Whiteday once more

     BY さる様

 

 

                             

 

 

今年の冬は、ひときわ寒かった。

例年であれば、日当たりのいい場所なら1月末には咲き始める梅が、2月になっても蕾さえつけず、沈丁花も白木蓮も、春を告げる花たちはひっそりと沈黙を守っていた。

 

 

それでも、薄紙をはぐように春の気配は濃くなって。

そして3月がやってきた。

 

 

─────ああ、咲き揃ったな。

清四郎は、背の高い白木蓮の木を見上げて微笑んだ。

 

 

小学部の門のそばにあるこの木は、清四郎が小学部にいたころからもうあった。

毎年、2月の終わり頃になると、咲くのを楽しみにしていたものだ。

中等部から高等部にあがっても、登下校の時にここを通るので、いまも春が近づくとつい開花をチェックしてしまう。

 

ついこの間まで、頑なにその身を閉じていた蕾が、白い炎のような花弁をのびのびと踊らせている。

2週間ほど前から、ひとつふたつとほころび始めていた花が、ここ3日ほどの暖かさで、一斉に咲いた。

古い大きな樹なので、白い大輪の花が満開になったさまは壮観だ。

 

─────わあ、花嫁さんみたいだな。

昨日、学校帰りにここを通ったとき、一緒にいた悠理がうれしそうに言っていた。

つないでいた手をきゅっと握って、「いつか悠理も見せて下さいね」と囁いたら、

「バ、バカ」とそっぽを向いた。

その横顔は、赤く染まっていたけれど。

 

照れくさそうなあの顔を思い出すと、心が温かくなる。

今日も一緒に帰りたかったが、悠理は母親の用があるといって、車で帰って行った。

明日は必ず一緒に帰るからな、と言いながら。

だって、明日はホワイトデーだから。

 

悠理が、バレンタインデーにくれた、手作りのトリュフチョコ。

それは、清四郎にとっては、他のどんなものよりうれしい贈り物だった。

お返しはもう用意してある。

初めから、これにしようと決めていた。

 

─────どんなふうに、渡しましょうかね。

 

もう、つきあっているのだから、どうやって渡したっていいようなものだが、今の清四郎は、そういうことを考えるのが楽しかった。

どんなふうにしたら、悠理が喜んでくれるか、驚いてくれるか。

 

もういちど、満開の白木蓮を見上げて、清四郎は思った。

 

そうだ。あの年も春は遅かった。

ちょうど今頃、この花はこうして真っ白に咲き誇っていた。

 

 

 

 

*****

 

 

 

─────ホワイトデーには、悠理ちゃんにお返しをしなくっちゃ。

 

小学部の三年生だったあの年の2月の後半、清四郎は、ずっとそのことを考えていた。

 

 

ひょんなことから、バレンタインデーに悠理がくれたパラソルチョコ。

清四郎は、毎日家に帰ると、それを取り出して眺めた。

食べるなんて、もったいなくてできなかった。

 

きっと、悠理にとっては、たいした意味などなかったのだろうけれど。

それでも、少なくとも自分は、嫌われてはいないのではないかと思うことが出来た。

もっとも、あれから、ふたり、いや野梨子も含めた3人の関係はちっとも変わらなかったが。

 

 

例年、もらったチョコは、全部そのまま母親に渡す。

そして、母親が数を数えてお返しを用意してくれる。

不公平のないよう、全員おなじものだ。

野梨子の分さえも。

どんなに高いチョコや、(たぶん母親のだろうが)手のかかったチョコをもらっても。

いい子は、ひとを差別してはいけない。

 

でも、悠理からもらったパラソルチョコだけは、こっそりしまいこんだ。

お返しも、自分で用意するつもりだった。

本当にうれしかったから、何とかお返しを渡したかった。

そして、もう少し仲良くなりたかった。

 

─────何にしよう。                            

清四郎の小遣いなら、かなり値の張るものでも買えるけれど、あんまり高いものや気張ったものはだめだろう。悠理が戸惑ってしまう。

何か、さりげないもので、悠理が喜んでくれるもの。

 

さんざん頭を悩ませて、清四郎は、ようやくお返しを何にするか決めた。

 

 

 

そうして、ホワイトデーがやって来た。

 

 

朝、まず顔を合わせた野梨子に、ラッピングした小さな包みを手渡す。

中身は、小さな四角い缶に入った、色とりどりのドロップ。

手に持った紙袋の中から、ひとつ取り出して渡すと、野梨子が少し不満げな顔をした。

「今年もみんな、一緒のものなの?」

「ああ、ごめんね、僕なにがいいか分からないから、母さんに買ってもらっているから」

 

最初の頃、母親から、

「野梨子ちゃんもいっしょのでいいの?」と聞かれたことがある。

確かに、野梨子は自分にとって特別な存在ではあるが、幼いなりに「特別」の意味が違う気がして、同じものにしてもらった。

以来ずっとこうだ。

野梨子もそれ以上は言わない。

 

さて、学園に着くと、清四郎は忙しい。

当然、もらった子は全部覚えているし、下駄箱などに入っていた分で名前が書いてあったものも頭に入っているから、下駄箱のところで、来た子に配る。

「ありがとう。これチョコのお返しだよ」

そのとき、手に持った紙袋の中をわざわざ見えるようにして、包みを取り出すようにする。みんな、同じ。誰も特別扱いはしていないことを見せるため。

 

 

やがて、校門から黒塗りの車が入ってくる。

清四郎の手が止まった。

 

悠理には、みんなと一緒のものは渡したくない。

みんなの前で渡したくもない。

悠理からパラソルチョコをもらったことは、清四郎にとってはそっと大切にしておきたい二人だけの秘密なのだ。

お返しも、悠理だけにそっと渡したかった。

 

 

それに、悠理に渡したら、みんなが変に思うだろう。

─────悠理さまは菊正宗君にチョコを差し上げたのかしら。

とか。

でも、こうしてみんなに配っているところを悠理が見たらどう思うか。

昨夜も散々それを考えた。

 

結局、みんなに配るときは、悠理に見られても仕方ない、ということにした。

その代わり、できるだけ早く、悠理にそっと告げるもりだった。

─────放課後、あそこへ来てくれない?

 

 

お返しを配っている清四郎の横を、悠理が通りすぎる。

ちらりと視線が動いたが、すぐにそっぽを向いてしまった。

ちくり、と胸が痛む。

 

─────ちゃんとあるんだよ。君だけは特別なんだ。

 

そう言いたかった。でも、もちろんこんなところで言うわけにはいかない。

教室に向かう彼女に心引かれながら、清四郎は律儀にお返しを配り続けた。

 

 

 

昼休み。

小学部の生徒たちは、カラフルな包みを手にはしゃいでいた。

剣菱製菓特製のキャンディ詰め合わせ。それが、お昼に全校生徒に配られたのだ。

悠理の両親の気配りだった。

毎年、バレンタインに大量のチョコをもらって来る娘は、チョコには興味があるがくれた相手には興味がない。くれた子を覚えていないばかりか、大半を学校で消費してきてしまう。本人は、ホワイトデーにお返しをしようなどという意識はこれっぽっちもなく、お返しをしようにも、誰にすればいいか分からないのだ。

剣菱財閥の娘たるもの、もらいっぱなしはよくないと考えた両親は、太っ腹にも、全校生徒にホワイトデーのプレゼントをすることにしたというわけだ。

 

 

ほとんどの生徒は、喜んでいる。

だが、中には面白くない生徒もいないわけではない。

 

 

昼食をすませ、清四郎が教室で本を読んでいると、急に校庭の方が騒がしくなった。

何事だろうと思っていたら、窓から外を覗いていた子たちの声が聞こえた。

「・・・くんたちと、剣菱さんが─────」

聞くやいなや、清四郎は立ち上がる。

 

 

清四郎と同じクラスのその男の子たちは、小学部から入ってきたのだが、女の子や気の弱い男の子をからかったりいじめたりして、みんなから嫌われていた。

清四郎をターゲットにしようとしたこともあるが、いちど目の前で太い木の枝を手刀で折って見せてから、一切手出しはしなくなった。

彼らは、弱いものいじめを許さない悠理も目の敵にしている。

1対1では敵わないのでいつも3人がかりで、それでも悠理の方が強いという感じだ。

 

 

立ち上がった清四郎を見て、野梨子が眉をひそめる。

「いつものことだわ。清四郎ちゃんが行くことないでしょう?」

清四郎は、返事もせず昇降口から校庭に向かう。

 

 

校庭の片隅の大きな白木蓮の木。

今年はいつもより遅く、ようやく満開になったところだった。

その下で、悠理が3人の男の子たちと対峙していた。

 

「・・・なんだと、もういっぺん言ってみろ」

悠理が薄笑いを浮かべつつ鋭い目つきで相手を威嚇する。

男の子たちは、それにややひるみながらも、3人で固まって数を頼みに虚勢を張る。

「な、何べんでも言ってやるよ。この、おとこおんな!」

「そうだよ。ホワイトデーなんて、男が女にものやる日だぞ。お前、ホントは男だろ、なんでスカートなんかはいてるんだ。男のくせに」

「そ、そうだ、そうだ。おとこおんな、おとこおんな」

しかし、悠理はこんな挑発には乗らない。

フフン、と鼻で笑って言い放った。

「ばーか。お前らみたいな弱虫こそ、男じゃないぞ。いつもあたいに敵わないくせに。へん!この弱虫毛虫!」

「何だと」

「こいつ」

 

男の子たちが、悠理に飛び掛かる。

 

「やめて〜」

「いや〜、剣菱さ〜ん」

「悠理さま、頑張って」

 

口々に勝手なことを言っている野次馬の後ろから、清四郎は様子をうかがう。

頃合いを見て間に入るか、おそらく、そんなことはないだろうが、悠理が劣勢になったら加勢するつもりだった。

 

男の子たちも、こんな学校には珍しくわりと喧嘩慣れしているが、しょせん悠理の敵ではない。悠理の動きにはついていけないのだ。

じきに一人が声をあげて泣きだし、一人が頬を押さえてうずくまる。

悠理は残る一人と取っ組み合いになった。

ドンと、男の子の背が木の幹にぶつかる。

衝撃で、白い大きな花びらが二人の上にはらはらと舞い落ちた。

 

─────ああ、きれいだな。

清四郎は、いまの状況に全くふさわしくないことを考えていた。

 

最後の一人も、防戦一方となり、

─────もうすぐ終わりだな。

清四郎がそう思ったとき。

 

うずくまっていた男の子が顔をあげた。

地面から何か拾い、それを手に握ったまま、悠理の頭に振りかざす。

悠理は残る一人に集中していて気づかない。

 

「危ないっ!」

清四郎は、声を限りに叫んだ。と同時に、前へ突進しようとした。

だが、その動きは袖をぐいっと引かれて止められる。

「やめて!」

 

悠理は、「危ない」という声が聞こえたのか、背後からの襲撃に身を捩った。

肩先をかすめて拳が振り下ろされ、対象物を失ったそれは地面に打ちつけられる。

ガッと拳が地面に当って、男の子が泣き出した。

開いた拳の中からは、丸い石がぽろりと転がり出た─────。

 

清四郎を止めたのはすぐ後ろにいた野梨子だった。

「危ないわ、清四郎ちゃん」

袖を両手でしっかり掴んでいる。

 

地面に転がった石を凝視していた悠理は、こちらも動きを止めていた残りのひとりにドスの利いた声で言った。

「今日は泣きまねしたってだめだぞ。お前たちが、こんな卑怯なマネしようとしたのは、みんな見てたんだからな」

立ち上がって、全身の埃をはらうと石を軽く蹴飛ばす。

3人組はへたり込んでいた。完全に戦闘意欲を失っている。

 

もう終わり、とばかりに振り向いた悠理と清四郎の目が合った。

清四郎は、何か声をかけようと思ったが、何も言葉が出て来ない。

と、悠理の視線がスッと下がった。

清四郎の袖を握りしめる野梨子の手。

視線を戻した悠理の顔に、まぎれもない冷笑が浮かぶ。

 

─────まだ、女にかばってもらってんのか?

その顔に、そう書いてあった。

 

そうじゃない、そうじゃないのに─────。

 

「こらっ、そこでなにしてるんだっ」

その頃になって、ようやく遠くから先生の声が聞こえてきた。

「剣菱、またお前か?」

人垣をかき分けて近づいて来た体育教師が、呆れた顔をした。

悠理は、黙って肩を竦める。

清四郎が説明する前に、周りにいた女の子たちが、口々に男の子たちの非を訴え出した。

─────・・・くんたちが先に手を出したんです。

─────石で殴ろうとして・・・

 

男性教師だったのが幸いして、結局、喧嘩両成敗、お咎めなしとなった。

悠理は何も言わなかったし、3人組はこそこそと消えた。

 

午後の授業開始の予鈴が鳴る。

「ほら、みんな。早く教室に戻りなさい」

先生の声に人垣が崩れ、みなが教室に散り始めた。

 

悠理は、清四郎に一瞥もくれずに行ってしまった。

野梨子に促されて、教室にもどりながら、清四郎は絶望に打ちひしがれていた。

 

─────なんで、すぐに飛び込まなかったんだろう。

もう自分には、あの喧嘩を制するだけの力があるのに。

あの男の子たちくらい、勝てるようになってるのに。

優等生のプライド。いちばんいいタイミングでなどと思った浅はかさ。

そんなことより、大事なことがあったのに。

 

教科書を取り出そうとカバンを開けて、清四郎は唇を噛んだ。

小さな紙袋。

悠理のために、心を込めて選んだお返し。

渡すのを心待ちにしていたのに。

もう、悠理はけっしてこれを受け取ってくれないだろう。

 

誰にも気づかれないように、唇を噛みしめたまま、清四郎は思った。

─────いつか。いつか、きっと。

 

 

 

*****

 

 

 

ホワイトデーは、近頃珍しい良いお天気になった。

 

清四郎と共に小学部の校庭にやって来ていた悠理が、目を細めて木を見上げた。青い空に、白木蓮の白い花が映えていた。

 

「今日もきっれ〜だな〜」

「悠理ほどじゃありませんけどね」

「な、なななな・・・」

悠理が顔を染めて目を白黒させている。

清四郎は、ぷっと噴きだした。

からかわれたのに気づいた悠理が膨れる。

「ああ、悪い。つい可愛くて」

また赤くなった悠理が、騙されないぞというように横目で睨む。

 

「そんな顔しないで下さい。今度は本気ですから」

─────そんな顔しないでくれ、ここで抱きしめたくなるから。

 

思いが顔に出たのだろうか。悠理が顔をふいっと逸らす。

 

「で、なんでわざわざここ?」

あの大きな白木蓮の下。 

チョコのお返しを渡しますから、一緒に来て下さいと言って連れてきた。

 

カバンから、リボンで口を止めた白い紙袋を取り出して、悠理に差し出す。

「悠理。バレンタインにはチョコありがとう。これお返しです」

怪訝そうな顔で、悠理が受け取る。

「あけてもいい?」

 

中から出てきたのは、小さな棒つきポップキャンディの束。

色とりどりのそれを10本ほど薄紙でくるんでリボンで束ね、花束のようにしてある。

 

悠理の顔がほころんだ。

「かわいい」

でも、すぐ、紙袋の中をもう一度覗き込む。

これだけなのかと思っているのだろう。だけど、清四郎に悪いと思って口に出さないのだ。

 

分かっている。これは自己満足だ。

でも、この初めてのホワイトデーは、どうしてもこれにしたかった。

 

 

あのとき渡せなかったのと同じ、小さな花束。

でも、あのときと違うのは─────。

 

 

 

「悠理、それほどいてみてください」

「へ?」

 

悠理が手に持ったキャンディーの小さな花束に目をやる。

それから、首をかしげると、リボンをほどき、薄紙を開き始めた。

 

「……これ?……」

悠理が、目を丸くして、清四郎の顔を見上げる。

 

ポップキャンディーを束ねているのは、かすかに光る銀色の輪。

小さな赤い石がついている。

 

清四郎は、悠理の手からキャンディーの花束を受け取り、器用に銀色の輪を抜き去った。そして、悠理の手をとると、悠理の左手の指に銀色の輪をはめた。

 

「清四郎……」

悠理は呆然としている。

 

 

清四郎は、悠理の手を握ったまま微笑んだ。

「悠理、これはね、約束の印です」

「約束?」

悠理がきょとんとする。

 

「ええ」

 

 

──────悠理ちゃんを守ってあげられるくらい強くなろう。

そう思ったのはいくつのときだったか。

そのときから、たぶん、自分の中で、この想いはもう揺るぎないものになっていたのだ。自分でもそれと気づかないうちに。

 

それなのに、あのとき。

この木の下で。

つまらない自意識のせいで、喧嘩に飛び込めなかった。

悠理を一人で戦わせた。

そして、悠理に拒絶された。

 

だから、清四郎は幼い心に誓ったのだ。

いつか。いつか、きっと。

悠理に告げよう。

 

 

 

「どんなことがあっても、僕が悠理を守ります。これからずっと」

 

 

見る見るうちに、悠理の頬が赤く染まる。

「な、な、何言ってんだよ、こんなとこで・・・・」

焦って清四郎に握られた手を引っ込めようとした。

もちろん、清四郎は許さない。さらにその手に力をこめる。

清四郎に手をとられ、赤い顔のまま、悠理は、上目遣いで唇を尖らせた。

「だいたいさあ、あたいは、お前に守ってもらわなくたって、強いんだじょ・・・」

言いかけて、悠理の顔がぱっと輝いた。

 

 

「そうだ。じゃさ、清四郎のことは、あたいが守ってやるよ」

 

 

いいこと思いついた、といわんばかりの得意顔。

 

その顔が。

可愛くて、愛しくて。

そして、うれしくて。

清四郎は、我慢ができなくなった。

 

握った手をぐいっと引き、悠理の華奢な身体を自分の胸に引き寄せる。

 

 

と。

 

”わぁっ”

 

耳に飛び込んできたのは、小さなどよめき。

 

 

慌てて周囲を見回してみれば。

なんと、いつのまにか校庭にはかなりの数の小学部の生徒や教師が集まり、遠巻きにこちらを見物しているではないか。

ここが、どこだかすっかり忘れていた。

みんなの顔は、今まさに佳境に入らんとするラブシーンに興味津々。

教師たちは呆気にとられている。

 

 

「は、離せっ!こら、清四郎、離せったら!!」

腕の中で、悠理がじたばたと暴れだす。

 

清四郎も、一瞬呆然としたが、すぐにニヤリと笑った。

そして、ぎゅっと悠理の肩を抱き寄せると、後輩たちに向かって笑顔で手を振って見せた。

 

「きゃー」「わぁ〜」

再びどよめきが起こる。

 

「何考えてんだ〜っ!」

叫ぶ悠理の手をしっかり握ると、清四郎は、クスクス笑ってその耳元で囁いた。

 

「続きは、悠理の部屋でしましょうか」

「馬鹿っ!早く逃げるぞ!」

 

悠理に手を引っ張られ、共に走りだしながら。

清四郎はこみ上げてくる歓びをかみ締めていた。

 

 

長い年月、触れることも許されなかったこの小さな手。

想いを胸に秘め、友人としてすごした日々を経て。

ようやく、この手を、自分だけのものにすることができた。

 

─────もう、離さない。

 

 

 

しっかり手をつないで遠ざかっていく二人を、満開の白木蓮が見送っていた。

 

 

 

end.

 

  

 

 

 

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