いつもと変わらぬ放課後の有閑倶楽部の部室。
今日は可憐と美童はそそくさとデートに出掛け、野梨子は「母様と約束が。」
魅録は「ゾク仲間の見舞い」で帰ってしまい、悠理と清四郎の二人だけが居残っていた。
テーブルの上に、山と積み上げたお菓子を次々に平らげていきながら
悠理はぼーっとあるものを見つめていた。
向かいの席では清四郎が右手に「月刊 囲碁ジャーナル」を持ち、読みふけっていた。
イメージトレーニングでもしているのであろうか、
空いている左手の人差し指と中指が時折テーブルの縁を打つ。
―――清四郎の指って、キレイだよな…
ごくん。悠理の喉が鳴った。
ぞく…
なぜか背筋に寒いものを感じ、清四郎は手に持った本から視線を
恐る恐る向かいに座る悠理へと移した。
「…悠理、どうかしましたか?」
言葉の端にややトゲを含ませながら聞く。
「…別に。」
大きな固焼きせんべいを口にくわえた悠理が答える。
バリ、バリ、バリ…
耳障りな租借音に清四郎は小さく溜息をつき、本の続きへと視線を戻した。
最近、悠理は気付いていた。
清四郎といると「食欲が増す」ということに。
なぜかと言うことを悠理は特に考えはしなかったが、清四郎の傍にいると
なんだか気持ちが良くて、気分が高揚するようで食欲が増すのだ。
―――なんか、世界がほんのりピンク色ってカンジ?
そう思うとまた気分が良くなって、悠理はニコニコと笑みを漏らした。
―――集中できない…
一方の清四郎は、先刻から非常に気分が良くなかった。
相変わらず耳障りな租借音は続いているし、視界の端に映る悠理の顔は
ぼ〜っとしていたかと思うとふにゃ〜と緩み、かと思うとニヤニヤとだらしなく
笑み崩れたりして目障りなことこの上ない。
―――続きは家に帰ってから読みましょうかね。
そう決意すると、本を閉じていったんテーブルの上に置き立ち上がろうとした。が…
「うわっ!」
…いつの間にか悠理が清四郎の横にしゃがみこみ、立ち上がるためにテーブルの上に
つこうとしていた清四郎の手を取ってまじまじと見つめだしたのだ。
「…何、やってるんです?」
「へ?やっぱ大きいなぁって。」
そう言いながら悠理は、清四郎の手を自分の頬にと導いた。
「うん、やっぱり気持ちいい。」
そう言ってにっこりと笑う悠理を見下ろしながら、清四郎は椅子に座ったままで硬直していた。
―――何なんだ?一体どうしたっていうんだ悠理は…
呆然と悠理を見つめたまま、清四郎の思考は停止状態にあった。
そんな清四郎の様子に悠理は一向に気付かず
そのまま清四郎の手にすり、と頬を摺り寄せてみる。
清四郎は呆然とされるがままになっていた。
悠理の背後にパタパタと盛大に打ち振られる尻尾が見えるような気がする。
「止めてくださいよ!悠理。」
ようやく我に返った清四郎は、悠理の手を振り払った。
「え…?」
悠理は清四郎の剣幕に目を丸くし、小さな声で呟いた。
「どうして?あたいなんかヤなことした?」
「ヤなことも何も…」
わずかに眉をひそめ、困惑したように呟く清四郎の様子に、
悠理はみるみるうちに打ちひしがれたように俯いていった。
「悠理…」
自分の隣にしゃがみ込んだまま、しゅんと項垂れている悠理の姿に清四郎は思わず優しく声をかける。
先程までは上機嫌で打ち振られていた尻尾も力なく床に垂れているようだ。
「清四郎…」
うるうると、つぶらな瞳で悠理が清四郎を見上げる。
柔らかそうな茶色の髪がふわふわと揺れている。
―――どうする〜@@フル〜♪
清四郎の頭の中で、やや古いCMのテーマが流れた。
無意識のうちに、清四郎は悠理に向かって手を差し伸べる。
その手の上にそっと自分の手を重ねる悠理。
そのままじっと見詰め合う二人。
美男美女、普通に見れば
「どうぞお手を、お姫様。」
「まあ、ありがとう。素敵なナイト様。」
という光景であるが、二人の頭の中では…
「お手。」
「わん。」
というようなものであっただろうか。
***
…どの位そうしていたのか。ふと、清四郎が我に返った。
いつの間にか、窓から差し込む夕日が部室を茜色に染めている。
「ああ、もう遅くなってしまいましたね。悠理、帰りましょうか。」
「ん。」
悠理がにっこりと笑い、二人はそれぞれの鞄を手に持つと部室を後にした。
手と手をつないだままで。
「悠理?」
「んー?」
「さっきは何であんなことしたんです?」
「だって、お前の手って気持ちよさそうだったんだもん。」
言いながら悠理は満面の笑みを浮かべた。
「そんで、やっぱり気持ちよかった。」
―――まったく、かないませんねぇ。
思わず苦笑した清四郎の端正な横顔に、ふっとまた違う笑みが浮かんだ。
「じゃあ、もっと気持ちのいいこと、してあげましょうか?」
「え、ほんと?何?」
無邪気にパタパタと尻尾を打ち振る悠理の横を歩く清四郎の影には、
先端が三角の形をした尻尾がゆらゆらと揺れておりました。
END
ああ〜、殴らないで〜〜! すみません、単なるお馬鹿話です。
初SSをフロさまに送りつけた時に、フロさまからいただいた感想に「悠理は本能的に…」という
一文がありまして、「本能に従えば悠理は犬。そして清四郎は手の早い悪魔。」だと思いまして。
でも、いくら悠理ちゃんだって、最後の清四郎の言葉の意味はわかるでしょうにね。
ま、その辺も「本能に従う」ってことでひとつ…。
なんともカワユイ「お手。」「わん。」まさに清×悠の原点!!(笑)
恋心まで食欲がバロメータの悠理たんが、らしいです。
清四郎氏は自覚する日が来るのでしょうか。自覚ナシに手を出しそう・・・これぞ悪魔の所業。(爆)
麗様、お馬鹿で可愛いふたりをありがとうございましたw
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