おたふくと5人のサンタクロース

                by にゃんこビール様

 


「えーっ!可憐が入院?」

チリン、とサンタの帽子についた鈴を鳴らして悠理が振り返った。
「ええ。どうやら流行性耳下腺炎みたいで…」
はい、と清四郎はゴールドのモールを悠理に渡した。
「清四郎そんな落ち着いてるけど、大丈夫なわけ?」
ひょい、と大きなツリーの向こう側から美童が顔を出した。
「子供の頃、かかなかったんですわね… おたふく風邪」
野梨子は大きな段ボールから長靴のオーナメントを取り上げた。
「「おたふく風邪ぇ?」」
悠理と美童が目を合わせて同時に叫んだ。
「入院するほどびどくはないんですけどね…」
清四郎はチラリと魅録に視線を送った。
「腫れ上がった顔を人に見られたくないんだとよ」
床に座って電飾のチェックをしながら魅録はため息をついた。

清四郎と悠理、美童と野梨子、そして魅録と可憐。
ごく自然に恋人同士になった今年の冬。
とはいえ、何かと6人でこうして集まることは今まで通り。
今日は剣菱邸でクリスマスパーティ。
パーティの前に、大きなツリーを飾り付けしているところだった。

「おたふく顔でもいいから可憐くればいいのに。ご馳走もいっぱいあるんだからさ…」
キラキラと光るモールにじゃれていたフクは”おたふく”という言葉に敏感に反応してプイッと部屋から出て行ってしまった。
「悠理じゃあるまいし。ご馳走に釣られて可憐がみんな前におたふく顔を見せるとは思いませんわ」
はい、と野梨子はトナカイのオーナメントを美童に渡した。
「それは言えてる。でも魅録はお見舞いに行ったんだろう?」
ひょい、と美童がトナカイを上の方に付けながら魅録に聞いた。
「いや… 俺にも会わないんだ」
魅録は切れてしまった小さい電球を取り替えながら不機嫌そうに答えた。
「一番魅録に見られたくないんですわよ」
野梨子は魅録に優しく微笑んだ。
「俺はまだいいけど、あいつは寂しいクリスマスだよな…」
ぽつりと魅録が呟いた。
みんなは手を止めて、たった一人で病院のベッドで寝ている可憐のことを思った。
「ほら。悠理、直ったぞ」
魅録に言われて悠理は顔を上げた。
電飾のスイッチを入れると、色とりどりの光りが瞬いた。
「やったー!」
「ほらほら、早く飾り付けをしちゃいましょう」
清四郎に促されてみんなはもくもくと飾り付けの作業にかかった。



可憐はベッドの中から白い天井を睨みつけていた。
外ではクリスマスムード一色だというのに、ここときたら
天井も壁もみんな真っ白。
味も素っ気もない。
病室だから仕方がないことなのに、可憐はケチを付けずにはいられなかった。
数日前からノドの痛みがあった。そのうちどんどん熱が上がり、今朝鏡を見たら
顔がまん丸と腫れていた。
急いで清四郎の病院に行って診断されたのは「流行性耳下腺炎」通称「おたふく風邪」
よりによってこんな時期に、しかもただの風邪じゃなくおたふく風邪になるなんて。
確かに子供の頃かかった記憶もなく、母親に聞いても覚えがないという。
いつものようにみんなではしゃごうと思っていたクリスマス。
今年から魅録と過ごそうと思っていたクリスマス。
そのためにエステで整えた顔はすっかりおたふく顔になってしまった。
可憐はそのまま空いている個室に入院させてもらい、自主的に面会謝絶にした。
悔しさと情けなさと発熱のせいで涙が腫れた頬を伝っていった。
今頃は悠理の家でみんな楽しくクリスマスパーティをやってるんだろう。
遠くの方から鈴の音が聞こえてきた。
小児病棟でクリスマスコンサートをやると看護師さんが言っていた。
こんなに大きな病院でも静かな夜は小さい鈴の音も聞こえてくるようだ。
そんな小さい音に耳を傾けながら、可憐はとろとろと眠りに落ちていった。



どのくらい寝ただろう。
可憐はふと気配を感じて目を覚ました。
トントン、と扉を小さくノックされた。
看護師さんが点滴の交換に来たのかと、可憐は目の下まで布団を覆って
「はい」と小さい声で答えた。
すっと扉が開いた。
そこにいたのは看護師ではなかった。
逆光でもシルエットでわかる。
細くて長い手足、逆立てたベージュピンクの髪。
「み、…魅録?」
可憐は高熱が出ると幻覚を見るという話を思い出した。
これは幻覚だ、と自分に言い聞かせた。
しかし魅録は一歩、病室の中に入った。
「だだだだだ、だめよ!入って来ちゃだめ!」
布団から目だけを出したまま、可憐は手を振ってで拒んだ。
「どうだ?具合は」
可憐の言葉を無視して魅録は扉を閉めて近づいてくる。
「だめだったら!見ないで!」
近づく魅録から離れようと可憐はベッドの中でもがいた。
が、狭いベッドはあっという間に可憐の逃げ場所はなくなってしまった。
「熱は?少しは下がったか?」
辛うじてベッドの端にいる可憐のおでこに魅録は手を伸ばした。
魅録の細くて骨張ってひんやりとした手を感じた。
これは幻覚ではないらしい。
「まだちょっと高いな」
魅録はそういうとベッドの横にある椅子に座った。
幻覚じゃないなら尚更会いたくない。
「魅録、言ったでしょう?おたふくみたいな顔を見られたくないって…」
布団の下から可憐は魅録に訴えた。
「俺は別に構わないぜ」
ニッと魅録が微笑んだ。
この屈託のない笑顔が可憐は大好きなのだ。
「氷枕、替えてもらうか?」
魅録は心配そうに可憐の顔を除いた。
「だ、だめよ!そばに来ちゃ…!」
ぐいっと布団を引き上げながら可憐は必死に抵抗した。
「…可憐」
呟くと魅録はストンと椅子に座った。
「可憐が自分の顔やスタイルに自信があるのは知ってるけど俺は可憐の顔に惚れたんじゃないんだぜ」
「…」
「こんなに心配してる俺を拒まないでくれよ」
眉を下げて、少し悲しそうな顔をした魅録を見て可憐は布団をぐっと掴んだ。
こんな状態じゃなかったら今すぐ抱きつきたい。
抱きついて思いっきりキスをしたい。そう可憐は思った。
「ごめん… 魅録…」
可憐はそう呟くとぽろりと涙をこぼした。
「なんだか熱で涙腺が緩んじゃったみたい。よく涙がでるの」
ふふふ、と耳の下が痛くならない程度に可憐は微笑んだ。


「遅いっ…!」
菊正宗病院の中庭で悠理はぶるっと体を震わせてチリンとサンタの帽子の
鈴を鳴らした。
「しかし何だってぼくたちまでこんな格好なのさ!」
文句を言う美童の頭にもサンタの帽子。
「それにしてもスカートの丈が短いですわよ」
野梨子もスカートの裾を引っ張りながら苦情を口にする。
「だってプレゼント運ぶのはサンタって決まってるじゃん」
胸を張る悠理は赤に白い縁取りのサンタの衣装。
文句を言う美童、野梨子ももちろんサンタの格好になっていた。
「すぐ可憐を呼ぶと言ってたんですけどね…」
ふむ、と腕組みをしている清四郎も、もちろんサンタ。
静かな病院の中庭にサンタが4人、寒さに震えていた。
「まさかお楽しみ中じゃないだろうね!」
白い息を吐きながら美童は3階にある個室を睨みつけた。
「病院内で不謹慎な。断じて許されませんよ」
清四郎も3階を一瞥した。
「可憐はおたふく風邪とはいえ病気ですのよ」
野梨子はまだスカートの裾を引っ張っている。
「大声で呼んじゃう?」
「ばか。ここは病院ですよ」
清四郎に止められて悠理はぷぅ、と頬を膨らませた。
「なにやってんだよー、魅録のやつ」
悠理はキッと3階に向かって手拳銃を向けた。
「可憐とぬくぬくしてたら承知しないぞ!」


「可憐…」
魅録は可憐の髪をそっと撫でた。
「だだだだだだだ…ダメよ!!」
すぽっ、と可憐は亀のように布団の中に潜ってしまった。
「気にするなよ。な、可憐」
可憐は頑なに布団の中で「だめ」の一点張り。
「俺たち、恋人同士だろ?」
幾分きつい口調になった魅録に可憐は怖ず怖ずと布団から出てきた。
「だって…」
熱のせいだけではないだろう。可憐の顔は真っ赤だ。
「魅録… 子供の頃おたふく風邪やった?」
「あぁ?」
腕組みをしていた魅録は怪訝そうな声を出した。
「だって… おたふく風邪、うつったら困るでしょ」
ああ、と魅録が頷いた。
「確か小学3年だったかな。珍しく千秋さんが家にいて、パンパンに膨れた俺の顔を見て大笑いしてさ。でも大笑いしながらずっと看病してくれたけどな」
その頃のことを思い出して魅録は微笑んだ。
「何だ、うつること心配してたのか?」
まだ可憐は布団の中から目だけを出して頷いた。
「だって… 大人になってからおたふく風邪になると…」
「うん?」
「………」
「なに?」
可憐は布団の中でしゃべるからよく聞こえない。
魅録は可憐の顔にぐっと近づいた。
「…”種なし”になるって言うじゃない」
「た? た ね な し?」
しばらく沈黙したあと、魅録はがばっと顔を上げた。
「ばっ、ばか!そんな心配するなよ!」
「だって… 困るじゃない。私、魅録の子供欲しいもん」
「えっ…?」
「あ…」
2人の間に静かな空気が流れた。
−−−コツン!
窓になにか当たった音に魅録は思い出した。
「いけね。忘れてた」
そういうと窓際に歩み寄って「わりぃ」と外に向かって片手を挙げた。
「なに?誰かいるの?」
可憐はガウンを羽織り、ストールで頬被りをして魅録の隣に立った。
「あ!」
可憐が外を見ると寒空の下、サンタが4人手を振っていた。
「可憐ー!あたいたちからのクリスマスプレゼント!」
悠理が叫ぶと4人の背後にあったクリスマスツリーに電飾がついた。
「みんなで飾り付けしたんだ。そしたら悠理のヤツが可憐に見せたいって」
魅録はそういうと自分が着るはずだったサンタの上着を可憐の肩にかけた。
キラキラと色とりどりの電飾が瞬いている。
「きれい…」
可憐の頬に涙がこぼれる。
「メリークリスマス、可憐!」
美童がウインクを投げる。
「可憐、メリークリスマス」
清四郎も微笑んでいる。
「治ったら仕切り直しですわよ」
野梨子が小さな手を振る。
可憐はにっこりと微笑んでみんなに手を振った。
「メリークリスマス!4人のサンタさん」
魅録は可憐の手をぎゅっと握った。
「メリークリスマス、可憐」
可憐の髪に魅録がキスを落とした。
「メリークリスマス、私のサンタさん」
可憐はコツンと魅録の肩に頬を寄せた。
少し腫れも引いてきた。
可憐が5人のサンタの元に戻るのもそう長くはかからないだろう。

 

 

 

END

 

 

 

 

 

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