2人のバレンタイン

by のりりん様





第一話




高校生活最後のお正月も終わり、新学期が始まって二度目の週末、可憐はある場所へと向かっていた。
世間一般で 『合コン』 といわれるものである。
もちろん彼女の意思でではない。
料理教室で知り合った友人に無理やり誘われたのである。
一方的に話す癖のあるその友人は『女の子の人数が足りないのよ。いい男も来るから絶対きて、ね。』 そういって電話を切ったのだ。
その友人の言う いい男 がこの黄桜可憐さんのおめがねにかなう相手だとは到底思えないが、たまたま暇をしていた週末ということで仕方なし出かけることにしたのだ。
その場所に着き、室内に入るとその友人に迎えられ席に着いた。
ざっとあたりを見回すが、やはり可憐の目にとまるような男はいない。
小さく溜息をつきながらも、周りと挨拶を交わしていると聞きなれた声が扉の方から聞こえてきた。
「なんだ〜、ここは。飯食いに行くって行ったじゃないかー?」
「ま、まぁ待て、俺は一箇所寄る所があるってちゃんといっただろうが。」
「それがなんでこんななんだよ!!」
ドアの近くで言い争うのは、見た目だけは誰もが振り返るような美男美女。
だが・・・・・
「あんたたち、なにしてんのよ!」
「「可憐!!」」
その言葉に同時にこちらを向いたのは、魅録と悠理。
一瞬こちらを向いて止まっていた二人が同時に話し出した。
「おまえ、なんでこんなとこに?」
「可憐〜、魅録のヤツがさー」
そんな二人に近づきながら可憐は思わずふっと笑ってしまった。
「私は友達に頼まれたからよ。あんたたちは?」
「俺もだよ。ダチにどうしてもって頼まれてさ。女の子も足りないって言われて誰か連れてこいって。」
「で、悠理なの?」
「女の子が足りないって何だよ。ひょっとして、これって 『合コン』 ってやつなのか?!だーっ、あたいはなんも聞いてないぞ!!魅録、どういう・・・」
そこまで話したところで悠理の携帯がなった。
いまにも魅録に殴りかからんばかりの勢いの悠理がまだぶつぶつ言いながらもポケットからそれを取り出した。
だが着信を見るなり、ニヤリとするといきなり話し始めた。
「おまえ、いまどこだ?・・・・・だから、外ってどこなんだ。・・・・へっ、その本屋ってこの近くじゃん。よし、あたいもその買い物付き合うから今から迎えにきてくれよ。・・・・・その本屋の隣のとなりのレストランだよ。・・・話は後だ、すぐだぞ、すぐ。早くこいよ、じゃぁな。」
パタリと携帯をしまうと先程よりは幾分機嫌の直ったような悠理が魅録と可憐に向き直った。
「あたい、こんなとこやだかんな。帰るぞ。」
そういいだした悠理に2人は恐る恐る聞いてみた。
「悠理、今の電話ってひょっとして・・・」
「せーしろうだよ。」

その言葉に魅録は手で顔を覆った。
「おまえ、清四郎には内緒にしとけっていっただろうが。」
「あっ、忘れてた!」
清四郎の悠理への気持ちは倶楽部の中では皆が気付いている。知らぬは悠理ただ一人。
だが、そんな彼女も彼には特別な感情があることには気付いているようだ。悠理がそれを 恋 だとわかっているかどうかは定かではないのだが・・・・。
そう今はまだ彼の彼女というわけではない。
清四郎の片思いというヤツだ。
だがなんにしても彼の思いを知っているのに悠理をこんな所へつれてきたとあっては清四郎の機嫌が悪くなることはわかりきっている。
魅録も誰か女の子を連れて来いと言われても可憐や野梨子を連れて行くわけにもいかず、仕方なく食べ物で悠理を釣って連れてきただけなのだ。
そんな悠理の今日の服装はミニスカートにブーツ、それにファーのコートと、どこから見ても女の子な格好なのだ。
ますますもって・・・・・
「でもあいつ今から来るぞ。だから、内緒には出来ないじょ。」
暢気にそういう悠理の前では可憐が魅録に
「ちょっと、あんたどうすんのよ。清四郎今から来るって言ってるわよ。」
「んなこといったって・・・」
「絶対機嫌悪くなるわよ〜。」
「言うなって。今からじゃどうにもできねぇだろう・・・」
なんだかんだとこそこそと話す2人に向かって悠理は
「おまえらはどうすんだ?」
「どうするって、ねっねぇ、私も帰ろうかしら?」
可憐がそう話したときこの部屋のドアがガチャリとあいた。
「おぅ、早かったな。」
「すぐ来いっていったのはそっちでしょう。」
そういってやれやれといった顔で清四郎が入ってきた。
「魅録と可憐もいっしょだったんですね。」
にこやかに2人にそう話す清四郎だが、悠理の格好を見るなり眉間に皺がよった。いつものポーカーフェイスの仮面が外れていた。
「どうしたんですか?」
「魅録が女の子らしい格好してきたらなんでも好きなもんおごってやるっていうからきたのにこんな 『合コン』 なんかにつれてこられてさー。」
その言葉を聞いた清四郎の眉がピクリと動いた。
彼の周りの空気が変わっていくように思えるのは気のせいだけではないだろう。
魅録は思わずその空気から目を反らせた。
しかし、そんなことには気付きもしない悠理は
「おまえから電話がかかってきてよかったよ。な、あたいも買い物付き合うからさ、なんか食いにいこ、な。」
そういって清四郎のコートの袖を引っ張った。
悠理が清四郎にそんなことをするのもいつものこととはいえ、いかにも 『女の子』 な服装の彼女の甘えるような仕草に清四郎の周りの空気がやわらかくなったように思えた。
彼は眉を下げると
「仕方ないですね。そもそも、こんなとこに悠理を連れてくるのが間違いですよ。おとなしくなんかいるわけないのに。」
「なんだとー!」
そういいかけたところで4人の後ろから声がかかった。
「魅録、知り合いか?」
そういったのは悠理も何度か顔は見たことのある魅録の友人だった。そう話しながら近づいてくる彼は
「なんだ、おまえ悠理じゃん、そんな格好してるからわかんなかったよ。でこっちの彼女は?」
そういって可憐を指差したその男に誰よりも早く返事をしたのは悠理だった。

「魅録の彼女。」

その言葉に固まったのは、そう返された男だけではなかった。
「そ、そうか。だからさっきからなんかもめてるっぽいなって思ってたんだよ。」
「そ、だからあたいら悪いけど今日はかえるわ。」
そういっていまだ固まる2人とにんまりとした清四郎に向き直った。
そして清四郎の手を引くと
「いこうぜ。」
そういってドアをあけた。
冷たい夜の風にあたりながら、清四郎と悠理が振り返ると魅録とその彼女と言われた2人は同じようにドアを抜けてきていた。
「ああいえばおまえらも上手く抜けられただろ?」
笑いながらそういった悠理に2人は
「あぁ、そうだな。」 「そ、そうね。」 となんだかぎこちなく返した。
この2人も悠理の言ったような彼と彼女の関係ではないんだ。
そう、今はまだ。
だが、きっかけとはどこに潜んでいるか分からないものである。
この悠理の言葉が現実のものとなることになる。
今は誰も知らなくても。
「よし、飯食いに行こうぜ!」
そういった悠理に
「あんた達で行きなさいよ。私は魅録に送ってもらうから。」

「そ、そうだな。清四郎、じゃぁな。」
これ以上邪魔をする程野暮な2人ではない。
このときはその為にそういっただけだったのだ、本当に。
ひらひらと手を振ると2人は帰っていってしまった。
「ちぇ、なんだよ。清四郎、何でもいいから食いにいこう。あたい腹減って、腹へって。」
「はいはい。わかりました。」
そういってこの二人は彼女の空腹を満たすため夜の街へと入っていった。



*********



悠理待望の夕食を終えて、2人は夜の町を歩いていた。
あちらこちらも店には早くもバレンタインデーのディスプレイがされていた。
「バレンタインデーまでまだ一ヶ月くらいあるのに、皆気が早いな〜。」
「女の子にとっては一大イベントらしいですからね。悠理は今年もたくさんもらうんでしょうね。」
「どうせ、あたいはもらう方だい!おまえこそ毎年いっぱいもらってんじゃないか!」
「もらうって言っても勝手に置いていってるものだけです。直接渡されたのは皆断ってますから。」
「へ?そうなの?」
「そうですよ。海外では男女問わず、恋人だけじゃなくて友人や家族、お世話になった人なんかにカードや花束を送ったりするのですが、日本ではチョコレートに特別な意味を込めるようですからね。だから、貰いませんし、食べません。毎年ひとつしか。」
その言葉に悠理の足がぴたりと止まった。
胸の奥がズキっと痛む。
『特別な意味を持つバレンタインデーのチョコレートはひとつしか食べない』
どういうことだ?・・・・
それって好きな子からのものしか食わないってことか?
清四郎らしいと言えばそうだけど、でも・・・・

ソレハ ダレ?
ダレカラノモノナンダ?

立ち止まったまま固まってしまった悠理の顔を清四郎が覗き込んだ。
「・・・なんて顔してるんですか、全く。このバカは。」
そういって大きな手が悠理の頭にのった。
「毎年部室で食べるあのチョコレートだけだと言うことですよ。」
「えっ・・・・」
「まぁ、憶えてないかもしれませんがね。」
そういって清四郎は照れたように笑った。
その笑顔を見ながら悠理は頭の中で記憶を辿る。
いくら物覚えの悪い悠理でも食べ物をたくさんもらえるバレンタインデーのことは、なんとか覚えている。
確か毎年、山のように貰うチョコレートを次々に口の中に放り込む悠理に清四郎が 必ず こういうんだ。
「おいしそうですね。ひとつ僕にもください。」
「いいじょ。」
そう返事をすると悠理の横ではいつも彼女が清四郎にそうするように彼が口をあけているのだ。
そして悠理がチョコをその口に運ぶと清四郎はとても嬉しそうな顔をしてこういうのだ。
「ありがとう、悠理。」

どう考えても、部室で清四郎が食べると言ったらこのチョコだけだ。
可憐や野梨子からは貰わないようだし・・・・・
他に食べている所なんて記憶にない。
ということは・・・・
「うそっ!」
思わず叫んだその口元を悠理は急いで手で覆った。
いくら頭の悪い悠理でも彼の言いたいことに気が付いた。
でも、マジ?!
どうしよう?!
胸がなんだかドキドキ言っている。
隣にいる男の顔がなんだか見れなくなっている。
顔も赤くなっているような気がする。
それでも清四郎の言葉に喜んでいる自分に気が付いた。
緩んでいく顔を抑えられなくて思わず下を向く。
心の中にあった特別な感情の名前に気がついた夜。
溢れ出す想いと、嬉しさが止まらない。
目の前で俯いてしまった悠理に、清四郎はすぅっと息を吸い込むと
「今年はちゃんと僕にくれませんか?」
特別な意味を持つバレンタインデーのチョコレートを。
今まで聞いたことのないようなその声に悠理が顔をあげると、清四郎の目は真っ直ぐに彼女を見ていた。
目と目があって、ドキリと胸が跳ね上がる。
この男のこんな顔を誰が見たことがあろうか。
彼の黒い瞳からも想いが溢れ出していた。
それは自分と同じ色をしている、そう確信できるものだった。
悠理は嬉しさに思わずもれそうになる笑みを隠すようにその瞳から視線を外すとくるりと背を向けた。
そして
「なぁ、せーしろー。海外じゃ、バレンタインデーの日には男からもなんか渡したりすんだろ?おまえもなんかくれんだったらあげてもいいぞ、チョコ」
「悠理?」
自分に背を向けながらも楽しそうな声で話す悠理に清四郎は焦った。今までの会話で自分の思いを告げたつもりだったのにこいつにはわかってなかったのかと。
「しょうもないもんじゃ、ヤだかんな。なんてったって初めてなんだかんな。バレンタインのチョコ渡すのなんか。」
「なぁー、なにくれる? って、聞いてんのか?」
そういってニコニコした悠理が振り向いた。
いまだに固まったままの清四郎のコートの袖を引っ張った。
「なにくれるんだ?」
そういって、悠理はこくりと小首をかしげて彼の顔を覗き込んだ。
見上げるその色素の薄い瞳はなんとも楽しそうな色をしている。その瞳を見つめ返しながら清四郎がようやく口を開いた。
「おまえは、その・・・僕の言った言葉の意味がわかっていっているのか?」
その清四郎の言葉にも悠理は怒ることもなく、笑いながら答えた。
「わかってるぞ。バレンタインデーの日に好きな男にだけ渡すチョコ、今年はお前に渡してもいいって言ってんだじょ。だからお前もなんか・・・・」
そこまで言った悠理を清四郎が抱きしめた。
「うわっ」 と言った悠理の言葉ごと腕の中に閉じこめる。
彼女の頭上から優しい声が降ってきた。
「もう一回言ってください、いまの。」
その言葉に腕の中の悠理が再びくすりっとわらった。
「生まれて初めて好きな男にチョコ渡すんだかんな。だからお前も・・・」
「もう一回。」
その言葉に今度は笑いながらも悠理が顔をあげた。
「おまえなー、ほんとに。お前はなにくれんだよ。」
「何でもほしいものをあげますよ。悠理がチョコをくれるなら。」
そういいながら清四郎が腕の力を緩めると彼女はくすくすとわらいながら、するりとその中から抜け出した。
思わずその白い手を捕まえる。
「ほんと?ほんとになんでもいいんだな!」
「えぇ、いいですよ。」
繋いだ手を嬉しそうに振る悠理に清四郎がそう返事をしたとき2人の目の前に白いものが舞い降りてきた。
「ゆきだー!」
そういって目を輝かす悠理を清四郎はやさしく見ていた。
想いが伝わったと言うのがまだ信じられなかったが、彼の大きな手には悠理の白い手がしっかりとつながれていた。
そう、さっきまでとはあきらかに違う2人。
嬉しさに顔が緩むのが自分でもわかる。
そんな彼の手を悠理が一層強く引いた。
「なぁ、清四郎。雪、見に行きたい!今年はまだ行ってなかっただろ。そんで、上手いもん食う!もちろんお前のおごりで。」
「いいですね。でも、そんなものでいいですか?」
「うん。でも、絶対だぞ!約束したかんな!!」
「悠理も、忘れないでくださいね。」
そういって手を握り返すと勢いの良い返事が返ってきた。
「おうっ!」
楽しみだと言いながら清四郎を見上げる悠理の手は暖かい大きな清四郎の手に包まれていました。







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