ホワイトデーにカシミヤを

    BY にゃんこビール様

 

梅の花がほころぶ頃、街はホワイトデー商戦一色になった。

バレンタインチョコのお返しがクッキーやキャンディで済まされるはずもなく、あちこちのお店で女性への高価なプレゼントが売られている。

 

「はぁ〜」

有閑倶楽部の部室には桜餅と玉露の香り、そして魅録のため息が漂っていた。

「なんなのよ、さっきからため息ばっかり」

可憐はファッション誌から顔を上げて魅録を睨んだ。

「どうすんだよ、ホワイトデー」

いつもより幾分低い声で魅録は可憐を睨み返した。

バレンタインの時、可憐に『女の子の気持ちを受け取らないのは男のクズ』と言われ、

仕方なく受け取ったバレンタインの贈り物。

美童や悠理には敵わないにしろ、かなりの数が魅録や清四郎のもとにも届けられた。

その愛に応えるわけではないが、なにかお返しをしないのも男のクズであろう。

しかし女性に贈り物などしたことがない魅録にしてみたら苦悩以外何ものでもない。

「気持ちよ、気持ち!ねーねー美童はどうするの?」

きゃははは!と可憐は笑いながら美童に話を振った。

「ぼく?ぼくはみんなにバラを一輪ずつ贈ろうかと思ってるんだ」

背中にバラの花を従えた気分の美童は優雅に答えた。

「じゃ俺も便乗する!よろしくな、美童」

魅録は助かったとばかりニッと美童に手を挙げた。

「魅録がバラの花ですの?何だか似合いませんわ」

それまで静かに桜餅を頂いていた野梨子が顔を上げた。

バラが似合わないことは魅録本人が一番よく知っている。とはいえ藁にも縋る気持ちなのだ。

「清四郎〜、お前はどうすんだよ〜」

魅録は違った意味でバラが似合いそうな清四郎に助けを求めた。

「僕は本命一本ですから」

経済新聞をたたみながら清四郎はきっぱりと答えた。

そう、清四郎はきっかけは何であれ、バレンタインに悠理との幼い恋が芽生えたばかり。

とはいえ、清四郎には手強い宿敵がいる。

悠理が清四郎のために(と清四郎が思い込んでいる)寒ブリを掠め取った悠理の愛猫・多満自慢。

214日は止めに入った悠理に免じて勘弁してやったが、清四郎の気が収まらなかった。

よってこのホワイトデーでタマに目に物見せてやると固く決心したのだ。

タマは悠理が飼っているとはいえ、所詮は猫、たかが猫。プレゼントを考えたとしてネズミか小鳥を捕まえてくるのが関の山だ。

男・菊正宗清四郎、ホワイトデーでタマにきっつりぱっつり立場をわからせてやるのだ。

「ふっふっふっふっ…」

不吉な笑いを浮かべる清四郎をへきえきとした表情で見つめる一同。

「何だか薄気味悪いですわ…」

「悠理とうまくいってんだろ?」

「タマと張り合ってるらしいわよ…タマはまったく相手にしてないらしいけど」

野梨子、美童、可憐がそこそこと話をしていると廊下から派手なくしゃみが聞こえてきた。

「きた。悠理だ」

魅録が呟くと同時に悠理、遅れての登場である。

「だーーーっ!はなびずがどまんないどぉ(あーーーっ!鼻水が止まんないよぅ)」

ずーーーっと鼻をすすって悠理はドッカリと清四郎の隣に座った。

「悠理、風邪ですの?」

野梨子は悠理の前に桜餅をたんと乗せたお皿を出した。

「それ絶対、花粉症だぜ。」

そういいながら魅録はティッシュの箱を悠理の前に置いた。

「はっくしゅ!ぶぇ〜ばじでぇ〜(げー、マジでー)?」

そういえば目の周りも赤く、ぐしゅぐしゅだ。

「昨日までは何ともなかったのに?」

清四郎はティッシュで悠理の鼻を押さえた。

「あざがらぎゅーにこんなんだっちゃっでー…(朝から急にこんなんなっちゃって)」

ずびーーーっと派手な音を立てて悠理は鼻をかんだ。

「悠理なんて野生児そのものだから花粉症なんかにならないと思ってたよ」

鼻をかんで少し落ち着いた悠理を美童は見つめた。

「父ちゃんとかは平気なんだけどさ〜 タマとあたいだけ… はっくしゅ!」

だめらぁ〜とティッシュに手を伸ばした悠理の横で清四郎は「タマ」というキーワードに眉を

ピクッと動かした。

「あら、猫も花粉症になるのね。かわいそうに…」

緑茶は花粉症にいいのよ、と可憐は悠理にお茶を入れてあげた。

清四郎はおもむろに立ち上がると窓際に歩いていき、勢いよく窓を開け放った。

タマが悠理と同じ花粉症になるなんて不届き千万!

清四郎は思いっきり外の空気を吸い込んだ。

「ふぇ〜くしっ!ふぇ〜くしっ!ふぇ〜くしっ!」

くしゃみを連発する悠理をよそに清四郎は窓から乗り出して外の空気を吸い込む。

「清四郎、なにやってんだよ〜」

美童に止められても清四郎は窓から顔を出して深呼吸をしている。

その間も悠理のくしゃみは止まらない。

タマが悠理と同時に花粉症になるなんて、いにしえからの縁を感じてならない。

しかし早春の風は清々しくそよぎ、清四郎にはただ心地よく感じられる。

残念ながら清四郎に花粉症の症状はでない。

「清四郎!窓を閉めて下さいな。悠理が可哀想ですわ」

野梨子に窘められて清四郎は顔を引っ込めて静かに窓を閉めた。

「…すいません」

清四郎はトボトボと悠理の隣に座った。

「だにやっでんだぼ!ぼろずびかっ…(何やってんだよ!殺す気か)」

悠理はくちゃくちゃな目で清四郎を睨んで勢いよく鼻をかんだ。

「うちの親父も花粉症でさ。あの親父でさえ、この時期は外に出ないようにしてるぜ」

大丈夫かよ、と唯一花粉症の家族を持っている魅録が悠理に同情した。

「あの時宗さんが?そりゃ相当だね」

ぷるぷると美童は顔を振った。

「びぇー、そどにでぢゃいげないぼー(外に出ちゃいけないのー)?」

訴えるような目を擦りながら悠理は清四郎を見上げた。

「そのようですね。かたじけないが僕にはアレルギー反応がでないらしく、悠理の辛さを

 わかってやれません…」

清四郎はガックリと力を落として椅子に座った。

「清四郎が落ち込むことありませんでしょ」

野梨子は半ば呆れながら清四郎を見つめた。

「でーいづになっだらかぶんじょうっておばる(ねーいつになったら花粉症って終わる)?」

悠理は落ち込む清四郎の袖をくいくいっと引っ張った。

「そうですね…スギ花粉だと例年5月上旬まで飛ぶと言われてますが」

清四郎の言葉に悠理は頭を抱えた。

「ぶえ〜 やらー!あぞびにいげない(うえ〜やだー!遊びに行けない)」

と叫ぶと悠理はくしゃみを3つ連発した。

「あーあー、もう大丈夫?」

可憐もティッシュで悠理の鼻をふいてやった。

「頭が重いよ〜 清四郎ぅ…何とかしてぇ〜」

(花粉症で)潤んだ瞳で悠理は清四郎に懇願した。

こんなに愛らしい悠理に頼まれてじっとしていては男が廃る。

「わかりました!僕が杉の木を全て伐採します!」

清四郎はドン!と胸を叩いた。

「アホか…日本を砂漠にするつもりかよ」

頬杖をついた魅録は目を細めた。

「ううう… わかりました!待ってて下さい、新薬を開発します!」

清四郎はぐっとこぶしを振り上げた。

「なーに、気の長い話してんのよ」

可憐はお茶を飲みながらひとつため息をついた。

「そんなことよりアレルギー専門の医者でも紹介してあげたら?」

肩をすくめながら美童は清四郎を促した。

ずびーーーっと鼻をかんで悠理は清四郎を見つめた。

「うん、頼むよ。こんなんじゃ遊びにもいけないもん」

確かにこんな状態では楽しくデートもできない。

「任せて下さい!アレルギー科の凄腕に診てもらいましょう!」

清四郎は大きく頷いた。

「あんがと」

悠理は鼻水をツーーーッと垂らしながらにっこりと微笑んだ。

「きゃ〜悠理!鼻が出てますわ!」

すっと野梨子が退き、可憐がとっさにティッシュで悠理の鼻を押さえた。

「ぼぉやら!はだのじだにぷくろでもつげようがな(もう、やだ!鼻の下に袋でも付けようかな)」

びーーーーっと悠理はもうひとつ鼻をかんだ。

「何言ってんだかわかんねぇな。こっちはホワイトデーで悩んでるっつーのによ!」

どうすんだよ!と魅録は可憐を小突いた。

わかったわよ、考えるわよ!と騒ぐふたりをよそに清四郎は悠理の方を振り向いた。

「そうでした!悠理、ホワイトデーのお返しは何がいいですか?」

鼻水が垂れないように上を向いている悠理に清四郎は嬉々として聞いた。

「んあ〜?」

悠理にしてみたらこの花粉症をどう乗り切るかが問題だ。

「あだいがいぱぼしいぼの(あたいが今欲しいもの)」

はっくょん、とくしゃみを一発。

「欲しいもの…?」

裕福な家に生まれ、欲しいものは何でも手に入る悠理が欲しいもの。

清四郎は腕組みして考えた。

「おばえ…わかんらいの(お前、わかんないの)?」

びーーーーっと悠理は鼻をかんで清四郎を睨みつけた。

「ヒント、カ・シ・ミ・ヤ」

鼻声でもはっきりと聞こえた悠理の言葉。

「カ、カシミヤ?」

思いも寄らない単語に清四郎は聞き返した。

「ヒントあげだんだから、あどはがんがえでぼっ(ヒントあげたんだから後は考えてよ)」

悠理はぷいっと顔を反らした反動でくしゃみを3連発した。

カシミヤ?セーター?マフラー?コート?いや、毛布かもしれない。

清四郎は顎に手を当てて悶々と考えた。

「わかった!悠理、今すぐ欲しいんでしょ!」

魅録の攻撃から逃げるように可憐が手を叩いて加わった。

「ぞ〜!さずががれん、もずべきぼのはがれんだぁ(そー!さすが可憐、持つべきものは可憐だ)」

ずーーーっと鼻をすすって悠理は可憐の手を握った。

「あ!俺もわかったぞ。ありゃ確かにいいよな」

悠理、可憐の輪に魅録も加わった。

「えー?なーにー?カシミアって。清四郎もわからないの?」

呑気に清四郎に聞く美童。とはいえ『わからないチーム』にされた清四郎は憮然とした。

「わかりますよ!悠理が今すぐ欲しいカシミアでしょ!僕がわからないわけないじゃないですか!」

そう宣言した清四郎はすくっと立ち上がった。

「だったら今すぐ買ってきて差し上げたらいかが?」

にっこりと野梨子は微笑み、清四郎はそのまま座るに座れなくなってしまった。

「清四郎ぉ〜ん、お願ぁ〜い」

(花粉症で)潤んだ瞳で見つめられ、(花粉症で)鼻にかかった声で悠理は清四郎に頼んだ。

「い、今すぐ、です…か?」

中腰のままの清四郎は悠理に問う。

「うんっ!」

真っ赤な鼻が痛々しい悠理は元気よく頷いた。

清四郎はぴんっと背筋を伸ばして決心した。

「わかりました。悠理が欲しいカシミアを今すぐプレゼントします!!」

清四郎はコートと鞄を掴み、待っていて下さいと言葉を残して部室を出て行った。

残された5人は「いってらっしゃ〜い」と清四郎を見送った。

 

「清四郎、わかってるかな〜、カシミアティッシュだって」

 

そう悠理は呟くと、ぶぅぁくしょーいと豪快なくしゃみをした。

「あ、やっぱカシミヤティッシュのことなの?」

美童はほら、とティッシュの箱を悠理に渡した。

「でもあの調子じゃわかってないと思いますわ」

野梨子はそういいながら悠理に新しいお茶を入れてあげた。

「が〜 ぼうはだのじだがいだい(も〜鼻の下が痛い)」

悠理はまたもや天を仰いだ。

「いくら何でもこんな状態の悠理を見たらわかるよ〜。」

ずびーーーーっと鼻をかむ悠理を美童は気の毒そうに見た。

「いいよなぁ…清四郎はお返しカシミヤティッシュで。俺もそうしようかな」

頬杖をついた魅録はまたひとつため息をついた。

「どこの世界にホワイトデーにカシミヤティッシュもらって喜ぶ女がいるのよ!」

真剣に考えなさいよ、と可憐はテーブルをパシッと叩いた。

「いますわよ、ここに…」

野梨子の指さしたところにはくしゃみと鼻水と目かゆと戦っている悠理。

「むあ〜 清四郎ちゃぁん〜 早くぅぅぅ〜」

 

その頃、清四郎は“花粉症の方にお薦め!肌ざわりの柔らかいカシミヤティッシュ”と

掲げてある薬局の前をフルスピードで駆けていった。

悠理の祈りは春の空に虚しく響くばかり。

 

 

 

 

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素材:フリー素材桔梗屋