新説・道成寺 巻の壱





皆さま、本日は遠路遥々、ようこそお出で下さいました。
ええ、ワタクシ、ご覧の通りの野暮天でございまして、大して面白い話が出来るわけではございません。え?なのに、どうしてここにいるかって?そりゃあアナタ、このお話をご紹介するために、他なりません。
ええ、この、世にも奇妙で、とても不気味で、信じられないお話をするためでございます。
お話いたしますのは、皆さまがよくご存知の伝説ではなく、もうひとつの『道成寺』。
もちろん信じるも信じないも、自由でございます。なんて嘘八百を、と、お怒りになるお客さまもいらっしゃるかもしれませんが―― あくまでも、これは余興。単なる戯言でございますゆえ、なにとぞご勘弁を、よろしくお願いいたします。
それでは、お耳を拝借いたします。
『新説・道成寺』
どうか、最後までお聞きくださいまするよう、切に、切にお願い申し上げ奉ります。


時は、平安のはじめ。延長六年、醍醐天皇の御世のことでございます。

熊野に通ずる街道に、真砂という宿場がございました。
そこに住まいます、真砂の庄司清次には、美しい娘がひとり、おりました。
その名は―― 
清(四郎)姫。
あらあら、お客さん、はじまったばかりっていうのに、もう席を立っちゃ駄目ですよ。ここまで来たら最後まで聞くのが筋ってもんじゃないですか。
話が脱線してしまいましたねえ。失礼をいたしました。
さて、この清(四郎)姫でございますが、齢十三にしてありながら、神童の名を欲しいままにしておりまして、才色兼備、眉目秀麗、文武両道、解語之花と、ありとあらゆる美辞麗句で褒め称えられる美少女でありました。
そのぶん、少ぉしばかり自尊心が強くお育ちになられてしまいましたが、それを補って余りある知性と体力が、姫の評判をさらに高くしておりました。
話は、清次の家を、ひとりの僧侶が一夜の宿といたしたことからはじまります。
その僧は、修行のために奥州の白河から、はるばる熊野を目指し、真砂までやって参ったのでございます。
名を―― 悠理安珍と申します。
年齢は十六、目元涼しく鼻筋高く、大変に美しい若者でございました。通りすがる娘たちが恥じらいを忘れて黄色い声を上げるほど、整った顔立ちをしていたのです。
清(四郎)姫、いくら神童と褒め称えられていようが、蝶よ花よと育てられた箱入り娘で、世間というものを知りません。美貌の僧侶、悠理安珍をひと目見た瞬間、当然の如く恋に落ちてしまったのでございます。
まあ、今で言うなら、ピピッときた、とでも表現しましょうか。
ともかく清(四郎)姫、悠理安珍を運命のひとと思い込んでしまいましたから、大変でございます。何しろ自尊心は富士の御山よりも高く、巌よりも硬く自身を信じておりますから、こうと決めたら頑として意志を貫こうとするのです。
このひとは、私の夫となるひと。一方、勝手にそう思い込まれている悠理安珍は、清(四郎)姫の企みなど知る由もありません。出された御馳走を綺麗さっぱり平らげたあと、長旅の疲れのせいか、宵の内から床に入って、スヤスヤと眠っておりました。

からり。
深夜のことでございます。闇の中、微かな音を立てながら戸が開きました。
戸の陰から顔を覗かせたのは、清(四郎)姫でございます。
座敷の真ん中で、子供のように安心しきって熟睡している悠理安珍を確かめて、にやり、と微笑みます。元が整った顔をしておりますから、闇の中で笑うと、大変に不気味でございます。ましてや、その胸の内には、良からぬ企みを秘めておりますから、不気味に見えても仕方がございません。
清(四郎)姫、足音を殺して、するり、するり、と悠理安珍の枕元へと進みます。真上から愛しい男の寝顔を覗き込み、ほう、と満足げな息を吐きます。すると、息のかかった悠理安珍、僅かに覚醒いたしまして、うーんと声を上げ、寝返りを打とうとします。
その胸に、布団を捲った清(四郎)姫が、素早く潜り込みました。眠る悠理安珍の襟元から手を忍ばせ、そっと肌を撫で回します。滑らかな肌の感触に、清(四郎)姫のボルテージは一気に上昇いたします。大胆にも悠理安珍の寝巻きを肌蹴させ、肩やら腕やら、くまなく掌を滑らせておりました。
一方、悠理安珍。いくら熟睡していても、上半身を撫で回されていたら、嫌でも眼は覚めます。くすぐったさに身を捩りながら瞼を開けると、くちびるが触れそうな位置に清(四郎)姫の顔が。はじめの数秒こそ事態が飲み込めなかった悠理安珍でしたが、自分の窮地を知りますと、闇を裂くような大音量の悲鳴を上げました。
「ぎゃああああ!!なっ、なっ、何してんだ!?」
布団から逃げ出そうとする悠理安珍の腕を、清(四郎)姫、はっしと掴みます。
「何って、女が男の寝床に潜り込んですることと言ったら、ひとつしかないでしょう。」
ずるずると布団の中に引き戻され、悠理安珍、またもや悲鳴を上げます。
「こんなコトをしてたら、父上に気づかれるぞ!ひい!どこ触ってんだ!?」
胸をまさぐる手を払い除け、誰か、誰か、と助けを求めますが、屋内はしんと静まり返って、人の気配がいたしません。
「いくら大声を出しても無駄ですよ。家人は眠り薬入りの夕餉をたんと食べましたから、朝まで目覚めないでしょう。」
にやり、と微笑む清(四郎)姫。その眼には、既に情欲の炎が燃え上がっております。
「そ、そんなあ!!」
突然襲った貞操の危機に、悠理安珍はパニック状態です。しかし、清(四郎)姫、目的を果たすためなら、手段など選ばない冷徹な性格でございます。何しろ愛しい男を我が物にすべく、家族に薬を盛るくらいですから。
四つん這いで逃げようとする悠理安珍の襟首を背後から掴み、そのまま力任せに引っ張りました。もともと肌蹴させられていた寝巻きは、呆気なく肩から滑り落ち、悠理安珍は上半身裸という、あられもない姿に。しかも、引っ張られた勢いで、無防備にも仰向けの格好で布団の上に倒れてしまいました。
これは、悠理安珍にとって、絶体絶命の危機。
しかし、清(四郎)姫にとっては、千載一遇のチャンス。
ここぞとばかりに半裸の悠理安珍に圧し掛かり、動きを封じます。
他には誰もいない夜の部屋、聞こえるのは庭で鳴く虫の声だけ。そして、乱れた布団の上では、若い男女が上下に重なっております。多少あべこべな気もいたしますが、ここまで来たら、やることはひとつしかございません。
清(四郎)姫、愛しい悠理安珍の白い首にくちびるを押し当てて、はじめて味わう男の肌を堪能しております。悠理安珍といえば、首筋を這う生温かいものから逃れようと、亀のように首を伸ばしますが、人間の首が伸びるのには限界がありますので、あまり意味のない行為でございます。
悠理安珍、逃げたくても完全に組み敷かれておりますから、結局は、嫌だ嫌だと声を上げて抵抗するしか、道は残されておりません。当の本人は、それが清(四郎)姫を余計に昂ぶらせているとは、露ほども思っていませんから、悲惨な話でございます。
「やだ!やだっ!誰か助けてえっ!」
「どうしてそんなに嫌がるんですか?あなたと私は、前世から夫婦になると決められた仲。無駄な抵抗は止めて、大人しく観念してください。」
抵抗するうちに割れた膝の間には、既に清(四郎)姫の身体が入っております。寝巻きの裾も大きく開かれ、危うい部分まで露わになっております。真っ暗闇の中で、白い足が宙を蹴る様は、清(四郎)姫でなくとも、淫靡な気持ちを誘われる光景です。
「あたい、じゃない、拙僧は仏門に入った身!ニョロンは禁じられておりまする!」
「何なんですか?その、ニョロンとは?それを言うなら、女犯でしょう。蛇じゃないんですから。」
蛇は嫌いだあ!と、現状において訳の分からぬことを叫ぶ悠理安珍。混乱の度合が窺えます。しかし、馬鹿な子ほど可愛いと申しましょうか。清(四郎)姫の中で、悠理安珍への想いがいっそう深まりまして、行動がよりエスカレートしていきます。
左手を太腿の奥に滑らせて、一気に本丸への侵入を試みます。残った右手は、悠理安珍の胴にしっかりと巻きついた帯を外しにかかっています。悠理安珍は、その手を必死に押し退けます。
腕と腕とが絡み合い、足と足が縺れ合い、触れ合う肌の感触に、清(四郎)姫は更にヒートアップ。
何と姫、左手一本で、悠理安珍の下帯を引き千切りました。
「ひいいい!!」
局部を覆う布がなくなったことより、下帯を引き千切った清(四郎)姫の腕力に、悠理安珍、慄きました。その上にいる清(四郎)姫、だらりと垂れた戦利品を惜しげもなく投げ捨てまして、ふたたび男の太腿に掌を滑らせました。
「今更、女犯を怖がってどうするんです?僧侶の間では稚児遊びが当然のように行われているでしょう。男に出来て、女に出来ないなんて決まりが、そもそもおかしいんです。悠理安珍さまのように美しいお方が、生臭坊主に弄ばれているなんて、許せません!」
清(四郎)姫が言うように、昔の日本では同性愛に対して寛容でして、僧侶や武人の間では、半ば当然のように男同士の性交渉が行われておりました。特に相手として重宝されたのが、稚児―― つまり、若くて可愛い少年でございますな。
姫は、当然の如く若く凛々しい悠理安珍も、稚児として相手をさせられていたと踏んだ訳ですが、実際は違ったようでございまして。
「気持ちの悪いコト言うなっ!誰が生臭坊主に弄ばれたんだ!?禿ジジイに身体を開くくらいなら、死んだほうがまだマシだっ!」
と、全裸に近い状態まで剥かれているにも関わらず、本気で怒っております。
それを聞いた清(四郎)姫、嬉々として眼を輝かせ、悠理安珍にひしと抱きつきました。
「と、いうことは、悠理安珍さまは、初物ですね!?何と喜ばしいことでしょう!それでは、この私が有難く味見させていただきます!」
べろん。
「ぎゃああああ!!」
顎から下瞼まで、思いッ切り頬を舐め上げられ、悠理安珍は失神寸前です。
辛うじて帯は巻きついているものの、上半身、下半身ともほぼ露出し、下帯もつけておりません。着物は腰のあたりを僅かに覆っているだけという、眼も当てられないほど悲惨な姿になっております。美少年の貞操は、今まさに風前の灯でございます。
しかし。
すべてが清(四郎)姫の思惑通りに運んでいるように見えて、ひとつだけ、決定的なミスがありました。
いくら女がその気でも、男がその気にならなければ、入るものが入りません。
「さあて、それでは悠理安珍さま。夫婦の契りを結びましょうか。」
繰り返し申しますが、清(四郎)姫は十三歳。
多少頭でっかちな部分はありますが、花も恥らう乙女です。しかし、恋は女を変えるもの。
加えてこの姫、ありとあらゆる書物を読むのが趣味でして、既に男女の営みに関する知識は、完璧と断言できるほど、身に付けておりました。
自らの裾を大きく広げ、悠理安珍の太腿の上に跨ります。そして、いざ最後の砦である、男の腰を覆う着物を、はやる気持ちを押さえながら剥ぎ取り―― 
「あ?」
もしもし亀よ、亀さんよぉ〜♪
清(四郎)姫の頭の中で、間延びしたメロディが鳴り響きました。
「何なんですか?コレは?」
ナニを何扱いされ、悠理安珍は思い切り眉をへの字に歪めました。
実は悠理安珍、その美貌に似合わず、大喰らいで喧嘩っ早く、しかも手に負えない暴れん坊でございました。熊野詣に参りましたのも、本当のところは白河の寺を追い出されたからでございます。が、しかし、意外にも色恋には疎く、女性の手も握ったことがないという、大変なウブであったのです。
それが初体験から年下の女に押し倒された挙句、問答無用で裸に剥かれ、あちこち撫でられるわ舐められるわで、すっかり怯えてしまっても致し方ありません。
肝っ玉同様、ナニも縮み上がり、股の間で小さくなっておりました。
「これでは夫婦の契りが結べないではないですか!」
失礼にも清(四郎)姫、悠理安珍の股ぐらを指差して非難します。
「拙僧がいつ姫と夫婦になるって言ったんだよぉ。」
辛うじて帯で留められた寝巻きを引っ張って、縮んだ局部を隠しながら、悠理安珍、涙声で反論しました。
「前世から決まっていたことに、ガタガタ文句をつけないでください!」
男の下帯を片手で引き千切るような姫から怒られたら、もう黙るしかありません。怯えた小動物のような眼で、圧し掛かる清(四郎)姫を見上げ、歪んだくちびるを結びます。
清(四郎)姫、やおら起き上がると、さっと裾を直し、布団の横に正座しました。それにつられて悠理安珍も、涙目のまま布団の上に座ります。
「まったく、男のくせに据え膳を喰わぬとは、なんと意気地のない。」
無茶苦茶な言い草でございます。
「眠っているところをいきなり襲われたら、誰だってこうなるわい!」
悠理安珍、脱げた着物の袖で、零れそうになる涙を拭います。
「これでも一応は御仏に仕える身なんだぞ。心の準備もなしにああいうコトされても、勃つもんか!」
「では、いつ準備が整いますか?」
「へ?」
「だから、いつになったら夫婦の契りを結ぶ決心がつくのですか?」
「いつになったらって・・・」
しゅっ。清(四郎)姫、音を立てて、襟元を直します。その間も、眼は悠理安珍を見つめたまま。狙った獲物は逃がさない、猛禽類の眼差しでございます。
「確かにいきなり寝込みを襲った私も悪いです。でも、悠理安珍さまは、いつかは必ず私の夫になるべきお方。早いところ、その準備とやらを整えていただきたいのです。」
にじりにじりと、姫が布団に接近します。悠理安珍、そのぶん後ろに引きますが、乱れた着物が引っかかって、思うように退けません。
「だって、拙僧はニョロンを禁じられているんだぞぉ。そう簡単に決心できないよう。」
「ニョロンではなく女犯だと言ったでしょう。蛇が嫌いなくせに、よく間違えますね。」
悠理安珍、ない頭をフル回転させて、必死に言い訳を考えますが、その間にもじりじりと間合いは詰められていきます。とうとう、ばん!と膝のすぐ前に手を突かれ、追い詰められた悠理安珍、咄嗟にこう答えました。
「熊野!熊野詣が終わったら、決心する!」
だから許して、と叫びながら、脱げた着物で身体を隠す姿は、なんとも悩ましげで、思わず清(四郎)姫、もう一度挑みかかりたくなりましたが、すんでのところで我慢しました。
一応は、花も恥らう十三歳の乙女でございますから。
「本当ですね?本当に熊野から戻っていらっしゃったら、夫婦の契りを結ぶと?」
「結ぶ結ぶ!蝶々結びでもお結びころりんでも、何でも結ぶ!」
「それでは約束の証に、接吻をしてください。」
「へ?」
悠理安珍、最初は意味が分からずきょとんとしておりましたが、清(四郎)姫の出した交換条件を理解した途端、ぶっ飛びました。
「そそそそ、そんな!接吻なんて、したコトないよ!」
「私も経験ありません。」
男を裸に剥いておきながら、清(四郎)姫、今更ぽっと頬を赤らめております。
「お坊様でも、妻となる娘には接吻くらいできるでしょう?」
ここで断ったら、ナニをされるか分かりません。しかし、ウブな少年には、マウス・トゥ・マウスなんて、鳴門の渦潮に飛び込むよりも勇気を必要とする行為でございました。
そのとき、悠理安珍の眼に飛び込んできたのは、清(四郎)姫の右手の甲にあった、小さなほくろ。親指と手首の間の白い肌に、ぽつんとひとつ、浮いておりました。
「・・・手にチューでも、いい?」
愛しい男の申し出です。多少の不服はありましたが、それでも清(四郎)姫、こっくりと頷いて、右手を差し出しました。
悠理安珍は、その手を押し頂き、ほくろの上にそっとくちびるを押し当てました。
「きっとですよ。きっと、熊野からお戻りになられたら、私と夫婦の契りを結んでくださいませね。」
こうして―― 伝説となった、ふたりの悲恋物語はじまったのでございます。







巻の弐へ続く




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