2人のバレンタイン

by のりりん様





第三話〜前編〜




初めて手を繋いだのは思いが通じた夜。
初めてのキスは彼の部屋でだった。
そして、初めての二人の夜は・・・・・・




『バレンタインデーのプレゼントは雪を見に行きたい』
そういったのは悠理だった。
その言葉に 『いいですよ』 そう答えた清四郎が予定を立てているときに、悠理にこういった。
「日帰りでいいですよね。」
その言葉に、無邪気な彼女は
「えぇー、日帰りでちゃんと美味いもん食えんのかよ〜。」
不貞腐れた顔でそう答えた。
「じゃぁ、一泊しますか?」
「別にいいじょ。それより、お前どこ行くつもりだよ。」
「プレゼントなんですからまだ内緒です。それに、一泊するなら予定は変更ですし。」
「美味いもん、忘れんなよ!」
「はいはい。」
そう悠理に返事をしながら清四郎はフッと笑みをもらした。
恋人とのはじめての一泊旅行。
普通なら、甘いことを期待させるその言葉だが、目の前の彼の恋人からはそんなことはかけらも感じられない。
いつものような仲間たちとの旅行と同じ感覚なんだろう。
清四郎のほうは期待しないではないが、相手は悠理だ。
今回は二人で出かけられるだけでよしとしよう。

バレンタインデーの2日前。
2月12日の土曜日。
飛行機を降りたそのときから目の前には、一面銀世界が広がっていた。
そして、清四郎が悠理を連れてきたその場所には普段では見られない、雪の姿が。
「うわぁー、はじめて見たじょー。」
そんな悠理の目を釘付けにしているのは、幾つもの雪像達。
二人は札幌の雪祭りにきていた。
「せーしろ、すっげーぞ!!」
そんな悠理の言葉にも笑みが零れる。
なんとも可愛いことだ。
彼の隣では悠理が嬉しそうに目を輝かせ、指を差し、くるくると表情を変える。
そんな彼女の手ははぐれない様に、しっかりと清四郎の手につながれていた。
たくさんの観光客の中を、並んで歩く。
「夜になるとライトアップされて、また雰囲気が変わるらしいですよ。」
「それも見たい!なぁ、いいだろ?」
「えぇ、折角来たんですしね。それまでに夕食を済ませておきましょうか?」
「やったー!」
手を繋いでいた彼女が大喜びでそういった。

北海道の冬の味覚を堪能して、大満足した悠理達。
食事の後少し買い物を楽しむと、再び先程の雪祭りの会場に戻ってきていた。
だが、そこは昼間見たのとはまるで雰囲気の違う世界。
その迫力に思わず息を呑むほどだ。
吐く息も白くなる夜空のした。
頬も鼻も赤くなりそうなほどの寒さの中で、それを忘れているかのように雪像に見入る彼女に清四郎は見蕩れていた。
(黙ってればこんなにきれいなんですがね)
口に出せば悠理の飛び蹴りがとんできそうなことを思いながら。

一通り見終えて、『もうちょっと見たい!』 と言う悠理をなだめてホテルへと向かった。
これ以上体を冷やせば、風邪を引かせてしまうと思って。
ホテルに着くと、外とは段違いの温かさにほっとする。
エレベーターに乗り、最上階の部屋へと入ると悠理はその窓からみえる景色に思わず声をあげた。
「うわぁー。」
夜空の中に幾つも見える色の雫。
そして、それを飾るように落ちてくる真っ白な雪。
ガラスの前に立ちそれに目を奪われていた悠理を後ろから清四郎が抱きしめた。
窓に、2人の姿が映る。
悠理はまわされた腕に、自分の手を添えた。
静かな2人きりの時間。
「きれいですね。」
その言葉にこくりとうなずいた悠理が清四郎の胸に体重を預けた。
首を傾け、こちらを見ようとする彼女を清四郎も覗き込む。
悠理の瞳と目が合った。
彼女の口元が動く。
「せーしろ。・・・連れてきてくれてあんがと。」
腕の中からの彼女のお礼の言葉に返事の代わりにその頬にキスをすると、ほんのりと悠理がピンク色に染まった。
そんな彼女が視線をそらせたかと思ったら、急に腕の中からするりと抜けだした。
そしていまだその頬を染めたままの彼女が清四郎の手を繋いだまま、彼と向かい合って立った。
「あたい、腹減った。風呂入ってくるからその間にルームサービス頼んどいてくんないか。」
「さっきあんなに食べたのに、まだ食べるんですか?」
「あんだけ歩いたら腹減ったんだもん。お前も食うだろ?」
繋いだ手を振りながら話す悠理に、思わず笑ってしまった。
全く、恋人達のはじめての夜なのにそんなことなど微塵も気にしてないようだ。
清四郎気も知らないで、どこまでも彼女のペースである。
急に笑った清四郎に不思議な顔をする悠理に返事を返した。
「わかりました。頼んでおきますよ。」
それを聞くと、「やった!」 と言って手を離した悠理はバスルームへと消えていった。

カチャっという音がして、バスルームのドアが開いた。
「はぁー、気持ちよかったー!」
髪から雫をたらしながらそういった悠理に清四郎はソファに座ったまま声をかけた。
「早速着たんですか。」
彼女が着ていたのは先程食事の後の買い物で悠理が気に入って買ったばかりのパジャマだった。
赤い生地に白い雪の結晶がたくさんプリントされているそれはとてもよく似合っていた。
清四郎の言葉に笑って返事をしながら、悠理の目はすでに部屋に届いていた幾つものお皿に釘付けとなっていた。
「う〜ん、うまそ〜。」
濡れたままの髪など気にもせず、今にもそれを口の中に放り込もうとする悠理を見ながら清四郎が声をかけた。
「それじゃ、僕もお風呂入らせてもらいますよ。」
そういってソファから立ち上がる彼に、悠理は自分の荷物の中からひとつの包みを慌てて掴み、清四郎に放り投げた。
「なんですか、いきなり。」
難なく受け取ったものの、どういうつもりかと思った。
しかし、悠理は 「開けてみれば。」 と言っただけである。
言われたとおり包みを開けようとした清四郎がふと手を止めた。
「まさか、これがバレンタインデーの・・・」
そういいかけた彼を見て彼女はなんだか笑っている。
「お前、チョコじゃなくて、それでいいのか?」
再び清四郎が包みを開けるとその中からは、彼女の着ているパジャマと色違いのそれが現れた。
くすんだ紺色にアイボリーの雪の結晶がプリントされたパジャマ。
清四郎がそれから彼女へと視線を向けると、照れくさそうに顔を横に向けている彼女が目に入った。
「あたいだけ買うのもさ・・・。お前にも買っといてやったじょ。」
「僕のも買ってくれてたんですか?」
「べ、別に気に入んなかったらきなくてもいいじょ。」
そう話す悠理の顔はまだ横を向いたままだ。
清四郎はその横顔に笑みを向けるとバスルームへ入っていった。

次にバスルームの扉が開き、清四郎が部屋に戻ったときにはさっきまであった幾つもの料理の載った皿は片付けられ、満足した表情の悠理の前にはワインとグラスが用意されていた。
髪を拭きながら歩く清四郎が着ていたのは、もちろん悠理のプレゼントしたお揃いのパジャマ。
それを見て嬉しそうに微笑む悠理
「似合いますか?」
そうたずねる清四郎は、大きく首を縦に振る彼女の横に腰を降ろした。
静かで暖かな部屋。
2人きりの時間が流れる。
ワインを飲みながら、今日の雪祭りの話や明日の予定などを話す2人。
お揃いのパジャマを着て。
並んで座って。
ふいに話が途切れ、音のない時間に包まれた。
ワインを口に含む清四郎の隣では、悠理が立ち上がり荷物の中から今度は小さな四角い包みを取り出した。
それを手に持った彼女がくるりとこちらを向いた。
その瞳は楽しそうな色を放つ。
「せーしろ、チョコいる?」
その言葉に清四郎がテーブルにグラスを置いた。
乾かしただけの彼の髪がさらりと動く。
「えぇ、欲しいです。くれるんですか?」
「これは、さっきのやつみたいに投げてやんない。欲しかったらあたいを捕まえて取ってみろ!」
そういって包みを持ったままの彼女は、清四郎が手を伸ばすよりも早く逃げ出した。
ソファを飛び越え、窓辺を走り、リビングを抜け、寝室を駆け回る。
なんとも楽しそうに悠理は清四郎をするりとかわしていく。
部屋の広さが仇となる。
清四郎とて相手は悠理だ。
本気にならなければ捕まえられないかもしれない。
ひらり、ひらりと逃げる悠理を清四郎がようやく捕まえたのは寝室のベットの上だった。
後ろから捕まえられそのままベットに倒れこんだ二人。
なんとも楽しそうな笑い声の悠理を後ろからきつく抱きしめる。
「さあ、捕まえましたよ。約束どおりいただきましょうか。」
そう話す清四郎の声もなんとも楽しそうな色をしている。
「わかった、わかったよ〜。あ〜、おもしろかった。まさか、お前が本気で追いかけてくるなんて。」
「当たり前です!お前を捕まえるとなると本気にならないと無理じゃないですか。」
「こんな時間に追いかけっこをさせるなんて悠理くらいですよ。」
ぶつぶつと言いながらも抱きしめた腕を緩めない清四郎と、その腕の中で背を向けたままの悠理。
清四郎がようやく腕の緩め、その手を悠理の顔の両横につき上から彼女を覗き込んだ。
「僕の勝ちです、悠理。」
そういった清四郎の下でゆっくりと彼女が向きを変えた。
上目遣いで色素の薄い瞳が見つめ返している。
その色が、すうっと変わっていく。
それを黒い瞳がはっきりと捉えていた。
「約束は守るよ。・・・でも、せーしろ。欲しいのはチョコだけか?」
薄暗い照明の中、反らされることない視線。
静かな部屋で、清四郎に問われた言葉。
悠理の言葉に揺れる自分がいる。
ベットの上の2人。
2人の初めての夜が始まった。










NEXT→
←BACK
作品一覧
お宝部屋TOP

背景:PearlBox