<1> 「悠理、この際ですから僕たちも付き合いましょうか。」 悠理が暇を持て余していた放課後、新聞を広げている清四郎がそのままの姿勢で突然言った。 今、部室兼生徒会室には清四郎と悠理のふたりきり。 可憐と魅録、野梨子と美童は少し前から恋人として『お付き合い』なるものを始め、今日もそれぞれ『デート』をしている。 遊び友達であった魅録を連れて行かれてしまった悠理は、「つまんないよおー。なぁ、せいしろー」 をさっきから繰り返し叫んでいたのだ。 「なんだ、突然?あたいは『つまんない』って言っただけだぞ。それがなんでいきなり『つきあう』になるんだよ。」 文句を言うというよりは、清四郎がまた何か良からぬことを企んでいるのではないかと警戒してしまう。 「じゃ、勉強でもしますか?」 新聞を読んでいる状態のまま、さらりと言われるこの言葉は嫌味だろうか? 「もっとやだ。……で、なんで『おつきあい』?(『勉強』から離れてくれるならなんでもいい。)」 新聞をたたみ始めたので清四郎の顔がやっと、見えた。 でもやっぱり、何を考えてるのかわからない。 「いえね、今度みんなで旅行に行くでしょ。あいつらがふたりずつで楽しそうに遊んでいるのに、 僕たちだけひとりでいるのもなんとなくつまらない気がしましてね。どうせなら、僕たちもふたりでいたら楽しいかな、と。」 「…………六人一緒に遊べないのか?」 清四郎の言葉に、四人に相手にされない自分を想像して悲しくなった悠理は訊き返す。 「ずっとはムリなんじゃないでしょうか…。そりゃ、六人で出かけますからみんなで一緒に行動することもあるでしょうが、 恋人とふたりで過ごしたいと言われたら邪魔することはできませんよ?」 今日も楽しそうに、ちょっと恥ずかしそうに腕を組んで帰っていった二人組み。 「そーだよなー。あいつらデートだって出かけるとき、すっごく嬉しそうだもんな。」 今度は笑顔で清四郎に答えた。 「ええ。だから今度の旅行でも楽しい時間を過ごして欲しいと思いませんか?でも、あいつらが付き合っていない僕たちに気を使っていたら、 デートする時間が持てませんよ。」 「ん、そっか。…でもさ、つきあうって、どーすんだ?あたい、『お付き合いの仕方』なんて知らないぞ。」 今までにこやかに話していた清四郎がここで初めて顔を曇らせた。 「それなんですよ。僕もどうしたらいいか、よくわからないんですよね…」 「えっ?! お前にもわかんないことってあるの?」 いつも莫迦にされて悔しい思いをしていたが、清四郎は確かにいろんなことをよく知っている。 だから、本当に驚いたのだ。あの清四郎が自分で『わからない』という言葉を使ったことに。 「ふぅー。全幅の信頼を得てるのは嬉しいですけど、こと恋愛に関してはよくわかりませんからねぇ…普通のお付き合いというのはどうしていいのか……」 「じゃあ、異常な付き合い方なら知ってるのか?」 「『異常』って…そんなものないでしょう、たぶん。 言い換えます。『僕も付き合い方を知りません』」 珍しく不貞腐れたような言い方に、清四郎の機嫌を損ねたらどんな嫌がらせをされるかわからないので、悠理は慌てた。 「なぁ、そんな拗ねんなよ。ちょっと聞いてみただけじゃん。あたいはおまえよりもっとわかんないんだからさ。…あっ、そうだ! あいつらのマネしたらいいんじゃないか?あいつらは今つきあってるんだから、付き合い方を知ってるってことだろ?」 「………なるほど、一理ありますな…。悠理、なかなか賢いじゃないですか。」 清四郎はにっこり笑いながら悠理の頭を『いーこ、いーこ』と撫でる。 えへへ。と照れ笑いする彼女に清四郎は「じゃあ、悠理は僕とおつきあいを始めますか?」と確認した。 「いいよ。 んで、いつからだ?」 首を傾げて聞く悠理に「いつがいいと思います?」と逆に聴いてみた。 「わかんないよ。だって、あたい付き合い方わかんないって言ったじゃんか。んな難しいこと聞くなよぉ。」 一変して泣きそうになった悠理。 「ああ、泣くんじゃない。おまえの都合を聴きたかっただけですよ。いつでもいいと言うなら、今からということでいいですか?」 涙を堪えて頷く悠理の頭をもう一度撫でて、清四郎は言葉を続ける。 「では、今からおまえと僕は恋人同士です。と、いうことで確約の承認をいただきますよ。」 「『しょーにん』って?」 清四郎を見上げた悠理の顔に彼の顔が近づき、唇が重ねられた。 ほんの一瞬の出来事。 悠理は逃げるどころか、動くことも、眼を瞑ることもできなかった。 『おつきあいの仕方』は知らなくても、今の行為がなんなのかは知っている。 「せっ… せいしろ?」 自分の唇を押さえ真っ赤になる悠理の手を掴んでどかし、清四郎はもう一度キスの許可を申し出た。 「恋人ですからね。キスくらいは許してくれますよね。」 「そっ、それが『普通』なのか?」 「ええ、もちろん。」 先程よりも幾分長い時間、清四郎の唇が悠理の唇から離れなかった。 いままでとちょっと違う関係となった清四郎に対して、なんとなく恥ずかしいような、それでも傍にいたいようなくすぐったい気持ちが悠理の胸の中にある。 それが態度にでてしまうのか『恋人』となって三日目には、「あんたたち、何か報告することあるんじゃないの?」 と可憐に言われた。 「まあ、宣言することでもないんですが、僕たちも付き合い始めましたよ。」 あっさり、さっぱり。 椅子に座ったままの清四郎は照れもせず、悠理を引き寄せて自分の膝の上に乗せ「ねっ、悠理。」とその顔を覗き込む。 ふたりの様子に赤面する野梨子と魅録。 あっけにとられる可憐と美童。 「どうしたんです?そんな顔して。」 四人の表情に怪訝な顔をする清四郎。 「だって…あんたたち、いつの間に…そんな………」 可憐の声がだんだん小さくなった。 好奇心は強いが、目の前のふたりに事細かな説明を本当にして欲しいのか自信がなくなっていく。 まるで美童が以前、不特定多数の恋人に携帯で甘い言葉を囁いていたあの情景が『相手つき』『行動つき』で繰り広げられている気がするのだ。 膝に赤い顔の悠理を乗せたまま「何恥ずかしがってるんですか」 とか 「旅行でふたりになったら、何処を見て歩きましょうか」などと言ってる男に、 魅録はたまらず問うてみた。 「お、おい。ちょっと、清四郎。おまえ、ここがどこだかわかってんのか?学校だぞ。」 「わかってますよ、それくらい。あんまり莫迦な質問しないでください。」 四人は思った。 清四郎は『情緒障害』ではなく『常識障害』者だったのだと。 だが多少の差はあれ、若い恋人達はお互いしか目に入らない行動をとるもので、他の二組だって他人から見れば「おやおや」と思われる行動をしていたはず。 『付き合い方』を、他人を観察することによって学ぼうとする清四郎は、美童が野梨子に接するときのさりげないスキンシップを自分達用にアレンジしただけだし、 悠理も、可憐が魅録に対して従順な態度をとる様子を見て、清四郎のすることに大人しく従おう(できる範囲で)と決めていた。 だからふたりにとってはメンバーに報告したのをきっかけに、『ちゃんとした恋人としてのお付き合いの仕方』を実践してみただけ。 「とりあえずは、みんな納得してくれたようだし、良かったですね。悠理。」 清四郎が小声で悠理の耳元に囁く。 「ん。」 はにかんだ笑みを浮かべて、清四郎を見る。 いつもより至近距離にある清四郎の端正な笑顔に、悠理の心臓が“ドクンっ”と跳ねた。 (恋人やるのに、心臓鍛えとかなきゃいけないなんて聞いたことないんだけど…、たまに心臓がバクバクするんだよな。 最近運動不足だったし、そのせいか? じっちゃんトコで、も一回修行してこなきゃかも。) その後、悠理の努力にも関わらず、激しく鼓動する自分の心臓を完全にコントロールすることはできなかった。 というのも、清四郎が毎日必ず悠理にキスをしてきたから。 「おはよう」のあいさつや、ふたりで帰ることができない時の謝罪代わりに。 また、テストの成績が上がったり、運動部の助っ人として活躍したときには「よくがんばりましたね」の言葉と一緒に。 人が見ていないと思えば、学校であろうが街中であろうがお構いなし。 但し、倶楽部のメンバーは清四郎にとって気にする存在ではないらしい。 彼らは望むと望まざるとに関係なく、何度もふたりのキスシーンを目撃することになる。 悠理としては、心構えのない不意を衝いたようなキスだけでも心臓が飛び跳ねるというのに、 人に見られているかもしれない場所や、目の前に友人がいるときに与えられるキスは、清四郎の唇が離れた後も暫くは落ち着かない。 そんなキスをしかける本人はケロっとしていて、慌てる悠理を面白がっているようにも見える。 やっと、そんな清四郎に悠理が慣れてきた頃、彼女にとっては恐怖の試験期間が迫ってきた。 たとえ恋人になったとはいえ、家庭教師の立場を捨てる清四郎ではない。 いや、恋人になったからこそ当たり前のように悠理を机に向かわせる。 以前より頻繁に勉強を見てもらうようになったせいか、今回の試験勉強がそれほど辛くないことを悠理は感じた。 「学力が付いてきた証拠ですよ。悠理もやればできるってことです。」 笑いながら悠理を抱き寄せる清四郎は、鬼の家庭教師ではなくなっている。 嬉しくなって、悠理も清四郎の身体に腕を廻して抱きつく………と、逞しい体が硬直した。 不思議に思った悠理が清四郎の顔を見上げると、ついさっき笑っていたその顔が厳しい表情をしている。 (何かマズイことしたか?) 怖くなって身を離そうとするが背中にしっかりと清四郎の腕が廻っていて、動くことができない。 「せい………」 問いかけようとした悠理の言葉は、途中で清四郎の唇に遮られた。 (いつもと、違う?) 合わせられた唇は今までより強引で、悠理は自分の唇がつぶれそうな気がした。 「んん!」 抗議の声と胸を押す手に、清四郎が僅かに顔を離す。 「どうした………」 ふたたび悠理の声は途中で途切れる。 清四郎が顔を傾け、開いたままの悠理の唇を奪い、舌を挿入してきた。 (え?なにこれ………) 目を見開き、何とか自由に息ができるようになりたいと思うが、清四郎の片手が悠理の頭を固定していて首を振ることもできない。 時々角度を変える唇と、縦横無尽・我が物顔に悠理の咥内を舌でまさぐる清四郎の動きに、悠理は翻弄され思考を奪われていく……… やっと清四郎が顔を上げたとき、悠理の口からは無意識に悩ましい吐息が漏れた。 身体には力が入らず、清四郎が支えなければ倒れてしまいそうなほど体力が奪われている気がする。 「大丈夫ですか。」 悠理の額に唇を寄せながら、清四郎が訊いてきた。 「ん〜ん…」 僅かに首を振って、否定する。 「しかたありませんねぇ。」 悠理を支えていた腕の一方を少しさげて、彼女のお尻の下を抱きあげる。 そのまま、ソファへ移動して悠理を膝に座らせた。 悠理はぐったりと清四郎に凭れてしまう。 「ちょっと激しすぎましたか?」 くすくす笑いながら清四郎が再び尋ねる。 そんな清四郎にむっとして、悠理は唇を尖らせ睨みつけた。 まだ心臓が暴れまわっているし、顔が熱い。 「なんなんだよ、アレは! あたいの生気を吸い取ったのか?」 「吸血鬼じゃあるまいし、そんなことはしてません。そうか、悠理はキスの種類を知らなかったんですね。」 「んなもん、知るか!」 堂々と叫ぶ悠理に、顔を仰け反らせてひとしきり笑った後、清四郎は説明した。 「今まで僕と悠理がしていたキスはフレンチキスというもので、さっきのがディープキス。本当はもっと細かく形態ごとに分類されてそれぞれ名前がありますが、 大きく分けるとこのふたつです。全部詳しく知りたいなら、ひとつづつ…むぐっ」 悠理は清四郎の口をいきなり両手で“ビタッ”と塞いだ。 彼の台詞を最後まで聞いたら、その『細かい形態』とやらの講義を受けるはめになりそうだ。 「んで、なんだって急に…その………でぃーぷきす…なんか、するんだよ…」 いきなり腰が抜けそうなことをされた理由を訊こうと思ったが、さっきのキスの感覚が甦り、だんだん声が小さくなってしまう。 「悠理もキスに慣れてきたみたいだし、そろそろね…いいかなって。」 にっこりと子供のような笑顔を向けられたら、怒ることなどできない。 それに、自分に素直になれば、清四郎からのキスは『ふれんち』でも『でぃーぷ』でも嬉しいから。 「嫌ですか?」 ちょっと心配そうな表情の清四郎は、めったに見られるもんじゃない。 でも、あんまり返事をしないでいると嫌がってると思われちゃうかな。 それくらいの考え事をしていられるだけは答えを待ってくれた清四郎に、悠理は初めて自分からキスをした。 「やじゃない。…でも…その…でぃーぷきす…は、誰もいないとこでしてくんない?」 言いながら顔が火照ってくるのがわかる。でも、これだけは念を押しておかないと。 そう思いながら清四郎を見上げると、驚いた顔をしていた。 そして、清四郎の返事は 「あたりまえです。あんな姿、他人に見せられるわけないでしょう!」 だった。 穏かに楽しく過ぎていく、日々。 最初はあっけにとられた清四郎と悠理の行動も、慣れてしまえば以前のじゃれあいの延長と思えないこともない。 ましてや悠理が、いつも傍にいる自分達でさえ変化がわかるほどに綺麗になっていく。 メンバー同士の友情も変わりなく、その上それぞれ三組ともに順調な交際を続けていると魅録・美童・野梨子・可憐は疑わなかった。 TOP |