事件

  BY のりりん様

前編



卒業式も無事に済んだある日。
清四郎と悠理はあるところへときていた。
つないだ手を嬉しそうに振る悠理と、それを怒りながらもその手を離そうとしない清四郎が来ていたのは、最近オープンしたばかりのショッピングモール。
おしゃれなお店や、可愛い雑貨屋さん、それに映画館に、充実されたフードエリア、日本でここにしかないショップも少なくないこの話題のスポットは多くに人でにぎわっていた。
ここを作ったのは、もちろん我等が剣菱であった。
しかし、幾つものお店が並ぶこのなかでまだオープンされてないエリアがあった。
一際目立つ位置にあるそのエリアは、来月中にはオープンされる予定だというのだが・・・
何が出来るのかと、訪れている人たちの関心を集めているこのエリアを仕切っているのは、あのレイコのようなのだ。
どうやら彼女の関わるショップらしい。
それを聞いていた2人は、買い物をするよりも先に顔を出しに向かった。
『関係者以外立ち入り禁止』 とかかれたドアを開け中へと入る。
2つのフロアーに別れたなんともゆったりと広い空間に忙しそうに行き交う人の中、探していた顔が見えた。
「レイコさ〜ん」
悠理が手を振って彼女に近づくと、今まで厳しい顔をしていた彼女の表情が一気に緩んだ。
「悠理ちゃん!」
そういって楽しそうに話す2人に少し遅れて清四郎が声をかけた。
「お仕事中にすいません。悠理がどうしても顔が見たいっていうものですから。」
「あら、いいのよ。今日は清四郎君と一緒ということはデート?」
「レ、レイコさん!な、何言ってんだよ!」
そういって真っ赤になる悠理をみて彼女は楽しそうに笑った。
一頻り話した後、悠理がふと上を指差した。
「レイコさん、あの時計台ってのぼれんのか?」
その視線の先には、このモールの中で一番高いであろう時計台があった。
その下には展望台のような所も見える。
「上れるわよ。ここがオープンしたらね。」
もちろんもう工事は終わっているので行けるのだが、このエリアの象徴となるであろうその時計台は今はまだ一般客からは隠されていた。
レイコの返事に、今すぐにでも上りたそうな顔をしていた悠理に
「あの階段からならいけるわよ。本当はエレベーターでもいけるんだけど、今はまだなのよ。」
と、笑いながら教えてくれた。
「帰りにでもいらっしゃい。」
そういってくれたレイコに挨拶をすると、2人は手を繋ぎ買い物へと出かけた。
ジーンズにスポーツブランドのパーカー、それに斜め掛けのバックの悠理はなんとも楽しそうに繋いだ手を振り出しそうな勢いで歩いていく。
それを清四郎は怒りながらもなんともやわらかい視線で見ている。
そんな2人が、おやつでも食べようかとフードエリアの一角に訪れた。
「せーしろ、のど渇いた〜。」
「はいはい、何か買ってきますから待っててください。」
そういって清四郎が悠理のそばを離れていく。
何から食べようかときょろきょろしながら一人で待っている悠理は一組の親子連れと目が合った。
正確には、その中の母親と。
しかし彼女が見ていたのは明らかに悠理だけではなく、清四郎もであったように思えた。
ぼぉーっと悠理を見る彼女のその手から、子供のものであろう風船が離れた。
ふわりと浮き上がった風船を、悠理が難なく捕らえて子供に差し出す。
「はい、どうぞ。」
「ありがとう。おねえちゃん。」
そう礼を言って父親のもとに駆け寄る子供に残された形になったその母親と2人になり、なんとなく気まずくなって声を掛けてしまった。
「え〜っと、おかあさんてあいつのこと見てたみたいだけど、なんか用なら呼んでこようか?」
そんな悠理の言葉にその母親は
「いえ、用って訳じゃないんです。」
と驚いたように答えた。
「知り合いなのか?」
そんな悠理の言葉に、綺麗なその母親の顔が一瞬女のそれに見えた。
口元に手を添えるとクスリと笑った。
「知り合いというか・・・。一度だけ暇つぶしの相手をしていただいただけです。・・・時間と体の。」
「 ・・・ えっ ・・・・・ 」
返事をすることも出来なくなっている悠理にその母親は続けてこう言った。
「あんな表情をする方だとは知りませんでしたわ。それでは、失礼します。」
と言い残して子供の所へ帰っていった。
ちゃんと母親の顔をして。

ヒマツブシ?
ジカン ト カラダノ?

カラダノ ・・・・ 
カラダノ ・・・・

その言葉とあの母親の顔が頭の中で繰り返される。
周りの音が消えていく
景色も見えなくなっていく

たった一人立ちすくむ悠理を残して・・・・・






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