「清四郎、なんか出た」 「なんかって、何がですか」 その日の夜、バスルームから大きな声で呼ばれた清四郎は、あわてて寝室のベッドから起き上がり悠理の元へと向かった。 バスルームに入ると、不安そうな眼をした悠理が、こちらを見上げている。 「破水したみたい。ショーちゃん呼んで」 ショーちゃんとは、出産の為に剣菱邸に常駐している助産師だ。ちなみに、臨月となってから、この助産師の他看護師2名も常駐している。 この3人から、連絡を受けると菊正宗病院から、和子が医師2名を連れて剣菱邸に来る手はずになっていた。 和子が連れてくる医師は、産婦人科医1名、小児科医1名だ。 ちなみに、産婦人科医は女性。清四郎が、妊娠発覚と同時に「男の医者に悠理をみせるわけにはいかない」と妙な嫉妬心をあらわにしたことによる。 これには、和子ならず悠理、菊正宗の両親ともにあっけにとられたが、結局清四郎の頑としてゆずらない姿勢に負け和子が友人に頼んだのだ。 破水に間違いないことが確認されると、悠理は、剣菱邸に作られた『特設陣痛室兼分娩室』に移った。 さすがは、剣菱。日本一の財閥。 その部屋は、病院の分娩室と見まごう作りになっていた。 菊正宗病院から、運ばれてきた器具の数々。 ベッド兼分娩台、分娩監視装置、手術用ライト、超音波、搬送用保育器、酸素ボンベ、緊急用カート。 思いつくべき、すべての医療装置が豪華な部屋におかれている。 それでも、さすがに緊急手術ということになれば、菊正宗病院へ救急車で搬送されることになっていた。 (万作が、菊正宗病院まで地下道を作ると言ったのには豊作が反対した) 「悠理ちゃん、まだまだこれからだからね!がんばろうね」 内診にも立ち会うと言って聞かない清四郎を「ご家族に連絡して」ときっぱり追い出し、助産師は悠理に優しく声をかけた。 「うん。どれくらいで生まれるのかなあ」 分娩監視装置をつけ、衣服を整えると不安そうに、しかし、楽しそうに聞く悠理はまだまだ余裕の様子だった。 「そうねぇ、早ければ明日の朝くらいかな?」 「そんなに?」 びっくりする悠理に、「大丈夫、随分練習したんでしょう?ラマーズ法、清四郎さんと」と親指をたてて、助産師は笑った。 確かに、悠理はしつこいほど練習させられたのだ。清四郎に。 まだ、あの家にいる頃、清四郎の膝に頭を乗せ、お互いに手を握りながら、「ヒッヒッフー」と。 「清四郎さん、どうぞ」 ちょうど、そう声をかける頃、和子が医師2人と母を連れて到着した。 万作、百合子も顔を出し、遅れて魅録、野梨子夫妻、可憐もくるものだから、部屋は大賑わいだ。 一通り全員が声をかけた後、清四郎を残し全員が、客間やら、隣の控え室へと消えた。 「なあ、清四郎」 「ん?」 「あたい、本当にちゃんと生めるかな?」 時々、ヒッヒッフーと呼吸をしながら清四郎に腰をさすってもらう悠理が問う。 「大丈夫、僕が保証します。お前は大丈夫だ。僕らの子供もね。」 結婚してからも、喧嘩の絶えない二人だったが、いつになく優しい清四郎に悠理は落ち着いていくのがわかった。 そして、いつも何かあると囁いてくれる、その言葉にも安心した。 「痛って〜〜〜清四郎のばかやろー!」 深夜、剣菱邸に悠理の罵声が響き渡る。 少し前までの、あのしおらしさは一体なんだったのか。 「なんで、僕がばかやろーなんですか!もう少し辛抱して下さい。母親になるんですから」 言葉は、だんだんきつくなりながらも、背中から抱きしめるように悠理を抱き、腰やお腹をさする手は優しい。 「誰のせいで、こんな目にあってんだよ。お前が生め〜」 こちらも、言葉は悪いながら、甘えるように清四郎にもたれかかっていた。 周囲にいる医療スタッフも、和子、3人の親も苦笑するしかない。 悠理が悲鳴のような声をあげるようになった頃、「そろそろ、見てみましょうか?」と医師が声をかけた。 ベビーは、もうすぐそこだ。 いつの間にか、朝陽が登り、外は明るくなっていた。 客間で、休んでいた野梨子、可憐も隣の部屋に来ている。 誰もが、浮き立つような気持ちで待っていた。 「んんん〜!」 「悠理、がんばれ、もう少しだ!」 「清四郎ーっ」 必死になっていきむ悠理の横で、清四郎は手を握り続けていた。 力いっぱい握る悠理の手が、清四郎の手にくい込む。 二人とも汗だくになっていた。 「もう、赤ちゃんの頭見えてるよ。次で生まれるからね、合図したら、はっはっはって息するんだよ」 助産師が声をかける。 悠理は、真っ赤な顔で、うんうんと頷いた。 「はっはっはっはっ・・・・・」 「んぎゃ〜〜〜〜」 「おめでとー、がんばったね、お母さん。お父さんも、ほら、元気な男の子だよ」 「清四郎、おめでとう」 和子も、思わず涙ぐみながら、清四郎に声をかけた。 まるまるした、体格のいい赤ちゃん。3500グラムはありそうだ。 五体満足、二人に似て美男子(まだ、よくわからないけど) 悠理は、泣いていた。 清四郎も。 二人で、過ごしてきた長い年月は、とても楽しかったけれど、今味わっている幸せはその何倍の幸せだろう。 悠理の胸にやってきた天使の姿を見ながら、二人は人目もはばからず、熱いキスをかわした。 数時間後。 落ち着いた頃を見計らって、「清四郎、祝い酒でも飲もうぜ」と魅録が部屋を訪ねた。 静かな部屋。 穏やかに眠る悠理の手を握り、清四郎もまた幸せそうな寝顔で、すやすや眠っていた。 魅録は、二人の写真をこっそり撮ると、ベビーの写真とともに、海外にいる美童にメールを送った。 パソコンを操作する魅録の後ろには、野梨子と可憐が泣きはらした眼で、ニコニコ笑っていた。 剣菱夫妻、五代、豊作、菊正宗の両親、誰もがとても幸せだった。 疲れて寝むる二人、そして誕生したベビーとともに・・・・
ありがとう、ショーちゃん!・・・もとい、ほにゃらら資格所持者のポアンポアン様♪ お宝部屋TOP 作品一覧 |