午後の低い日差しが、視聴覚室の中に長々と影を伸ばす。 女は微笑みながら、カーテンを開閉させる自動スイッチを押した。 低いモーター音とともに、ゆっくりとカーテンが広がっていく。 それに伴い、室内が暗くなっていく。 男は教室の真ん中で、その様子を黙って眺めていた。 外光は分厚い遮光カーテンに阻まれ、広い視聴覚室は夜の帳が下りたように暗くなった。 いつの間に移動したのか、女は唯一の脱路であるドアに凭れかかり、闇にも鮮やかな赤いくちびるを吊り上げて、にやり、と笑った。 「さあ、はじめようぜ。」 背中に回された指が、ぴんと音を立ててドアの鍵を閉める。 それまでカーテンを眺めていた男が、緩慢な動作で振り返った。 「悠理・・・わざわざこんな場所を選ばなくても良いのではないのですか?」 その言葉を聞いて、悠理はくっと低い声で笑った。 それから急に真顔になり、男を掬い上げるように睨んだ。 「清四郎、あたいと何年つきあってきた?このあたいが、場所を気にするとでも?」 挑戦的な視線。 清四郎は両手を上げ、降参の意思を示した。 壁一面に広がったスクリーンに、明るい映像が映し出される。 ただ、音を消しているため、聞こえてくるのは二人の微かな息遣いだけだ。 ふたつの白い肢体が、しなやかに動き、絡み合う。 上になり、下になり。互いに身体を押しつけ、ひたすらにじゃれ合う。 組み伏せられて苦しくなったのか、白い顎が仰け反った。 僅かな隙をついて逃れようとしたが、すぐに捕まり、また圧し掛かられる。 逃げた罰のつもりか、もがく肩に歯が立てられる。 本気ではなかったろうが、意外にも強く噛んだらしい。 痛みのせいか、真っ白な足が限界までぴんと伸びた。 それでもふたつの身体は絡み合ったまま、決して離れようとしない。 逃れようとしながらも、本気で逃げない身体。 逃すまいとしながらも、遊戯を楽しむ身体。 邪気のない戯れは、時を忘れて続けられた。 「悠理・・・そろそろ・・・」 「駄目だ・・・ちゃんと、最後まで・・・!!」 遠くで、下校時間を知らせるチャイムが鳴った。 清四郎は深々と溜息を吐いた。 「悠理・・・これは、いつまで続くんですか?」 「えっと、あと一時間くらいだったかな?」 立ち上がろうとする清四郎。悠理はその腕を掴み、必死に引きとめた。 「オマエ、今日はヒマだって言ってたじゃんか!!もうちょっとだけ、ねえってば!」 眼を潤ませてこちらを見上げる姿はまるで子猫のよう。 清四郎は仕方なく元の場所に腰を下ろした。それでも心の中は不満でいっぱいである。 「可愛いだろ?ちぃちゃいときのタマとフク。昨日、たまたま見つけてさあ。子猫のときは、こうやってよくじゃれ合ってたんだよな。 あんまり可愛いから、皆にも見せようと思ってたのにさ、ヒマなのオマエしかいないんだもん。」 嬉々として喋る悠理を横目に、清四郎はやれやれと肩を竦めた。 まったく、どうして学校の視聴覚室で、タマとフクのビデオを見なければならないんだ? 悠理の家には、ここより立派なシアタールームがある。 別に今日ここででなくても、皆が集まれる日に改めて上映すれば良いのに。 まあ、思い立ったら即実行に移すのが、彼女の長所でもあるのだが。 清四郎はじゃれ合う二匹の子猫の映像を見ながら、本日何度目かの溜息を深々と吐いた。 |