2人のバレンタイン

by のりりん様





第二話




想いを伝えあって初めての週末。
悠理は清四郎の部屋にいた。
しかし、恋人達の甘い時間のためではなく、週明けに行われる数学の小テストの為である。
テストといっても、卒業の決まった今となっては大した意味を持たないのであったが、それでも悠理を勉強から離れさす事はできなかった。
清四郎が想いを告げた愛しい人は、今は机に向かって彼の出した課題をぶつぶつ言いながら解いている。
「分からなくなったら聞くんですよ。」そういって清四郎は小説を読むことにしていた。だが、今までとは違う関係をようやく手に入れた今、二人きりのこの状況で暢気に本など読んでいられるわけはない。
片思いがやっと実ったのだ。そしてその相手が目の前にいる。
机に向かっている彼女の小さな背中に思わず触れてしまいたくなるのをなんとかグッと堪えている。
得意のポーかフェイスも崩れてしまう緩む口元は、なんとか小説で隠した。
誰が見ていると言うわけではないのだが。
はっきりと言葉にした訳ではないが、想いの通じ合ったと思えたあのときから、彼女への愛しさがましていく。
自分でも驚く程に。
『恋』 というものがこんなに心を揺らすなんて思いもしなかった。
仲間たちの前ではなんとか今までどおりに振舞っているつもりなのだが、それでも悠理の一言一言やむけられるその表情、ふとした仕草まで気になって仕方がない。
あの夜、腕の中に閉じ込めた愛しい人。
清四郎が開いたままの小説を手に、悠理の背中を見詰めていると課題を終えた彼女がようやく声を出した。
「だーっ、清四郎。終わったぞー!!」
ペンを放り投げ、うぅ〜っと伸びをすると彼女は首だけこちらに向けた。
「早く見てくれ。で、これ出来たらおやつって言ってたの忘れてないよな、な!」
「はいはい。覚えてますよ。」
そういって清四郎は隣に立つと、課題に目を通しだした。
座ったままの悠理はその様子をじっと見ている。
一通り目を通し終えた清四郎が悠理の目の前に課題を置くと
「こことここの計算間違いさえなければ、大丈夫でしょう。なかなか良く出来ましたね。他に何かわからないところはありますか?」
そういって彼女の顔を見ると、少し考えるような顔をした後そのまま視線をそらせた。そして、再び机に向かうように座り俯いてしまった。どうしたのかと思い、清四郎がその顔を覗き込もうとしたそのとき、彼女の声が聞こえた。
「・・・・・ある。わかんないこと。」
さっきまでとは違うとても小さな声。
淋しげなその色。
悠理の言う 『わかんないこと』 が、とても課題のことなどではないことはすぐに分かった。
何か違うこと、・・・・・そう 2人のことかと。
清四郎の胸の鼓動が急に早くなる。
二人きりのこの部屋の空気が変わっていく気がした。
沈黙がとても長く感じられた。
「なんですか? 悠理。」
なんとかいつもどおりの声でそういいながらも、彼の胸の音は悠理に聞こえてしまうのではないかと思う程大きくなっていた。
まさか、この間の話は冗談だとでも言い出すんじゃないか。
忘れてくれなんていわれたら?!
想いが通じたと思って喜んでいるのは自分ひとりだったんじゃないか。
清四郎の胸に今まで感じたことのない 「不安」 というものが押し寄せていた。
そんななか、俯いたままの悠理が言いにくそうに話し出した。
「・・・こないだのことなんだけどさ。・・・・」
(やっぱり・・・)
清四郎は自分の不安が的中したと思った。
不覚にもショックで机に手をついていないと座り込んでしまいそうだった。
さっきまで想いが通じ合ったと思い込み、誰よりも幸せな気分だったのが嘘のようだ。
緩んでいた顔が凍り付いていくのがわかる。
しかし、ポーカーフェイスの仮面をつける余裕などどこにもなかった。
そんな、言葉も出せないままの清四郎には気付くこともなく悠理は話を続けた。
俯いたまま。
その瞳の色を見せることもなく。
「・・・・あれって・・・・か、からかっただけとか・・・その・・・冗談とかじゃ・・・ないよな?!」
(えっ・・・?!)
「・・・あたいの勘違いなのかもって思って。その・・・あの日お前がああいってくれて、あの・・すっげー嬉しかったんだけど、でも・・・。」
そこまで言われて清四郎が悠理の言葉をようやく理解したときには、言葉よりも先に体が動いていた。
彼の両腕が悠理の小さな背中を包む。
びくりとした彼女に気付かないふりをした。
「あれを冗談なんかにしないでくれ・・・」
悠理の耳元で清四郎の声がした。
聞きなれた 『友人』 のものではないその声。
清四郎の腕が一層強く彼女を抱きしめる。
まるで想いを伝えるかのように。
彼女にまわされた逞しい腕に悠理の白い指が触れた。
その指が清四郎の袖をぎゅっと握る。
「・・・あたいがさ・・・・ 『剣菱』 悠理だからじゃ・・・ないよ・・・な?!」
「なにを・・・」
掠れそうな小さな声で、途切れ途切れにそう話す悠理に思わず返しそうになった言葉を飲み込んだ。
彼女の指はまだ清四郎の袖をきつく握っている。
悠理に纏わりつく 『剣菱』 の名。
それが起こした清四郎との出来事と言えば、ひとつしかない。
あの婚約騒動だ。
だが、あの雲海和尚との決闘の後、悠理がそのことを口にすることはなかった。
一度も。
その前と変わらず友人としてすぐ傍にいたのに。
しかし、以前のあの騒動がどれほど悠理に傷となっているか、今なら分かる。
こうして互いに想いを告げてもなお 『不安』 を感じていたのは清四郎だけではなかったことも。
こんな悠理を見るために想いを告げたのではない。
清四郎は腕の力を緩めた。
袖を掴む白い指をその大きな手で包み込む。
そしてその手を引き、悠理をこちらに向けた。
いまだ俯いたままの彼女に清四郎が話を始めた。
「・・・僕は今ここにいるお前が好きなんです。『剣菱』の娘であるかどうかなんて関係ない。単純でバカで、暴れん坊で泣き虫の悠理がすきなんです。」
その言葉に悠理は顔をあげたものの、その表情は信じきれないというようなものだった。
確かに2人は見詰め合ってると言うのに。
でも、初めて気付いた 『恋』 というものがいつもより悠理を臆病にさせていたのかもしれない。
嬉しさと不安が心を大きく揺らす。
そんな彼女を清四郎は黙ってみていた。
悠理は、顔はあげたもののその瞳は明らかに揺れている。
いつも感情をはっきりと映すその色素の薄い瞳からはまだ不安の色が消えていなかった。
これほど真っ直ぐに彼女だけを見ていても。
しかし、なんとしても信じてほしかった。
言葉だけでなく、清四郎自身を。
けれども、想いに言葉がついていかない。
こんなことは清四郎には初めてだった。
焦燥感に襲われている清四郎より先に、悠理が言葉を出した。
「おまえ、本気・・・・」
だが、それ以上悠理が話すことは出来なかった。
彼女の唇は彼のそれで塞がれていた。

2人の時が止まった。
初めての キス。

清四郎が唇を離すと、悠理は視線を彼へとむけた。
あの日と同じように黒い瞳が真っ直ぐに見ている。
「・・・僕を信じろ。」
見つめ返していた悠理の瞳から涙が零れ落ちた。
次々に零れる雫を拭うとその顔を胸元に引き寄せた。
柔らかな髪を撫ぜると彼女の手がゆっくりと背中に回った。
「好きです、悠理。」
そう告げると腕の中で彼女がコクリと頷いた。それから涙声が帰ってきた。
「・・・うん ・・・うん。」


落ち着いた悠理に 『おやつ、食べますか』 と聞くとようやく笑顔を向けてくれた。
照れくささのためか頬を染める彼女はいつもより数段可愛く、いとおしく思えて仕方なかった。
もう、その感情を抑える必要もない。
自分の感情に素直に何度も悠理を抱きしめる清四郎に 
「ゆっくり食わせろ!」
と怒っていた彼女も、お腹が膨れたころには諦めたように彼の腕の中でその胸に凭れていた。

目を閉じて
幸せそうな顔をして

今にも寝てしまいそうな悠理に清四郎は
「こんなところで寝ると風邪ひきますよ。寝るならベットで寝てください。」
「眠くて動けない。せーしろ、連れてって。」
さっきまで泣いてたと思ったら、今度は甘えられる。
振り回されながらも、彼の顔はなんとも嬉しそうだった。
「仕方ありませんね。」
そういって悠理を軽々と横抱きにするとベットへと降ろした。
だが、悠理の手は彼の首に回ったまま離れようとしない。
至近距離の彼女が清四郎にこういった。
「お前も一緒に寝よ、な。」
愛しいと思う女性に、上目遣いで甘えて囁かれて、断れる男がどこにいようか。
2人で一緒に同じベットと言うのは非常に気にはなるのだが、悠理のことだ。ほんとに昼寝がしたいのだろう。
「わかりましたよ。」
そう返事をすると 「やった!」 といいながら頬擦りをしてきた。
「ゆ、ゆうり?!」
「ん? どうした?」
無邪気にそう返す彼女は全く持って無防備である。
そのうえ、悠理に引っ張られるようにして彼女の隣に横になった清四郎の腕の中に、自分から入ってきた。
「うん、あったかい♪」
にこやかにそういった彼女は清四郎の頬にその唇を寄せた。
チュッといって離れた唇はそのまま極上の笑みを浮かべた。
「おやすみ、せーしろ。」
そういって彼の胸元に赤らむ頬をうずめ眠り始めた悠理に、清四郎は小さく溜息をついた。







NEXT→
←BACK
作品一覧
お宝部屋TOP

背景:PearlBox