お味はいかが?

  BY トモエ様




   
事の発端は悠理と可憐の会話。

「なあ、可憐。好きってどんな感じ?」
生徒会室のドアを後ろ手に閉めたところで、さっきから“今度こそ本物の恋よ!”と息巻く友人に悠理は素朴な疑問を投げかけた。
「何よ突然。えっ!?もしや、あんた好きな人でも出来たのぉ!?」
先を歩いていた可憐がぐるっと振り向き、悠理に詰め寄る。
「ちっがうよ!可憐の病気のミナモト?を知りたいと思っただけだよ!」
上半身を可能な限り後ろに反らして、悠理は質問の真意を暴露した。
「誰が病気よ!」
生きていく上での重要なビタミンを“病気の源”呼ばわりされた可憐は、ぐっとこぶしを握って叫ぶ。
「ま、悠理は食欲のカタマリだから、仕方ないのかしらねぇ」
肩にかかった髪を払いつつひとつ息を吐くと、再び前を向いて歩き始めた。
「なあなあ、どんな感じ?」
後へと続いた悠理が懲りずに尋ねる。
「あんたねえ…」と後ろを振り向くと、目の前の悠理は意外にも真剣な目をしていて。言いかけた言葉を飲み込み、可憐は悠理の問いに真面目に答えることにした。
「好きっていうのは…そうねえ…。その人といると、全てが幸せに思えるってことかしら」
もうちょっと解りやすい方が悠理のためになるかもしれない、と思いなおす。
「…悠理なら、美味しいものはより美味しく、楽しいことはより楽しくなる、ってとこね」
いつか来るであろう、否、来てほしいそのとき。
「もし、悠理が誰かにそういう風に感じるときが来たならば、きっとその人のことが好きなのよ」
そう言って、軽くウインクをした可憐はこの上なくチャーミングだ。
「ふうん…」
大人しく聞いてはいたものの、その顔には腑に落ちない感がありありと出ている。しかし、食欲第一の悠理が色っぽい話に関心を持つ機会など、この先いつになるかわかったものではない。
そう考えた可憐は、より現実的な話から本題に近づくことにした。
「じゃあ、話を変えるわね。今の悠理の“好き”っていったら何よ?」
「え?うーん…ロールケーキ?」
「は?ロールケーキ…!?」
少しは色気のある返事を期待していた可憐にとって、返ってきた答えはあまりに幼稚だった。くらりとめまいを覚え、指先で強く額を押さえる。
「昨日食べたロールケーキが美味しかったんだじょー」
そんな可憐の横で、悠理はあっけらかんと笑う。
「そうじゃなくて!もっと、こう、なんかないわけ!?」
「…ない。」
あっさりと言われると、それ以上の追及の仕様がない。自分の策略が裏目に出たことを痛感しつつ、可憐はこの話題を続けることを諦めた。

しかし2人は知らない。
とある悠理ファンの女生徒が、今しがたの悠理と可憐の会話のある一瞬を聞いたことを。
そしてその女生徒が、悠理の今好きなもの=ロールケーキという情報を学校中に流したことを。


「またロールケーキかよ」
放課後のロールケーキ差し入れ地獄から逃れるべくHR前に生徒会室に来ていた悠理に遅れること十数分。部屋に入ってきた魅録は、テーブルに山のように置いてあるロールケーキを一目見ると、うんざりとした顔で呟いた。
「これでも少なくなったんだじょ!」
三日前はひどかった。差し入れという差し入れが全てロールケーキだったのだ。その時に比べれば、今はよっぽどましだ。
悠理は、手元にあったロールケーキの箱を開け、ころんとした形のそれをナイフで半分に切った。
「ほい」
あらかじめテーブルの上に用意しておいた5枚の皿の1枚に半分に切り分けたケーキを乗せ、魅録へと差し出す。本日のロールケーキ被害者1人目。
「もう、当分ロールケーキはいいぜ…」
観念したようにケーキを頬張る魅録を見つつ、悠理は自分の持分を食べた。

ケーキを食べた後、「ハム(無線機)の新製品のカタログと部品が来たんだ」と、慌ただしく出ていった魅録と入れ替わりに可憐と美童がやってきた。ロールケーキ被害者の2人目と3人目。
「随分急いで出てったわねえ…」
「なんか無線の新しい部品が来たんだって」
「へえ〜。しかし、今日も凄いね」
苦笑しつつ、美童が椅子に座る。
「ホントよ。まさかあの時の会話からこんなことになるなんて、思ってもみなかったわあ…」
無言で悠理は2つ目の箱を開ける。
まず半分に切り、美童へと。
「ちょっと!私は半分なんて嫌よ!!」
カロリーのことを考えると、半分も食べられない。
「わかってるよ」
悠理はそういうと、残った半分をさらにもう半分に切る。
可憐の負担は1/4。残りの1/4は悠理が食べることにする。
「ちょっと、あんた何も飲まずに食べてるわけ?」
あきれた…と言いながら、紅茶を入れるべく申し訳程度のキッチンへと向かう。
可憐が紅茶を持ってきたときには、悠理は自分の取り分をとっくに食べ終え、3個目の箱を開けているところだった。

「今日はAKIのお得意様のパーティーに行くことになってるの」「僕はそのエスコート役」と、可憐と美童が連れ立って生徒会室を後にしてから数分後、ロールケーキ被害者4人目となる野梨子がやってきた。
「あら。どなたもいらっしゃいませんの?」
「うん。魅録は無線機で、可憐と美童はパーティー」
ちょうど2杯目の紅茶を入れようと席を立っていた悠理は、野梨子の方を振り返りつつ答える。
「野梨子も紅茶飲むだろ?」
「ええ、頂きますわ」
カップを2つ持ってテーブルへと戻ると、野梨子が3個目のロールケーキの1/4を切り分けているところだった。
「こう、ロールケーキばかりですと、美味しくても飽きますわね」
頬に手をやりながら、野梨子が言う。
「うん。差し入れはやっぱり弁当の方がいいな〜」
これだけ食べてもまだ食べ物の話をするあたりが悠理だ。
悠理は早々に食べ終え、紅茶をすすっている。
「そういや清四郎は?」
「HR後に担任の先生に呼ばれてましたわ。何かのお手伝いのようでしたけれど」
「あいつだけロールケーキから逃げるなんて許さないじょー」
ロールケーキから逃げたくとも、悠理が生徒会室に居るかぎり清四郎はここに来るであろうに。
幼馴染みの想いが通じるのはまだまだ先になりそうだと、野梨子は紅茶のカップの中でため息をついた。


「お茶のお稽古があるので、先に失礼しますわね」と野梨子が去っていってしまい、悠理はまた生徒会室に1人。結局、皆悠理には甘いのだ。用事があっても、ロールケーキの山と格闘する悠理を少しでも助けるべくここにやってくるのだから。
清四郎を待つこともなく4個目の箱を開け、切り分けることもせずにフォークを指す。1口目を飲み込んだ直後、生徒会室のドアが開いた。おそらく、結果的に最も悠理に甘いであろう、有閑倶楽部最後のロールケーキ被害者。
「おや、ひとりですか」
「魅録は無線機、可憐と美童はパーティー、野梨子はお茶」
食べ物が前にあるのに少しげんなりしている表情の悠理を見て、清四郎は思わずくつくつと笑ってしまう。
「…さすがの悠理でも、同じものでは飽きるんですねぇ…」
「うるさいやい。三日目だって、お前だって知ってるだろ!」
くそう…と、冷めた紅茶をがぶりと飲み干す。
「僕もご相伴に与かるとして。折角ですから、お茶を淹れ直して差し上げますよ」
そう言うと、清四郎は持っていた鞄を椅子に置いて、簡易コンロにやかんをかけた。

「紅茶だと舌が変わりませんからね。緑茶にしてみました。少し苦めに淹れてあります」
そう言いながら大きめの湯呑みを悠理の前に置き、清四郎は悠理の向かいに座った。
「…そういえば、悠理と“2人きりでおやつ”ってあんまりありませんねえ」
悠理が4個目のロールケーキを2等分にし、フォークを入れていない方を皿に乗せるまでの一連の様子をじっと見ていた清四郎が呟く。
「ん?言われてみればそうかも」
おやつの時は大抵みんながいるし(食べるのが悠理ひとりであっても)、2人きりの時は何かしら緊急事態であることが多い。
「ほう、これは上善のロールケーキですか」
目の前に押しやられたケーキを食べる前に、テーブルの上に無造作に置かれていたケーキのパッケージを手に取って、原材料名の部分をしげしげと眺める。
「何?お前、ケーキの材料なんかにも興味あんの?」
お茶も新しく入ったことだし、気分も新たにケーキを口に運ぶ。
(…ん?)
清四郎はロールケーキにはまだ手を付けず、“ほう、これは鵜骨鶏の卵を使っているんですか”なんて呟いている。
そんな清四郎の様子を見つつ、もうひとくち。
(あれ?さっきと味が違う?)
清四郎が来る前に食べたときよりも、清四郎が来てからの方が明らかにおいしく感じている自分がいるのだ。
「なんです、悠理。変な顔をして」
ようやくケーキを食べ始めた清四郎が、フォークを口に咥えたまま、まじまじと目の前のケーキを見つめる悠理を不思議そうに見る。
「や。おいしいなあ、と思って」
味が変化した事実を上手に説明できる自信がないので、とりあえず結論部分だけを述べる。
「当たり前ですよ。今さっき思い出したんですが、洋菓子の上善といえば、一見さんお断りの店ですよ」
洋菓子で一見お断りなんて信じられませんよ、と半ば呆れた口調で続ける。しかし、それでもやっていけるだけの味がそのロールケーキにはあるのもまた事実。実際、このロールケーキは本当に美味しい。
(それを差し入れて貰えるんですから、悠理も大したものですよ)
でも、本当はケーキの味なんてどうでもいいのだ。悠理が一緒にいればそれでいい。
一方、悠理の思うところは別にあった。
清四郎が生徒会室に入ってくる前に食べたひとくちは、美味しいけれど、魅録や可憐、美童、野梨子と食べたロールケーキの味とあまり変わらないようにも思えた。
それなのに、清四郎が来てから食べたそれは、スポンジの口当たりは柔らかく、中のクリームはほどよく口で融けて、その後味は悠理を幸せな気分にする。
(なんだあ…?)
理由のわからない現象から、ふと、三日前に可憐に言われた言葉が浮かんできた。

“そうねえ…悠理なら、美味しいものはより美味しく、楽しいことはより楽しくなる、ってとこね”
“もし、悠理が誰かにそういう風に感じるときが来たならば、きっとその人のことが好きなのよ”

その時は、言われたことの意味がよくわからなかった。よっぽど嫌いな奴と一緒じゃない限り、美味しいものは美味しいし、楽しいことは楽しいだろうと思ったのだ。
けれど、今なら可憐の言うことが解る気がする。
倶楽部の仲間のそれぞれを比べるわけではないけれど、でも確かに、清四郎と一緒に食べるケーキをひどく美味しく感じる自分がいる。
(あたしが、清四郎を好きだから…?そんなバカな!)
いつもバカにされいじめられ、戦力として当てにされたことはあっても、野梨子や可憐のように女扱いしてもらったことなんて一度もないのに?
ふと視線を上げると、清四郎と目が合った。
「どうしたんです。食べないんですか?」
「たっ、食べるじょっ!!」
行きついた結論に動揺しつつ、またひとくち。
清四郎に柔らかく見つめられて食べるロールケーキは泣きたいぐらい美味しくて、悠理は、清四郎に対する自分の気持ちが他の感情では言い換えられないものであることを思い知る。
(…好き、なんだ)
けれども、自覚した気持ちは悲しい痛みを伴っていた。
(でも、清四郎は…)
今、このロールケーキを美味しいと思うのは、悠理だけなのかもしれない。
「…清四郎は……おいしい?」
「美味しいですよ」
優しく微笑むその心で、“貴方と食べるものなら何でも”と清四郎が続けたことを、悠理は知る由もない。
「そか。良かった」
残りのロールケーキを勢いよく口に放り込むと、5個目の箱に手をかける。
「…一体いくつあるんです」
先の見えなさそうなケーキ道に苦笑しながら、清四郎は、悠理が飲み干してしまったお茶を注ぎ足すために腰を上げた。
「まあまあ、折角だから一緒に食べようよ」
今だけでも、痛みを忘れて。
一緒なら、きっとどれも美味しい。


さて、5個目のロールケーキ。…お味はいかが?










皆さまのお言葉を追い風に、書いてしまいました。
「思惑」よりは清×悠に近づいた感のある清→←悠で恐縮なのですが。
 
悠理といえば食欲。
自分で自分の気持ちに気付くのが食べ物がらみだったら悠理っぽいな〜と思い、 そこから膨らませたお話です。 (単に私が食べるのが好き、ということもあったりなかったり)
ロールケーキが食べたくなっていただければ幸いです。

押しかけまくりの私を快く受け入れて下さるフロさまと、 読んでくださった皆さまに感謝を込めて。

フロです。切望懇願脅迫したかいがありましたー!悠理ちゃん、可愛すぎです。 そうよ、それが恋なのよ!
でも気づいちゃったら、切なくなってしまう・・・。どうか早く、想いを通じさせてやって 下さい〜〜両思いなんだもん〜〜!

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