恋人たちのX’mas

                                           by フロ

 

「イブと聖夜は、恋人たちのものだよ。」 

 

そう言って、ウインクしたのは美童。

毎年、仲間達で過ごしていたクリスマスだが、今年はそれぞれで過ごそうという提案だった。

 

可憐と魅録は顔を見合わせ、頬を染める。

イブはともかく、25日夜は教会に向うだろう美童の提案が、誰のためなのかわかったからだ。

 

「クリスマスの夜を家族で過ごすのもいいですわね。」

清四郎と野梨子も、異論はないようだ。

 

「・・・え〜、いつも通りみんなで夜通し騒ごうよ〜!」

悠理は、ひとりブーイング。

 

「23日のイブイブには、剣菱でクリスマスイベントをするって言ってたでしょ。皆で参加して盛り上がりましょうよ、ね、悠理♪」

だけど、可憐にそう言われれば、それ以上駄々もこねられなかった。

ホッとした顔で微笑みあう可憐と魅録は、付き合い始めてはじめてのクリスマスを迎えるのだから。

 

そうして、クリスマス前の23日には、万作ランドにて剣菱グループ総出のイベントに倶楽部の仲間達皆が参加した。

盛大なイベントは、いつものように楽しかったのだけど――――クリスマスを思うと、悠理の心は沈んだ。

 

「倶楽部の皆と一緒でないクリスマスなど、何年ぶりですかね。静かに過ごせそうだ。」

「そういえば、昔からうちはクリスマスなどなんの行事もしなかったので、あたくし、いつも清四郎のところに行っていたのですわね・・・。」

「そうですね。そんなクリスマスも久しぶりですな。」

 

そんな幼馴染達の会話を聞いてしまったから、余計に。

 

 

*****

 

 

クリスマス・イブ。

その夜は、剣菱家では早い時間からクリスマスディナーを家族で楽しんだ。

サプライズで使用人たちの即席楽団が乱入したり、寸劇が行われたり。悠理を楽しませようとする皆の好意によって、思いがけず明るく賑やかな夕食になった。

悠理もお気に入りのウサギのマフをつけて、はしゃいで過ごした。

パーティはお開きになっても自室に戻る気がせず、悠理はひとり大広間で窓の外を眺めていた。

 

窓の外は雪景色。庭のイルミネーションが華やかに瞬いていた。

サンタにトナカイの電飾。星を散りばめたツリー。ステンドグラスが七色に煌めく。

 

綺麗な夜。

特別な夜。

家族や恋人と過ごす、それぞれの聖夜。

 

 

「・・・みんな、何してるかな・・・」

ここには居ない仲間達の顔が浮かんだ。 

きっと、美童は刹那の恋人に甘い言葉を囁いている。

可憐と魅録は、照れながらもふたりきりの時間にときめいて。

そして、清四郎と野梨子も、静かで温かいクリスマスを過ごしているのだろう。

 

「・・・・。」

悠理はぶるると身を震わせる。

さっき、調子に乗って積り始めた雪で雪だるまをつくろうと奮闘したせいかもしれない。

室内履きのまま外に出たので濡れてしまったモカの室内用ブーツを脱ぐ。

大広間は床暖房で暖かいはずなのに、冷えた爪先がシクシク痛んだ。

凍えた心もシクシク痛んだ。

 

――――淋しい。

そんなふうに思っては駄目だと、わかっている。皆とは別の日に集まったのだし、悠理も家族と楽しい一日を過ごしたのだから。

 

――――会いたい。

特別なこの夜を一緒に過ごしたいと思うのは、わがままなのに。

 

窓の外に広がるイルミネーションが、胸を締め付ける。

子供の頃は大好きだったクリスマスが、どうしてこんなに切なく感じられるのだろう。

悠理はペタンと座りこんで両手で顔を覆った。

目を閉じても、瞼には面影が映る。それは、友人たちの朗らかな顔ではなかった。

心に何度も浮かぶ顔は、本当はたったひとつ。

 

――――彼に、会いたい。

 

皆と騒いで過ごしたい、なんて口実だ。

他に一緒にいられる理由を、見つけられないから。

 

――――どうして、会いたいのか。どうして、今夜なのか。

 

悠理にもわかっている。無いものねだりしている自分を。

趣味も合わない。特別に仲が良いわけでもない。

クリスマスを共に過ごしたくても、皆と一緒でなければ会えない。

悠理は仲間の一人に過ぎないから。

 

クリスマスの夜は、恋人たちのものだから。 

 

 

*****

 

 

突然のノックの音に、悠理は驚いて顔を上げた。

窓の向こうに立っている人影が、もう一度ガラス戸をノックする。

「・・・・・。」

悠理はあっけに取られて、動けない。

立っていたのは、サンタならぬ黒ずくめの友人だった。

 

「さっさと開けてくださいよ、寒いじゃないですか。」

凝固している悠理に焦れてサッシを自分で開けて入って来た清四郎は、開口一番文句を垂れた。

「あ、無断侵入じゃありませんよ。ちゃんと案内を頼んだんですが、中庭からお前の姿が見えたもので。」

清四郎と一緒に入って来た雪が室内に舞う。

だけど、不思議に寒さは感じなかった。あまりに、現実感がなくて。

 

 

「・・・・なんで、いんの?」

悠理はやっと声を出すことができた。

清四郎は困ったように眉を下げて苦笑する。

「すみませんね、こんな時間に。」

その言葉に悠理は壁の時計を仰ぎ見る。時計の針は9時過ぎを示していた。宵っ張りの悪友達の間では気をつかう時間ではない。

「野梨子も、一緒に来たの?」

彼らは共にこの夜を過ごしていたはずだ。家族ぐるみの付き合いは悠理も知っている。

「いや、野梨子はうちの家族と一緒に菊正宗病院の方へ行っています。」

「え、誰か病気なの?!」

「ああ、いや、ごめん。説明が足りませんでした。菊正宗病院では、クリスマスにも帰宅できない患者のために、この日は毎年ちょっとしたイベントを行っているんです。ボランティア劇団などと一緒に、野梨子も昔から日舞を踊ったり慰安に参加してくれていました。」

初めて聞く話に、悠理の心は竦んだ。

「そ、そぉなの・・・・ごめん、毎年クリスマスイブは無理させてた・・・んだ・・・」

ここ数年、清四郎と野梨子は倶楽部の皆と共に過ごしていた。それも、悠理が無理を言って。

「そんなことはないですよ。野梨子はともかく、どうせ僕はたいして何もできませんでしたし。」 

清四郎はなんでもないことのように言ったが、悠理は顔を上げ続けることができなくなった。

 

悠理は我知らず胸元を掴んでいた。

胸が、苦しくて。

清四郎の姿を目にしてから初めて、ようやく感じることのできた現実感。

それは、寒さでも歓びでもなく、痛みだった。

 

うつむいた悠理の頭に、清四郎の手が乗せられた。

いつもは無遠慮に悠理の髪をかき回す大きな手は、いつになく所在無げだ。

ウサギのファーをいじったり、ゆっくり撫でてみたり。

 

「・・・・・なんで、いんの?」

悠理は清四郎へもう一度問いかけた。

 

――――会いたかった。

だけど、会えても苦しいなんて、知らなかった。

 

「いえ、それで・・・・今年は久々に病院へ顔を出そうと思って、悠理も誘いに来たのですが。」

「え?」

悠理が顔を上げると、清四郎はなぜか苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「やっぱり、クリスマスには悠理と一緒の方が楽しいだろうと思いましてね。悠理も皆と一緒がいいと言ってましたし。」

言葉の内容と裏腹に、清四郎は少しも楽しそうではない。

「えっ、いまから皆で病院行くの?」

意外な言葉に、悠理が問いかけると、清四郎の眉がますます顰められた。

「・・・・いえ、それがね。悠理を誘いに門前まで来たものの、こちらでもパーティをしていたでしょう。それで、どうしようかと思っているうちに、こんな時間になってしまいました。」

「はぁ?おまえ、何時に来たの?」

「6時くらいでしたかね。」

「ええっ、3時間も何してたんだ?!」

悠理の問いに、清四郎は大きくため息をついた。

ふいと悠理から視線を外し、清四郎は沈んだ表情で窓の外を見つめる。

 

「車の中で、ずっと考えていました。」

見上げた端整な横顔は、冷たくさえ見えたけれど。

いつもは自信に満ちた理知的な黒い瞳が、何かに惑うかのように揺れていた。

「おまえは僕がいなくても、楽しい時間を過ごして笑っているだろうに・・・・どうして、僕は来てしまったのか・・・・どうして、立ち去れないのか・・・・。」

清四郎は怒っているのではなく、戸惑っているのだ。

惑いは、常よりも彼を幼く見せた。

「どうして、悠理に会いたいのか・・・・どうして、今夜じゃなければ、駄目なのか・・・・。」

ひとりごとのように呟かれた言葉は、悠理の心にゆっくりと沁みていく。

それは、たぶん悠理の心と同じ呟きだったから。

 

常は強い意志と自信を宿した双眸は、思い惑う感情を映し揺れる。

黒曜石の輝きではなく、淡い星の瞬き。

それは深い夜の色に似ていた。

雪の舞う聖夜。

特別な夜の、綺麗で切ない、色。

 

「・・・・・それで、答えは見つかったの?」

悠理は清四郎にぼんやり問いかける。

また、現実感は遠のいていた。清四郎がいつもと違う表情を見せるから。

 

――――夢、かもしれない。

 

「・・・・・客観的に考えれば、臆測の必要もないほど自明の理なんですけどね。信じたくないというか、考えたくなかったというか・・・内心葛藤の末、忸怩たる思いで・・・・まぁ、結局のところ白旗です。」

清四郎は肩を自嘲気味にすくめた。

「そういうわけで、とにかくおまえの顔を見て帰ろうかと。」

そうすると皮肉な口調と共にいつもの彼に見えて、悠理は少し安堵した。

 

――――夢、でもいい。

 

「カットウだのジクジだの、なんかよくわかんないけど・・・・。」

だから、言葉は素直に口をついて出た。

「来てくれてありがとう、清四郎。」

 

いつしか、あれほど苦しかった胸の痛みが溶けていた。

痛みの変わりに、胸に満ちる温かな感情。

 

「ほんとに、嬉しいや。あたいもおまえに会いたかったから。」

その気持ちのままに、笑みが零れた。

思いが溢れた。

 

 

清四郎は目を見開いて、悠理を見つめている。

 

「・・・・・は。」

まるで、吹きだすように。

清四郎もくしゃりと破顔して笑った。足を崩し、胡坐をかいて悠理の隣に腰を下ろす。

 

至近距離で向かい合ったふたりの視線が、絡み合った。

もう、笑みは消えていた。

先ほどとは違う胸苦しさに襲われる。

互いの中に見いだした感情に、息が止まる。

 

  

 

 

 

 

ゆっくりと舞い降りる雪は、星のように煌めいて見えた。

夜の色の瞳に、イルミネーションが映っている。

 

 

「・・・・・綺麗ですね。」

 

清四郎に促されるまま、窓の外に目を移した。

ふたり、床に座り込んで同じ窓から外を眺めた。

 

胸苦しさは去らなかったけれど、もう寒さは感じなかった。

凍えていたはずの指先まで、温かい。

隣に座った清四郎の大きな手が、悠理の手の上に重ねられたためだけでなく。

心の内側からの熱が、全身を包み込む。

 

 

「・・・やっぱり、クリスマスは一緒の方がいいや。」

「ええ、そうですね。来年も一緒に過ごしましょう。」

 

 

仲間みんなと一緒に――――とは、どちらも口に出さなかった。

聖夜は、恋人たちのものだから。 

 

 

夢心地のまま、夜は、ゆっくりと更ける。

だけど、重ねた手の温もりは現実だった。

 

 

それは、友達としての最後の夜。

少し切なくもどかしい、ふたりだけのクリスマス・イブ。

 

 

 

 

END

(2008.12.24)

 

 たむらん画伯に無理言って昔のイラストを再録させていただきました。

だって、大好きなんだもん。――――フロ 

 

 

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背景:風樹と空と様