第四話 雪像と雪の世界に後ろ髪惹かれる悠理の手を引いて、飛行機に乗ったのは数時間前。 今はその彼女も無事自宅に送り届け、清四郎は自分の部屋にいた。 言葉にはだしてはくれないものの、別れ辛そうにいつまでも繋いだ手を離さない悠理を 『明日も学校で逢えますから』 となだめての帰宅だった。 離れづらかったのは清四郎も同じだったのだが。 パジャマに着替え、静かな部屋で昨日の追いかけっこの戦利品を手にした。 悠理からはじめてもらった 特別なチョコレート。 丁寧にその包みを開けると、中からパサリッとカードが落ちた。 床へと落ちたそれに手を伸ばしながら、思わず独り言が漏れた。 「誰の入れ知恵ですか。」 悠理がカードをつけるなんて思いつくとは思えなかった。 大方、可憐や野梨子に言われてたんだろう。 そんなことを思いながら開いてみると、見慣れた悠理の字が目に入った。
「・・・・ これもラブレターって言うんですかね。」 そんなことを言いながらも、窓に映っているであろう自分の顔は見ることが出来ない。 きっと緩んでしまっているだろう。 なんとも彼女らしい文章で、なんとも可愛いことか。 それが計算なんかじゃないんだから・・・ かなわない。 「今日は僕も早く寝ることにしますよ。」 そういってカードを手に持ったまま、清四郎としては早い時間ながらベットへと向かった。 2月14日 バレンタインデー当日 一人学校へと向かう清四郎に声がかけられた。 「よぅ、おはよう。」 「おはよう、清四郎。」 魅録と可憐である。 一月ほど前のあの日から、雰囲気の変わった二人はそろって登下校するようになっていた。 改めて報告は受けてはないが、分かりやすい可憐を見ていればその関係は十分に理解できた。 「おはようございます。魅録、可憐。」 そう挨拶をかわして3人で歩いていると、後ろから聞きなれた声が掛かった。 「おはよう〜、みんな。」 「おはようございます。」 美童と野梨子の声だった。 数ヶ月前、美童が倶楽部の面々の前で命の次に大事にしていたと思われる携帯を自ら壊し、彼女に告白した日から野梨子の隣にはいつも美童がいた。 それが、今は当たり前のこことなってしまっているほどに。 仲間達と挨拶をかわす聖プレジデントの朝の風景の中、皆の前で一台の車が止まった。 それは、手入れの行き届いた剣菱家の車。 清四郎とその前を歩いていた倶楽部の面々も足を止めた。 その車のドアが開いて、彼女が現れた。 朝の光の中、一際大きな声で。 「よぅ! おっはよー!!」 手をあげて、そう挨拶しながらこちらに駆け出そうとした彼女をたくさんの声が引きとめた。 「剣菱先輩!」 「悠理さま〜。」 そういって、手に包みを持った女の子が一斉に駆け寄ってきた。 そう、今日はバレンタインデー。 この学園では、美童よりも毎年たくさんチョコを貰う悠理。 彼女にとって今日は忙しい日になりそうだ。 そんなことを思いながら見ていた清四郎に、助けを叫ぶ声が聞こえた。 「せーしろー!! これなんとかしろ!!」 駆け寄った女の子達とプレゼントに埋もれそうになっている悠理の声だった。 なんとも困った顔でこちらを見るその目に、清四郎の眉が下がった。 「はいはい、わかりましたよ。」 そういって、自分のカバンを魅録に預けた。 そして、彼女の周りにいる女の子達の中を悠理へと進むと、その両手いっぱいになったプレゼントを片手で変わりに抱え、もう片方の手で悠理の手を引いた。 「失礼!」 すずしい顔で悠理の周りにいた女の子達にそう言いながら、元生徒会長は彼女と手を繋いだままその場を後にした。 女の子達の叫び声と、仲間たちの笑い声を聞きながら。 一騒動のあと揃っていつものように部室へと向かうとそのドアの前にはなんだか張り紙がしてあった。 「なんだ〜、ありゃ〜。」 視力2.0の悠理が先に声を出した。 その横では清四郎は 「もう貼ってあるんですか。」 と口に出した。 その声に、前を歩いていた4人は 「お前ら先に帰ったから知らなかったんだっけ。」 「先週の木曜日の放課後からですわ。」 「美童が早めに貼っとけってうるさいのよ。」 「だって、朝から断り続けるのもなんだか面倒だろう。」 そうしてたどり着いたドアに貼ってあったのは
「なんだ〜、こりゃ〜。」 再び同じ声をあげる悠理を気にもせず、皆はそのドアの中へと入っていった。 いつもの席についたものの、不思議そうな顔で皆を見ている悠理に、新聞を手にしながら清四郎が説明をした。 「一つ一つ断っていてもきりがないので、こうしようということになったようです。」 そう説明されてようやく納得がいった。 この学園きっての有名人でいい男のこの3人には、毎年いくつものチョコレートが届いていた。 数は、悠理程ではないにしても。 その3人が、今年はその隣にいる愛しい彼女からは受け取るつもりはないということなのだろう。 まぁ、確かにこうして張り紙をしておけば幾らかは諦めてくれて断ることも少なくなるのだろうが・・・ 「いいアイデアでしょう?」 そう微笑んだ美童の言葉に皆はなんとも言えない笑みを返した。 だが、その張り紙が効果を発揮したのか、お昼休みになっても放課後になっても有閑倶楽部の男性陣への申し出はほとんどないに等しいくらいであった。 ただその中で、山のような包みに埋もれそうになっている人物が・・・ 悠理である。 例年道理にこやかに貰った中身を次々にその胃袋に収めていく彼女の横で、いつもどおりに振舞いながらもなんとも不機嫌なオーラを出しているのは、清四郎である。 次々に現れる悠理へのプレゼントを持った女の子達の中には、手を握ったり、抱きついたりするものもいたのである。 普段なら表情一つ変えずに見ていられるそんな光景にもなんだか気分が良くなかった。 相手がはっきり女の子だとわかっていても。 そんな二人を、面白そうに見ている4人。 そんな中先に声を出したのは、悠理だった。 「なぁ〜、せーしろ。今日は、迎えを呼んでもいいか?お前も乗ってくだろ?」 「僕は別にかまいませんが、・・・どうしてです?」 清四郎のその言葉に口の中のものを飲み込んだ悠理の顔がピンクに染まった。 「だって・・・」 「なんです?」 そういって顔を近づけた清四郎に届いたその言葉に、今度は彼が表情を変えた。 「・・・だって、帰る途中でお前がチョコもらったりしたらヤだもん。」 彼にだけ聞こえるような声で呟かれた言葉。 たったそれだけで、さっきまでの不機嫌を消してしまった魔法の言葉。 一瞬止まった後、優しい笑顔をしてピンクに染まった悠理の頭を撫ぜながら微笑む清四郎を4人は黙ってみていた。 そんな4人の眼差しは温かくもあり、不思議なものを見るようでもあり・・・ その仲間の前で、迎えを呼んだ悠理と共に帰り仕度をした清四郎がその大きな手を悠理へと差し出した。 「持ちますよ。」 そういってたくさんのプレゼントの入った紙袋をカバンと一緒に持つと、もう片方の手を差し出した。 それに悠理が手を重ねると、2人は友人達に挨拶をすると部室を後にした。 手を繋ぎながら帰る2人。 色気より食い気といわれた悠理と恋愛不適格者といわれた清四郎の変わりように、仲間からは言葉ではなく温かい笑い声が零れた。 なんて素敵な恋しているんだろうと。 そんな2人は校内にいる生徒の視線を気にもせず手を繋いだまま歩いていく。 とても仲良さそうに。 「そういえば、レイコさんが明日お土産持ってきてくれるって言ってたじょ。」 「またどこかいかれてたんですか?」 「んぅ〜ん、よくわかんないけどなんだか最近忙しそうだじょ。」 「なんかあるんですかね。」 そんなことを話しながら、校門へと向かっていく。 歩きながら、まだ一月も先のホワイトデーのお返しは何にしようかと楽しみにする清四郎と、繋いだ手を嬉しそうに振る悠理はまだ知らなかった。 後に悠理自身が『魔法使い』と称す百選練磨の魔女達を集めるためにレイコが世界中を飛び回っていることも・・・ 清四郎の楽しみにしている2人のホワイトデーのあとに百合子夫人からとんでもない爆弾発言が落とされることも・・・ |
「2人のバレンタイン」お付き合いくださいましてありがとうございました。 お気付きの方もいらっしゃるかと思いますが、某所でお世話になっておりますあのお話の、前の2人でございます。 なんとか書いては見たものの、最後までかけずに埋め込んでいたのを、フロさんにアドバイスをいただいてようやく最後まで書けましたのでこちらでお世話になることになりました。 埋め込んでいたお話にお付き合いいただいて色々お言葉をいただき私の妄想をまわしていただいた上、UPまでしていただいたフロ様と、こんな駄文を最後まで読んでいただいた皆様に感謝いたします。 フロです。のりりん様ってば、こんな長編を埋め込んでるんですよぉ〜! しかも、大好きな「PINKY」シリーズ!もちろん黙って看過などできませぬ。鬼のように続きを催促して 強奪いたしましたよ、ワタクシはっ!(爆) ってなわけで、のりりん様お疲れさまでした。無理矢理書かせてしまったようでごめんなさいね。 ラブラブのあったかいふたりを、ありがとうございましたw またよろしく♪(←鬼) お宝部屋TOP |
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