2人のバレンタイン

by のりりん様





第三話〜後編〜




穏やかな朝。
今まで迎えた中で、一番幸せな朝かもしれない。

ようやく機嫌を直してくれた彼女をシーツの海で追いかけた。
滑らかなその白い肌に腕を伸ばし、捕まえようとするといつもの悠理の大声が聞こえた。
「ば、ばか!よせって!!このスケベ!!!」
明るさの増していく朝の部屋。
恥かしさでいっぱいになり、今度は赤く頬を染めている彼女が目に入った。
思わず清四郎もクスリと笑みが漏れた。
「スケベとは何ですか、スケベとは。ようやく捕まえたんですから、離すもんですか。」
「のわぁー、あ、あたい、裸だじょー。こら、せーしろぉー!」
「知ってます。」
暴れ出すその手を抑えて、なんとか腕の中に閉じ込めた。
できれば、その大声を出す唇も塞いでしまおうかと思いながら。
「やっと捕まえた。・・・僕のものだ。」
清四郎は悠理を抱きしめながらそういった。
腕の中の彼女は、そんな彼を不思議そうに見ていた。
洗いざらしのままの彼の髪。
触れ合う素肌から伝わる互いの体温。
そして、はじめて見るような、少年のような彼の顔。
その顔はとても嬉しそうで、幸せそうだった。
悠理は、瞳を閉じた。
なんだかこのときの清四郎の顔を覚えていたくて。
そうして、自然と口元に浮かんでくる笑みを隠すように彼女がこういった。
「お前に、あたいを捕まえておけんのか?」
「もちろんです。まぁ、世界中でお前を捕まえておけるのは僕だけですよ。」
「けっ、すっげー自信だな〜。」
「当たり前です。事実ですから。」
「まぁ、そんなお前も嫌いじゃないけどな。」
そういって笑いながら2人はキスをかわした。
優しく触れてすぐに離れた唇からは再び笑みが零れていった。

「今日はどうします?」
「う〜ん、とりあえずフロ入って、飯食いたい。」
「はいはい、・・・・・・ 悠理、体、つらくないですか?」
そういって覗き込む清四郎に
「ちょっとな。」
そう答えた悠理をぎゅっと抱き寄せその髪に口付けた。
彼の手は愛しげに彼女の背を撫ぜる。
「すいませんでした。」
その言葉に悠理は 「何謝ってんだよ。」 と答えた。
いつもの彼女らしい声で。
そんな彼女に笑顔を返した清四郎が、ゆっくりと悠理から離れベットの下へと腕を伸ばした。
昨夜、彼女からプレゼントされたパジャマに袖を通すと、まだベットの上の彼女をシーツごと抱き上げた。
「な、なんだー?!」
慌てる悠理を抱えながら、清四郎はそのまま寝室のドアを抜けていった。
落ちないようにと慌てて腕を清四郎の首に絡めてきた悠理を軽々と抱き上げたまま、なんとも機嫌良さそうに歩いていく。
「先にお風呂にしましょう。悠理も辛そうですし、一緒に入ってあげます。」
清四郎がにっこりと微笑みながら悠理にそう言い終わったときには、もうバスルームのドアは目の前だった。
「ば、ばかー!あたいは一人では入れるわい!!降ろせー!!!」
「何照れてるんですか。大丈夫です。悠理が綺麗なのは昨日からたくさん見て知ってますから。」
にこやかにそう答えた彼は、器用にドアを開け中へと入っていく。
腕の中では、愛しい彼女が暴れているが力でかなうはずもない。
閉じられたドアの向こうからは最後の抵抗とばかりに、悠理の叫び声が聞こえていた。
「のわぁー、すけべー!この、変態〜!!」:


*****************




山のように届いたルームサービスの前には、御機嫌な清四郎と不機嫌ながらも次々と食料を頬張っていく悠理の姿があった。
見ていて気持ちのいいくらいの食べっぷりに、見蕩れながら窓の外に目をやれば、まだ雪がちらついている。
清四郎はコーヒーを口に運んだ。
今日は帰らなければならない。
明日は学校がある。
もちろん学校でも逢えるのだが、2人で逢うのとは訳が違う。
そんなことを思ってしまう自分がなんだかおかしかった。
恋愛不適格者とまで言われた自分がだ。
どんなことにも完璧に対応できる自信はあっても、目の前の女だけはいつでも別だった。
そんな悠理が気になりだしたのはいつのことだっただろうか。
この清四郎が、次々に変わる表情と言葉にどこまでも振り回される。
けれど、それも少しも嫌ではない。
それどころか、きっとこれからも彼女から目を離すことなど出来ないだろう。
ようやく捕まえて、捕まえられた愛しい人。
そんな彼女は全ての皿を空にしてしまい、さっきの不機嫌はどこへやら、ご機嫌のようだ。
「はぁ〜、美味かった!!」
そういってにっこりと清四郎を見る悠理の口元を拭いてやりながら、抱き寄せた。
「なぁ〜、これからどーする?」
そんな彼女に、このままこうしていたいと言ってもきっと無理だろう。
雪を見たい、そういったのは彼女なんだから。
「もう一度雪像を見てから帰りますか?」
その言葉に、彼女は声は出さないものの、嬉しそうに頷いた。
しかし、そのまま彼女の白い手が清四郎の大きな手に触れて来た。
その頬が甘えるように彼の胸へと預けられた。
「なぁ〜、少し寝てからじゃダメか?」
そう聞きながらも、悠理の瞼はすでに閉じられていた。
暖かい部屋で。
ソファに座る清四郎の腕の中。
数時間後には、帰らなければならない。
今夜からはまた、別々の夜だ。
そんなことが頭をよぎりながら、悠理を一層抱き寄せた。
「ここで寝るんですか?」
「ここがいい。」
そういって目を閉じたままの、悠理はその腕を清四郎に絡めてきた。
思わず、顔が緩んでいくのがわかる。
「じゃぁ、僕も少し寝ましょうか。」
そういって目をつぶるころには、腕の中からは愛しい彼女の寝息が聞こえていました。










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