Can you celebrate?

byもっぷ様









「あー、疲れた。疲れたぞ、清四郎。」
 悠理は大声出しながらベッドに座り込んだ。行儀悪くストッキングをぐいっと脱いでぽいっと捨てる。
「なんて格好してるんですか、色気のない。」
「ああ?今更そんなんが必要なのかよ?」
 白いドレスで胡坐をかいて訝しげに言う悠理に、白いタキシードの上着を脱いだ清四郎は溜息をついた。
「そりゃあね、一応今からまがりなりにも初夜を迎えるわけですから。」

 今日は二人の結婚式。
 女の影一つなくゲイ疑惑を囁かれ続けながら剣菱で実業家としての道を歩む清四郎。
 ほんのときたま剣菱の公式行事に顔を出すくらいであとは遊び暮らしている割に男の影がないままに来てしまった悠理。
 結局、他に適当な相手もいないが、周囲が色々とうるさいので結婚することとなったのだった。

「ちょっと待て!お前、あたいのことが女に見えないんじゃなかったのか?!」
「いくら胸がささやかでもちゃんと生物学的には女性でしょ。」
「胸がささやかは余計だ!」
と、悠理は拳を握り締める。
「世の中セックスレス夫婦なんかいくらでもいますよって言ったのはお前じゃないか!」
 今回の結婚に際して、清四郎が言ったから悠理も受け入れる気になったのだ。
「一般論としては言いましたよ。別に僕が悠理に指一本触れないなんて約束はしてません。」
「だ、騙したな!」
「なんですかねー、この人は。僕が触ることはもう嫌がらなくなってくれたと思っていたのに。」
「嫌がっただろ!きっちり!」
 悠理はこれ以上ないほどに赤面している。婚約期間中のことを思い出しているのだ。
「だからあんとき、婚約破棄したんじゃないか!」



 あれは大学卒業直後の頃だから、都合三度目、高校の時のを含めたら四度目の婚約期間中だった。
 やはり社交の場で、なにより結婚式で、人前でキスくらいはできないといけないと、しぶしぶ悠理も承知してキスを交わすようにはなっていた(ちなみにこの二回前の婚約破棄は悠理がどうしてもキスなどできないと言い張ったことによる)。
 そんな悠理もディープキスを自分からねだるくらいにはなっていた。清四郎のキスは彼女にとってかなり心地よいものだったのだ。
 その日も、剣菱邸内の清四郎の部屋で、「人前でキスを披露できるようになるために慣らす」との名目で二人は熱く唇を重ねていた。
「ん・・・」
と顔を赤らめて声を洩らす悠理に、清四郎もつい熱を煽られた。
 手がそろり、と上着の裾から素肌に触れた。悠理がぴくり、と震える。
 清四郎の唇は、悠理の唇から顎、首筋、と次第に下降していく。その動きにつれて悠理の体も仰け反っていく。
「や、せいしろ・・・や・・・」
 一応拒絶しているようだが、力のない抵抗はただ清四郎には煽られているようにしか感じられない。
「イヤじゃないでしょ?こんなに気持ち良さそうな顔をして・・・」
 通常ならそんな清四郎の言葉だって睦言の範疇だろう。そう。相手が悠理でなければ。
 次の瞬間、清四郎の頬がばちん、と凄まじい音を立てて熱を持った。
 彼自身、何が起きたのか理解するまで数秒を要した。
「ば、バカヤロー!イヤだっつってんだろ!?」
 悠理は半泣きの体で数歩後ろに跳び退っていた。その様はとても羞恥で逃げてしまった女性のものではなく、敵を威嚇する猫か猿の姿だ。
「ゆ、悠理?」
「このスケベ!変態!相手構わず盛ってんじゃねえよ!」
 言いたい放題である。これにはさすがに清四郎もむっとする。
「なに言ってるんですか?夫婦になるってのにこれくらいのことでなんでそこまで言われなくちゃいけないんです?」
 その彼のセリフは彼女の怒りの火に油を注ぐだけだった。
「これくらいってなんだ!気持ち悪いだけだ!」
「はいはい。折角珍しく悠理が女らしく見えたのに錯覚だったみたいですね。」
「どうせお前にとってあたいは女じゃねえんだろ!もういい!お前なんかと誰が結婚するか!」
「僕だって獣みたいな花嫁なんかごめんですよ。」

 何となく最終的に論点がずれているという気がしないでもない婚約破棄だった。
 だが、やはり他に相手はいないし、でまたも婚約をして今に至るのである。

「ま、世の中セックスレス夫婦はいくらでもいますしね。」
と彼が言ったので、あからさまに悠理の顔が輝いた。そうだ、そうこなくちゃ。
「ん。それなら結婚してもいいな。」
 にこにことする悠理を清四郎はちらりと横目で眺める。
「キスは人前でしますからね。最低結婚式では必要ですよ。」
「おう。キスは大丈夫だぞ。」
と、悠理は清四郎のネクタイを掴んだ。都合四度目(高校時代は清四郎からのプロポーズはなかったため回数にカウントしない)のプロポーズのために、いつもの仕事用よりも少しばかり高いスーツを着ている清四郎である。
 以前の婚約期間と同様に、キスを交わす二人の姿があった。
「キスのときに頬や腰に手を回しても殴らないでくださいよ。」
「それくらいは前だってしてたじゃん。」
 悠理はきょとん、と首をかしげながら清四郎の腕が腰に回るのを受け入れる。
 清四郎はそのまま何も応えず、彼女の唇を塞ぐ。いつもより長い口付けを交わしながら、この時は頬をゆっくり撫でるだけにとどめておいた。

 そうして結婚式までの間に、ゆっくりとゆっくりと清四郎は悠理に触れる範囲を広げていった。
 それは本当にほんの少しずつだったので、悠理も拒まなかったし、しまいには鎖骨の辺りに唇を付けられるのも嫌がらなくなっていた。
 いくらなんでも人前でそこまでするわけないのだからそれに慣らされる必要はないことに、彼女はうかつにも気づいていなかったようである。



「悠理。この歳で僕に一生禁欲生活を送れと言うんですか?」
「あたいはそれで問題ないぞ。」
「そうですか。じゃあ結婚式も終わったことだし、キスする義務ももうありませんよね。」
「なんでそうなるんだよ!」
 前述の通り、悠理は清四郎とのキスは気に入っている。ゆるり、とした心地よさに包まれ、とろり、とした熱が湧き上がってくるのだ。
 それをしてもらえないというのは彼女にとってかなり痛い。
「悠理。男というのは悲しいかな、キスをするとかなり煽られてしまうものなのですよ。」
 つまりキスをする以上、彼女を抱きたくなるのは男性として仕方のないことだと言うのだ。
 事実、清四郎とディープキスを交わす悠理は自覚はないようだがかなり可愛い。無垢な肌をうっすら赤く染めて、甘い吐息をふりまいている。
 その現場をたまたま目撃した友人たちは皆一様に赤らんだ顔を背けてしまうくらいだ。
「お前に言い寄る女なんかいくらでもいるだろ!」
 新婚初夜に他の女で性欲処理して来いという新妻に清四郎は頭痛を覚えた。
「百合子おばさ・・・いや、お義母さんが剣菱の婿にそれを許すと思ってるんですか?」
 さすがに悠理もこれには頷かざるを得ない。
「まあ・・・まずマシンガンが出てくるだろうな。」
 その光景を思い描いて悠理は青ざめる。
 清四郎は強い。悠理のほうがスピードで勝るとはいえ、力でもスタミナでも悠理は彼にかなわない。
 だけれど、激怒した母には誰も逆らえない。いくら清四郎でも、だ。
「や・・・やだ・・・」
「悠理?」
 青ざめたままいきなり涙ぐんだ悠理に、清四郎も眉をひそめる。
「浮気なんかしたら清四郎、殺されちゃうよう・・・母ちゃんも人殺しになっちゃうよう・・・」
 清四郎はその言葉に思わず胸が熱くなる。彼が死ぬことを悲しがっているのか、母親が殺人者になることを恐れているのかはあえて目を瞑った。
「悠理だってそうなるのはイヤでしょ?」
と、新郎は新妻をそっと抱き寄せる。彼女は彼の胸に額を押し付け、小さくこっくりと頷いた。
「じゃあ、僕が浮気なんかしなくてもいいように、あなたを抱かせてください。」

 一瞬の沈黙。

 だが、今度ばかりは新妻も頷かないわけにはいかなかった。
 その答を知るや、新郎は耳元で囁いた。
「大丈夫。僕に任せろ。なるべく痛くないようにしてやるから。」



「嘘つき・・・」
 女は男に裸の背を向けて、べそをかいていた。
 気だるい気分の中、その体を抱きしめて寝ることも許されず、清四郎は後ろから彼女の顔を覗き込む。
「何をすねてるんですか。」
「痛くしないって言ったくせに・・・痛いじゃないかあ・・・」
 真っ赤な顔でぽろぽろと涙を流しているようだ。
 とりあえず破瓜の痛みに対する抗議であって、行為そのものへの嫌悪ではないようだ。
「最初のうちはしばらく痛いもんなんですよ。悠理が協力してくれたら回数を重ねるごとに気持ちよくしてあげられるんですけどねえ。」
「そーなのか?」
 彼女は彼の顔を思わず見上げる。その顔はまるで高校生の頃、いや、初めて出会った幼稚舎の頃から変わらない、無邪気さをたたえていた。
 清四郎はにっこりと微笑んだ。
「だいたい、これしきの痛みで逃げるなんて悠理らしくありませんよ。」
 いつもだったらもっと自信満々に挑戦的な顔と声で発されるセリフである。だけれど、その時の清四郎の笑みは、悠理が初めて見るような優しさを浮かべていた。
 その顔に、悠理の頬も和らがざるを得ない。
 そうして悠理はまたも丸め込まれるのである。
「そーだな。よし、望むところだ!次はもっと気持ちよくしろよ!清四郎!」
と彼の方に向き直り、彼の抱擁に身を任せた。
「鋭意努力します。悠理も前戯は好きみたいですし?」
 あいもかわらず一言多い彼に悠理は一瞬かっとなったが、「ま、いいか」と目を瞑った。

 だって本当に気持ちよかったから、さ。



 こうして二人の最初の新婚生活は幕を開けた。
 当然のことながら、二度とその手のことが二人の別れの理由になることはなかった。
 そう。その手のことは・・・








(2004.12.13)



なんともっぷ様から、ら・ら・らの馬鹿夫婦物の新作をいただいちゃいました〜♪うひょーっ!
”ふたりきりだね 今夜からは 少し照れるよね”って、全然照れてへんやん、あんたら!
って、思わず突っ込んじゃいましたよ。
離婚だ婚約破棄だ、とかなり顰蹙なシリーズなのですが、一番私にとって妄想のネタのつきない楽しい ふたりなんで、すっごくすっごく嬉しいです!(感涙)
「主も悪よのぉ」と思わず言いたくなる清四郎氏、悠理ちゃんゲットのため、まさにあの手この手。 しかし全然ハートはゲットしてないあたり。(笑)
だから、”探して見つけて、また失って”しまうんですよね。あ、考えように よっちゃ、切ないふたり?(嘘)
もっぷ様、おみごとです!また傘の上で回っちゃうわ〜〜!

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