しなきゃ!」今更ながら指南する美童。

いつだ?あの時か?いや、抜かりはなかったはず…、いや、待て、いつだったか

悠理が急に…清四郎の頭の中ではピコピコとコンピュータが記憶を辿っていった。

「ね?いいでしょ?清四郎、どうしても赤ちゃんが欲しいんだ」

大きな瞳に涙をいっぱいためて悠理は清四郎に懇願した。

いつかは悠理と結婚して家庭を築く予定が早まっただけ。

剣菱のおじさんも許してくれてるし、何よりもこんなに悠理が、あのガサツだった

悠理が、赤ちゃんが欲しいと言っているではないか!

清四郎はキリッと乱れた前髪を整えた。

「わかりました」

「えっ」

ぱっと悠理の顔が輝いた。

残された4人はカッチリ石のように固まってしまった。

「僕も男です。きちんと責任を取ってふたりで立派に育てましょう」

「あーーーん!清四郎!ありがとう!」

ぴょーんと悠理は清四郎に抱きついた。

「こらこら。目立たないとはいえ、大切な体ですからね。あんまり無理はしないで

下さいよ」

清四郎はそっと悠理の体を椅子に座らせた。

「え?うん?」

一応、悠理は大人しく座った。

「さて。これから忙しくなりますね」

大人しく座っている5人をよそに、清四郎は腕組みをしてウロウロと歩き始めた。

「うちの親父たちにも報告しないといけませんね… あの姉貴が叔母さんですか…

 くくくっ」

清四郎の頭の中には誰にも想像もできない未来予想図が広がっていた。

「清四郎。何も菊正宗のおじちゃんにまでいわなくても…」

悠理のつぶやきに清四郎が振り返った。

「何言ってるんですか!僕と悠理の赤ちゃんってことは親父たちには孫になるん

ですよ」

あまりの勢いに悠理は小さく頷いた。

「ああ!これからが色々と大変だ。名前も考えなきゃいけないし…」

ブツブツと清四郎は独り言は続く。

「いや。きちんと剣菱のおじさんに挨拶をしにいかなくてはいけませんね!」

清四郎は足を止めてポン!と手を叩いた。

「悠理、僕は親父たちに話をした後、すぐに悠理の家に行きます!」

「えっ?ああ…」

悠理は曖昧な返事をした。

「それではみなさん。新米パパは先に失礼します!」

スタッと右手を挙げて清四郎は颯爽と部室から出て行った。

 

 

 

シーンと静まりかえった部室。

残された悠理のお腹に視線は注がれる。

「悠理… 体の方は大丈夫ですの?」

野梨子はそっと悠理の背中をさすった。

「そうよ。いくらなんでも体育なんてやっちゃってダメよ!」

可憐も悠理の手を握った。

「なんで???」

不思議そうにふたりを見つめる悠理。

「だって悠理のお腹に赤ちゃんがいるんだろう?」

「案外目立たないもんなんだなぁ。いや〜ビックリしたぜ」

美童も魅録も悠理をいたわった。

「なになに?どうしちゃったんだよ?」

ただならぬ雰囲気に悠理は怪訝そうな顔をした。

「なにって…」

「どうしたもこうしたも…」

「悠理のお腹に…」

「清四郎の子供がいるんだろう?」

矢継ぎ早の言葉に悠理の顔がボッと赤くなった。

「ななななな… んなわきゃないだろう!!!!!!」

悠理の叫び声が部室にこだました。

 

「おかしいと思ったのよ!」

可憐はバリバリとおせいべいをかじった。

「本当ですわ!悠理は日本語の勉強を1からするべきですわね!」

湯呑みの向こうから野梨子は悠理を一瞥した。

「みんなが勝手に勘違いしたんじゃないかっ」

顔を真っ赤にして悠理はグイッとみたらし団子を頬張った。

「誰が子猫のことだと思うんだよ!」

魅録はかりんとうの手を止めずに悠理を睨んだ。

「大体さ、あの清四郎が避妊に失敗するわけないと思ったんだよねー」

あーん、と美童は口を広げて大福を一口食べた。

「うるさいぞ!美童」

えい、と悠理が団子の串を投げた。

「でもどうすんだよ。今夜あたりビシッとスーツ着て挨拶に来るぜ、清四郎さん」

魅録はニヤリと笑った。

「実は子猫のことでした、って聞いたときの清四郎の顔…」

ぷっ、と可憐は吹き出した。

「こんなチャンス、なかなかありませんわよ」

にっこりと野梨子は微笑んだ。

「ぼくたちも今夜、悠理の家に行ってもいい?」

美童は楽しそうに悠理に聞いた。

「……勝手にしろよ」

フンッ、と悠理は5本目の団子に手を伸ばした。

 

その日の夜、剣菱邸のとある一室。

持ってきたたくさんのベビー服とおもちゃの中でひとり清四郎が項垂れていた。

そんな清四郎を慰めてくれたのは生まれて間もない子猫。

悠理が欲しがっていた猫の赤ちゃんだった。 

 

 

 

END

 


冬企画の際の裏取引によって(笑)にゃんこビール様よりかわゆい清悠をゲット♪

清四郎くんの覚悟とぬか喜びは、きっと近いうちに報われると信じておりますとも!(フロ)

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