眠っている彼女を見て、胸に刺すような痛みを覚えた。 今なら、素直に言葉にできるのに・・・ 「悪かった、ごめん」 眠っている彼を見て、泣きたいような気持ちになった。 今なら、こんなに素直に言えるのに・・・ 「わがまま言って、ごめん」 「明日から、ニューヨーク へ行ってきます」 夕食の席で清四郎が悠理にそう告げたのが、3日前。 彼がパリ出張から剣菱邸に戻って、わずか2日しか経っていなかった。 いつものように、夕食に勢い良く刺していた悠理のフォークを持つ手が止まる。 が、それは一瞬で清四郎は何も気づくことなく食事を続けた。 日頃から留守がちな清四郎は、一週間ぶりの悠理との食事だ。 「ほら、悠理の好きな蟹クリームコロッケ」 フォークにコロッケを突き刺し、悠理の口元に運ぶ。 「うん、サンキュー」 悠理も、極上の笑みでそれを口にする。 相変わらず豪快な食べっぷりの悠理の姿に、清四郎は浮き立つ心を隠しもせず満足気に微笑んでいた。 悠理の笑顔以外、何も印象には残っていない。 二人のかけがえのない時間だったから。 そんな時間を悠理も大切にしているのだと知っていたら、もう少し違う結果が待っていたのだろうか? 長期出張に出る前、清四郎はいつもより長く彼女に愛撫をする。 「痛っ・・・」 そして、4〜5日は消えないであろう痕を残すのだ。 何箇所も。 「おまえなぁ!」 「浮気するんじゃありませんよ」 いつもの意地悪な笑みを浮かべて、耳元で囁いた。 言いながら、髪を撫でたり背中を撫でたり耳をあま噛みしたりしている。 「・・・・・・・」 声は甘くて、撫でてくれる大きな手は優しくて暖かい。 けれど、悠理は、おもいっきり眉をしかめていた。 「おまえは好き勝手にやってるくせに、あたいにだけそんなこと言うのかよ」 そう言われて、はじめて清四郎は手を止め、眉をひそめた。 「何言ってんですか、僕は浮気なんかしません」 「そんなの、わかんないじゃん。海の向こうじゃ母ちゃんにもバレないかも、だろ?」 「・・・・そうですねぇ」 真面目な顔をして悩み始めた清四郎に、悠理の頬は膨らんでいった。 頬が限界と思われるところまで膨れたところで、清四郎はクククっと笑い出した。 「やきもち、ですか?」 余裕のその言葉に、悠理はぶんと顔を清四郎の反対側へと背けた。 「んな訳あるかっ!」 だが、背けたはずの顔も、すぐに大きな手で両頬を包み込まれ向き戻される。 「僕は、浮気しません。だから悠理も他の男のところになんか行くんじゃありませんよ」 言い含めるように告げると、深く深く口づけた。 お互いに、嫉妬だなんて思っていない。 わかっているのは、「誰にも渡さない」「一緒にいたい」気持ちだけ。 それが、「愛」だとも気づかない。 明日から、悠理はまた一人。 だから、こんな日はこれ以上何も言わなかった。 肌のぬくもりさえあれば。 清四郎がニューヨークへ発って3日、悠理はあることを考えていた。 いつも帰ってこない清四郎を待つばかりでは、性にあわない。 ならば、不意打ちを狙いこちらから行くまでだ。 言えば、「何、わがまま言ってんですか。仕事です」と叱られるに決まっている。 悠理は、内緒でニューヨークのジムに連絡をした。 ジムは、ニューヨーク剣菱邸の執事だ。 五代と同じ頃から剣菱に仕えていて、悠理は子供の頃から世話になっている。 「清四郎の奴をちょっと驚かせたいんだ。内緒で会いに来るっていいだろ〜」 悠理の華やいだ声に、ジムは電話の向こうで相好を崩していた。 「お嬢様は、結婚して幸せでいらっしゃる」と。 ニューヨークの剣菱邸は、エンパイヤーステートビルも視界に入る高級アパートメントのペントハウスにあった。 清四郎は、滞在中ここを拠点にしている。 朝、いつものようにアメリカンブレックファーストをすませると、ジムに「行ってきます」とにこやかに挨拶し出かけていった。 この後に起こる一連の出来事など、まったく予期せずに。 悠理は、飛行機のファーストクラスに乗って機内食に舌鼓をうっていた。 もちろん、それだけでは足りないので、五代にお弁当を作ってもらっている。 両親と海外に出かける時はプライベートジェットに乗っていたが、悠理専用のものはまだない。 万作、百合子も「一人前にならなければ、ジェットはあたえない」とそこまで悠理に甘くはなかった。 ちなみに、清四郎は仕事用にと与えられている。 これは、プライベートというよりは、会議にも使用できる社用といった方が正しい。 ボディーデザインも『KENBISHI』とブラックで流れるように書かれた文字のみだった。 今、清四郎はこのジェットに乗り数人の外国人と会議中だ。 悠理は座席の横に大切そうに“ある物”を置いていた。 今回の渡米で、清四郎に内緒で用意した物。 『防水ポータブルカラオケCDプレーヤー』 ペントハウスのお風呂は最高だ。輝くばかりの夜景を見ながら過ごせる極上のリラックスタイム。 少々の凶器があっても気を紛らすことができる。 悠理は、ここでなら清四郎の音痴治療をしてもいいと思っていた。 「あいつにも、久しぶりに思いっきり歌わせてやろっと」 朝は、セントラルパークを少し走って、その後“組み手” 帰りにカフェに寄って、特大サイズのベーグルサンドで朝食。 「清四郎の奴、その後仕事に行けばいいじゃん♪」 楽しい時間が待っている、と信じて疑ってなかった。 JFK空港に到着すると、ジムがロビーで待っていた。 悠理は、彼の胸に飛び込む。 「お嬢様、いらっしゃいませ」 ジムは、抱きしめながらますます綺麗になった悠理に目を潤ませた。 白いパンツスーツの中に真っ赤なノースリーブシャツ。サングラスをかけた悠理は、大人の女性に見えた。 「久しぶりだな、ジム」 サングラスから覗く笑顔は、子供の頃からちっとも変わってなかったが。 「さぁ」と背中を押しながら、リムジンまで案内するジムの顔色は心なしか暗い。 悠理は、がさつに見えて、人の心には敏感な優しいところがある。 「ジム、気分悪いの?」 歩きながら、そう聞いてきた。 ジムは困ったような顔をして、微笑んだ。 一昨日・・・ ジムは、清四郎を送り出すと、いつものようにメイドにてきぱきと指示をあたえていた。 「忙しいので、今日はオフィスに泊まるかもしれません」 朝食時清四郎にそう言われた為、彼が帰ってからくつろげるよう、念入りに準備しておこう、と思ったのだ。 悠理から電話を受けたのは、そんな日の夜だった。 彼女はすでに空港にいて、これから搭乗するのだと言う。 彼女の突然の行動には慣れている。 驚きながらも二人のために、バラの花とおいしいシャンパンを用意しようと思っていた。 翌朝・・・ 今度は、清四郎からの電話だった。 清四郎も空港にいるようで、電話の声はこちらの声が聞きづらいのか少し大きい。 「ジム、これからロンドンに向かう。悪いが、僕の荷物を向こうへ送ってくれないか」 「清四郎様、これから悠理様が・・・・」 ジムは、悠理から“内緒に”と言われていたが、思わずそう告げた。 だが、その声はジェットのエンジン音にかき消される。 清四郎は、何も知らず、飛び立ってしまった。 会議中、秘書に手渡されたジムからのメッセージに、こめかみを押さえる清四郎の姿があった。 悠理は、一人夜景を見ながらペントハウスのお風呂に入ると、持ってきたCDプレーヤーのスイッチを入れた。 ロック歌手である、“ブラック・ルシアン”の数少ないバラードが流れる。 流れる曲が切ないのか、悠理の心が切ないのか。 待つばかりの生活、追いかけてもつかまらない生活。 頬をつたう涙の訳を、悠理は知らなかった。 数日ぶりに清四郎が剣菱邸に戻ると、晴れやかな悠理の顔。 毎日かける電話では、相変わらずの憎まれ口だったから、この顔には少々不気味な感じがする。 そういえば、ニューヨークで行き違いになったことは、まだきちんと謝っていない。 怒鳴られるかと思ってかけた電話に、「ふん」と返されただけだったので、拍子抜けしていたのだ。 「仕事で忙しいんですからね。次からは必ず連絡を入れるんですよ」 そう言って、終わりだった。 いつものように、二人で夕食、二人でお風呂に入った後、リビングでミネラルウォーターを飲んでいると悠理が1枚の紙切れを持ってやってきた。 『離婚届』 見慣れない、緑の用紙。(この時は、まだ) 「おまえ、ずっと家にいないし、結婚してても意味ないじゃん?」 「この間のこと、まだ怒っているんですか?」 一応問うて見るが、ニコニコ笑っているため、とても怒っているようには見えない。 「お互い“愛”のある生活じゃなかったし、別れてもな〜んにも問題ないよな」 悠理の真意は、清四郎にはわからない。 「確かに、最初から“愛”はありませんでしたな」 返されたその言葉に悠理はむっとし、一瞬眉をつりあげる。 「だろ?」 「どーしても別れたいんですか?」 「うん」 即答する悠理に、清四郎は一瞬眉をよせたが、すぐにいつもの意地悪な笑みを漏らした。 ペンを持ってくると、スラスラとサインをする。 「悠理が、明日これを出しておいて下さいね。」 悠理は、自分で言い出しながら「離婚ってこんなに簡単なのか?」と首をかしげていた。 そんな首をかしげている姿が、またおかしく、可愛くもあり。 「じゃ、そろそろ寝ますか」 と清四郎は、悠理の手を引いた。 彼女も素直に手を握るものだから、清四郎は悠理にわからないよう苦笑した。 翌日、離婚届けを提出した悠理は、一応両親に報告をした。 返ってきた反応は、「あら、そう。今日おいしいケーキいただいたんだけど、あなたも食べる?」だった。 清四郎の態度もまるきり変化がない。 昨日だって、いつもの夜と変わりなかった。 自室にもどると、左手に光る指輪を眺め、そっと外して“とある所”へそれをしまった。 今日は、一人で風呂に入ると「変わらない現実」に何だかむかむかしてべットに飛び込んだ。 いつのまにか、眠っていた。 清四郎は、仕事から帰ると寝室で丸くなって眠っている悠理に気がついた。 部屋に戻る前、百合子から『離婚届』が提出されたことは聞いた。 ベッドの端に腰かけ、顔を覗き込む。 その時、胸に刺すような痛みを覚えた。 眠る悠理の頬に、涙の痕。 「悪かった、ごめん」 頭を撫でながら、素直にそう言った。 夜中に目が覚めると、清四郎に抱きかかえられるように眠っていた。 向きを変え、そっと顔を覗き込むと、仕事の疲れがたまっているのか目の下にクマができていた。 こいつ、少しやせたかな?頬も少しやつれたように見える。 また、泣きたい気持ちになった。 「わがまま言って、ごめん」 今なら、素直に言えた。 悠理は清四郎の背中に手をまわして、広い胸に顔を埋めた。 一度目の離婚は、ちょっぴり切なく。 だって、これが何回も続くなんて思いもしなかったから。
フロ様、そして「ら・ら・ら」ファンの皆様。 1回目の『離婚理由』でっち上げ、申し訳ありません。 プレイバックpart1 風呂場編を拝読しているうちに、「愛」を実感できない悠理が切なくて切なくてたまらなくなり、離婚前後を勝手に妄想してしまいました。そして、フロ様の「読みた〜い、作者自ら」のお言葉に反応して、ホントに書いちゃった(笑) しかも皆様が「早く幸せに」と言っておられるのに、またもやプレイバック(爆) 本来「天使の微笑」とともに著作権侵害ものですので、『門外不出』にしていただく所存でございましたが、フロ様のあたたか〜いお心でお外に出ることになりました。 この作の中には、私からのあるメッセージが含まれています。 それは、ずばり「ニューヨークのお風呂」 さあ、フロ様、新たなお風呂場ですよ。ここなら、菊正宗家のお風呂と違い、あんなこと、こんなことOK♪ 復縁に利用しませんか?←つまり、書きませんか? わたくし、タイトル用意致しました。 「摩天楼(ニューヨーク)はバラ色に」ついでに、人生もバラ色にってね♪どうでしょう(笑) フロ様、このような作の公開を許可いただき、感謝致します。 |
フロです。ポアンポアン様、ありがとー!!! 番外編じゃないです。きっぱり本編ですっ! もうもう、悠理たんが切ないやらかわゆいやら、 一応シリーズの作者のはずのワタクシ自ら萌えまくり、 涙いたしました。 しかしNYお風呂デートに妄想回りまくり。 え?もちろん、カラオケっすよ、カラオケ。(笑) やっぱりこっそりお風呂部屋を新築して書いちゃおうかな〜〜♪ 「摩天楼はバラ色に」・・・ポアンポアン様の究極のフリに 簡単に回されまくってます。(爆) 作品一覧 お宝部屋TOP |