おまけ
ゆさゆさゆさ。
肩を揺らされ、清四郎は深い眠りから浮上した。
「おーい、起きろー。朝だじょー。」
朝?そのひと言に、意識は一気に覚醒した。
文字通りに跳ね起きると、頭の芯が鈍く痛んだ。こめかみを押さえながら顔を上げる。目の前には、薄暗がりに浮かんだ可愛い恋人の顔があった。
「大丈夫か?二日酔いになってない?」
訊ねられ、記憶が逆回転をはじめる。確か―― 夕食の際、隣のテーブルにいた韓国人留学生と意気投合し、庭の芝生で円陣を組んで痛飲していたのは覚えている。その前は、咽喉越しの良いオリオンビールを彼女と二人でがぶ飲みしていた。
「ああ、僕は―― 昨夜、どうしたんでしたっけ?」
その言葉に、彼女はすっかり呆れたようだ。
「覚えてないのかよ?お前、すんげえ飲んでたくせ、自分でベッドまで戻ったんだぞ。」
そう言われれば、何となくそんな気がする。
記憶が確かならば、清四郎は韓国からITを勉強するために来日した若者たちと意気投合した。今時の日本の若者と違って、彼らの勉強に対する姿勢は真摯で、清四郎のような人種には快かった。だからではないが、彼らに勧められるまま、「爆弾」とやらを何杯も飲んだはず。「爆弾」を説明するならば、韓国の焼酎ジンロをビールで割った、とんでもない飲み物だ。口当たりに騙され、最後は足を取られる。分かっていたのに飲んだのは、彼らだけではなく、彼女にまで煽られたせいか。
少々残ってはいるものの、二日酔いになっていないだけ、マシである。
「今日も早起きしちゃったなあ。どうする?また海に行く?」
瞬間、アルコールで停滞気味だった思考が、怒涛のごとく流れ出した。
「朝ですって?」
オリンピック選手も顔負けのスタートダッシュでベッドを離れ、窓のカーテンを開く。硝子の向こうには、青々と繁る芭蕉と、青い海がはっきり見え、清四郎は腰が抜けそうになった。
蕩けそうに甘い一夜。
朝焼けの中、裸のままシーツに包まって味わうコーヒー。
そのイメージが、頭の中でガラガラと崩れていった。
カーテンを掴んだまま蹲った清四郎を見て、彼女が怪訝そうな声をかけてきた。が、こちらには答える余裕も残っていなかった。
「ねーねー、海行こうよぉ。今日一日しかないんだから、じっとしてるのもったいないよぉ。」
早朝にも関わらず、彼女が元気なのは、睡眠時間が足りている証拠だ。一昨夜の清四郎のように、昨夜は彼女もひとり残されたせいで、早寝するしかなかったのだろう。ならば、ちょっとくらい無理をさせたって、大丈夫なはず。
薄明の中に佇む彼女を振り返ってみて、清四郎はある覚悟を決めた。
朝日が差し込まぬよう、カーテンをぴっちり閉める。
それから、きょとんとしている彼女を寝技に持ち込み、ベッドの上に拘束した。
「な、なに?」
戸惑いを隠せぬ彼女に、キスの雨を降らす。
「いいですか?今はまだ夜です。決して朝ではありません。」
「もう明るいじゃん!」
「いいえ!夜です!」
蕩けそうに甘い一夜のあとで、寄り添いながら朝焼けのコーヒーを楽しむ。
清四郎の中では、旅行を計画した時点で決まっていた予定である。そのためにわざわざキャンプ用コーヒーメーカーを持ってきたのだ。
覆い被さると、彼女は激しくもがいた。
「変態っ!朝っぱらから何を考えているんだよっ!?」
「まだ夜です!!」
流石に無理があるが、それでも押し通す。何が何でも、当初の予定を敢行するのだ。
「今さらですが、僕の座右の銘を教えて差し上げましょう。」
自由を封じているので、彼女は腕一本も動かせない。それでも、がるる、と凶暴な唸り声を上げているのだから、大したものだ。
「『初志貫徹』ですよ。」
「何なんだよ、それ!?」
たとえ夜の定義をぶち壊そうと。
海が西側に開けていて、地球が逆回転しない限り朝焼けの海は見れないとしても。
清四郎は完璧主義者であり、絶対に譲れないものがある。
「ぎゃああっ!変態っ!どこ触っているんだよ!?」
「まだ夜です!夜だと信じれば、平気でしょう!」
恋人たちの夜がいつまで続いたかは、本人以外は知る由もない。
ここで質問。
二人の夜がいつまで続いたか――
1・がきっ。一秒で必殺パンチを喰らう。
2・青春カップルらしく、ほどよきところまでvv
3・フロントからチェックアウトを告げる電話があるまで。
あとはご想像にお任せいたしますので、悪しからず。
こんどこそ完
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