友達になった、最初の冬。 その年、東京の初雪は大晦日の夜だった。 新しい年は、銀世界で始まった。
「すげぇお屋敷だよなぁ・・・。」 「おや、魅録は悠理の家に来るのは初めてなんですか?」 色んな意味で”すごい”剣菱邸の威容を見上げて漏らした魅録の言葉に、清四郎は片眉を上げた。 プレジデント学園ではないものの、悠理を通じて知り合い気の合う仲間となった魅録が、悠理の自宅は今回が初めてだと聞き、清四郎はなんだか嬉しそうだ。 「あたしも初めてよぉ。」 「もちろん、僕も。」 可憐と美童は、悠理とは今年初めて同じクラスになったばかりだ。幼稚舎からの付き合いの清四郎や野梨子とは違う。 「あたくしたちだって、初等部の頃クラスメイト全員招待された際に来ただけですわ。」 「まぁ、そうですね。でも魅録が初めてなのは意外だよ。」
初詣を一緒にしようと約束していたのに、元旦の朝突然悠理に予定変更を告げられ、全員剣菱家に集合することになった。 初詣のつもりだったので、女子は振袖、男子はコート姿で、初めて友人宅を訪れた。呼びつけられたとはいえ、元旦の朝に訪問することに中学生たちは少々気後れしていたのだが、剣菱邸は庶民宅ではない。門戸は広く開かれ、年始の挨拶回りの来客が行き交っている。 彼らは母屋ではなく別棟に案内された。まるでヨーロッパのホテルのような廊下を歩き、ロココ調の応接間に通される。 いずれもセレブの子息令嬢とはいえ、さすがに剣菱財閥の豪奢さは桁違いで、ソファに座ったものの少年少女は落ち着かない。 「まさか、悠理・・・・・ロココドレスで現れるんじゃないでしょうね。」 振袖姿の可憐が華麗な室内を見回す。 「うわ、想像できねぇ!」 魅録は首を竦め。 「仮装じゃあるまいし。新春なんとか大会だ、それじゃ。」 清四郎は前髪をかき上げ、辛らつな一言。 「悠理は美人なんだけどねぇ。なんたって性格がアレだもんねぇ。惜しいよなぁ。」 美童の言葉に、野梨子は冷たい一瞥をくれる。 なかなか現れない友人を待ちながら、出されたお茶をすすっていると。
「あ、もう来てたんだ!おーい、こっちこっち!!」 窓ガラスの外から、元気な声がかかった。 雪の積もった広い庭に、悠理は満面の笑顔で立っていた。もちろんロココドレスなどではなく、ゴム長に半纏姿で、手には大きなスコップを持っている。 「「「「「悠理!」」」」」 仲間たちは窓に駆け寄った。 「ちょっとこっち出て来いよ。見せたいものがあるんだ!」 悠理に誘われ、仲間たちは庭に出た。
昨夜の初雪を被った西洋庭園は、太陽の光を受けてきらきら輝いている。 「綺麗ですわねぇ・・・・。」 野梨子が感嘆して呟いたが、悠理が見せたかったのはもちろん庭ではなかった。 計算されつくした造園の調和を破り、雪をかき集めたいびつな塊が5つ並んでいる。 「あら、雪だるま?」 「今朝から作ったのかい?」 近寄って、初めて雪の上に彫られた文字に気づく。 「『あけ・・・おめ、みろく、のり・こ、か・・れん』?ま、まぁ、名前が書いてありますわ!これ、あたくしたちですの?」 5つの雪だるまは、悠理の造形能力を反映したかろうじてヒト型だとわかる程度のものだったが、それぞれ雪だるまの前の地面に『みろく』『のりこ』等平仮名で文字が入れてあった。 「すげーな、悠理!」 「なんか嬉しい!」 仲間たちの賛辞の声に、悠理は得意げに鼻をこする。 「へへへ・・・・みんなに年賀状とかメールとかもらってっけどさぁ、あたいそーゆーの書くの苦手で出せないからさぁ。」 「ああ、それで、『あけおめ』なのか・・・・けど、」 地面の文字を見つめ、清四郎の眉ねが寄った。 ぽつりと呟く。 「・・・・・もしかして、僕の雪だるまはない・・・・?」
地面に書かれた文字は、『あけおめ』に続いて、『みろく・のりこ・かれん・びどう・なかま』だった。
「そ、そんなわけないだろ!その一番端のやつがそーだよ!底意地が悪そう・・・い、いや、賢そうな顔に作ってあっだろ!あれが菊正宗だよ!」 あせり顔の悠理の指差した先、『びどう』の横に並んだ5つめの雪だるまには『なかま』と書かれてある。 「だって、おまえの名前長いんだもん!『きくまさむね』でも『せいしろう』でも!」 「『あけおめ』と『なかま』を省けば、『せいしろう』ぐらい書けるでしょーが!」 「『あけおめ』省いたら、年賀状になんないじゃん!おまえの名前、略したら『きくね』とか『せいう』とかわけわかんなくなるしさー!」 「略すな!」
「まぁまぁ、清四郎、気持ちはわかりますけれど。『なかま』をあなたの名の代りに入れた悠理の友情は感じなければ。」 「ほら、僕の名前だって『びどう』ってゆーよか『ぴとう』に見えるよ?悠理は精一杯やったと思うなぁ。」 「あたしもどっちかっていうと『かわん』になってるわ。でも悠理の気持ちが嬉しいもの。」 「そ、そうだぜ、俺は悠理から年賀状もらえるなんて思わなかったからな!」 皆、口々にフォローを入れる。
顔をしかめていた清四郎は、愁眉を解いて、ふむと頷いた。 「そういえば、僕は剣菱さんから年賀状をもらったことがありますよ。」 清四郎の言葉に、え、と全員が驚いた。 そして、一番驚いているのは悠理だった。
「えええ?!出してねーよ、菊正宗になんか!」
耳元で大声を出されたためだけではないだろう。清四郎は唇を尖らせた。
「・・・・・なんかってなんですか。小3の時にもらったよ。」
珍しい拗ねた口調の幼馴染に、野梨子はポンと手を打った。 「ああ、思い出しましたわ!授業で葉書の書き方を教わりましたわね。清四郎は班長でしたから、班のメンバーはみんな清四郎に書いたんでしたわ。」 「なーんだ、授業でかー。あは、あたい覚えてねーや。」 悠理はホッとした顔で笑った。 「僕は覚えているよ。だって、剣菱さんの葉書だけ、宛名も住所も平仮名ばかりだったからね。見本で書いた住所は漢字だったのに。」 清四郎の言葉に、皆も笑った。 「だって、いまだに平仮名じゃない!」 可憐の指差した雪の上の名前は、悠理の書いた、今年の年賀状。
清四郎は薄く積もった地面の雪を手のひらにすくった。 新年の雪。それはまだ白く汚れがない。 「じゃ、僕のもらった年賀状は貴重だったわけだ。最初で最後かも?」 清四郎は雪球を握り大きく振りかぶった。綺麗な投球ホーム。 「ぎゃっ?!」 雪玉は、悠理の顔に直撃する。油断していて虚をつかれた悠理が体勢を立て直す前に、清四郎は植え込みに積もった雪を両手に抱える。 「お礼に、きみの雪だるまを作ってあげるよ!」 清四郎はすばやく悠理に駆け寄り、頭上から両手に抱えた雪を落とした。 「・・・くぉのっ!」 しかし、今度は悠理は簡単には食らわなかった。雪を被りながら、近づいた清四郎の足を払う。そのまま、悠理は清四郎のコートの腹にタックルを掛けた。 「うわっ!」 体勢を崩した清四郎は、悠理ごと雪だるまの上に倒れこんだ。瞬時に身をよじって避けたが、雪だるまの一部が崩れる。 「ちょ、せっかく悠理の作ってくれたお年賀が壊れちゃうわよー!」 「あーあ、『なかま』・・・もとい、清四郎の雪だるまが半分崩れちゃったよ!」 仲間たちが止めようとするが、雪まみれの二人は取っ組み合ったまま押し合いへしあい。 「やめろって、ガキかおまえら!」 見かねて怒鳴った魅録に向かって、雪玉が飛んできた。 「おわっ、冷てっ!やめろって、俺は受験前なんだ!滑って落ちたらシャレにならねー!」 「魅録がうちに落ちるわけがないでしょう!」 「大人ぶるんじゃねーや!」 悠理と清四郎は雪玉をぴゅんぴゅん投げまくる。 瞬間湯沸かし器的にスイッチが入った魅録が参戦し、剣菱家の広い中庭で雪合戦が始まってしまった。
「ちょっと、あたしたち着物なのよ、やめてよーー!」 可憐と野梨子は雪の庭を逃げ惑う。 「女の子たちは、僕が守る・・・・・!」 両手を広げた美童が颯爽と二人の少女の前に駆けつけようとしたが、雪玉が当たる前に滑って転んだ。 「きゃああっ」 「うきゃっ!」 顔面から地面に激突した美童の悲鳴と、女子の高い声が、正月の晴天の空に響いた。
日頃はすかして大人ぶる彼らも、まだティーンエイジャー。 子供の顔を覗かせる。 気の合う仲間となら、いっそう。
ひとしきり、騒いで暴れた後。 結局、崩れた清四郎雪だるまの修復と、悠理の雪だるまをみんなで制作することになった。 「こんな下膨れじゃないわよ、あたし!」 「僕はもっと鼻が高いよ!」 「鼻ならにんじんでも持って来い、ちょうど真っ赤になってらー!」 雪だるまを修復しながらも、きゃいきゃい大騒ぎ。 『なかま』の文字の上から『せいしろう』と中腰で書きながら、野梨子は隣で新しい雪だるまを転がしている幼馴染にため息をついた。 「・・・・まったく・・・・・十五年の付き合いですけど、あなたにこんな子供っぽいところがあるなんて、初めて知りましたわ。」 清四郎は野梨子の呆れ声に、わずかに赤面した。気まずさに幼馴染から視線をそらせ、空を見上げる。 「・・・・・・僕だって、知りませんでしたよ。」
空は快晴。 友達になって、初めての雪の日。 並んだ雪だるまは、6つ。いびつな形だけど、個性的な面構えが揃う。
これまで知らなかった自分を見つけた日。 仲間が揃った新しい年。 わくわくする日々が、始まる―――――。
END
もいっこ明けましておめでとうございます!今年もよろしくお願い致します♪ 新年早々、わちゃわちゃで失礼いたしました。なんだか子供っぽい有閑倶楽部の面々(特に前髪ありの生徒会長君)を書きたかったんですよ。 実はこれにはちょっと元ネタがありまして。うちの子供が書いた我が家の表札です。清四郎くんなんかまだまだマシですよ。うちの娘は、うちのダンナを『その他』あつかいしましたからね!剣菱家を例にしますと。『剣菱万作・百合子・悠理・その他』とゆー表札!『豊作』の文字が難しくて面倒だから、というのが娘の弁解。でも『その他』はないだろ、その他は!(爆) |
背景:Peal Box様