調理室

BY hachi様






昼下がり――――研修教室が並ぶ一角に、清四郎と悠理はいた。

学級とは棟も階も違うため、昼休みの喧騒は遠い。それでも若さゆえに沸き起こる嬌声は、空気を振動させて伝わってくる。
それが、二人と現実を繋ぎ止める、唯一のものだった。

「まったく・・・本当に貴女というひとは物好きですね。こんな場所でもスリルが味わいたいのですか?」
そう言って清四郎は視線を巡らせた。
ステンレス製の調理台が等間隔に並び、作りつけの棚には調理器具が定員オーバーの状態で押し込まれている。
鼻腔を擽るのは、甘いバニラエッセンスの香り。男の自分には、あまり縁のない場所のような気がする。

そんな彼の横顔を見て、悠理はくすりと笑った。
「こんな場所だから―― スリルがあるんじゃないか。」

清四郎は肩を竦め、その通りですね、と呟いてから、意味ありげににやりと笑った。



*****




「見るからに美味しそう。」
悠理は手の中のものに顔を近づけ、ぺろりと舌なめずりした。

「こんなものが美味しそうだなんて、本当に変わったお嬢さまですね。」
「だって、美味しいんだもん。」

既に邪魔なものは彼女の手によって剥かれている。
カーテンの隙間から漏れる光に照らされたそれは、まだ青く、若く、そして、固い。
それでも自らを主張するかのように、天井に向けてぴんとそそり立っていた。

悠理のくちびるが、先端を含む。
味わうように舌が蠢くのが、その音からも推察できる。

清四郎も最後まで付き合う覚悟を決め、初心なピンク色をした表皮をゆっくりと捲った。

現われた肉は、自らの蜜に濡れてぬらぬらと光り、清四郎の欲望を誘っている。
そっと舌で押すと、柔らかな肉から蜜が滲み出してきた。

もともと清四郎も嫌いなほうではない。
いや、どちらかと言えば、かなりそそられていた。
ここまで来れば、毒食わば皿まで、である。
後ろめたさを忘れて、妙なる味を存分に堪能することにした。



くらくらするほど甘い時間が、二人の思考を麻痺させていく。

急いだわけでもあるまいが、悠理が咽喉の奥まで含み過ぎて、激しく咳き込んだ。
「馬鹿ですね。誰も盗りはしないのですから、焦らないでください。」
少女の口の端から、粘着質で白っぽいものが零れている。

男の視線に気づいたのか、悠理は少し顔を赤らめながら、それを舐め取った。
「だって、もうすぐ昼休みが終わっちゃうじゃないか。」
悠理は駄々っ子のように頬を膨らませて文句を言ってから、一度吐き出したものを、もう一度根元から咥え込んだ。

「だから、そんなに慌てなくても・・・」
そういう清四郎も、少し焦っている。
すべてを味わうには、まだまだ時間が必要だったのだ。

悠理のほうは、まだまだ欲望に支配されている。
その姿は、本能のままに生きる獣のようで、とても財閥の令嬢には見えなかった。



悠理の欲望――――それは、当然のごとく。



食欲である。



*****




どこで仕入れてきたのか、悠理は調理部が行う、本日の実習内容を知っていた。
聞けば、フルーツを贅沢に使用したデザートを数種も作る予定だったらしい。
が、予定はあくまで予定だった。
何しろ材料の大半は、悠理の胃袋に納まってしまったのだから。

清四郎もご相伴に預かって、岡山産高級白桃を堪能したが、悠理のお気に入りは、意外にもバナナであった。
既に彼女の胃袋には、ひと房ぶんのバナナが収まっている。

通常の令嬢ならば、退屈な学校生活にスリルを求めて、盗み食いの現場に生徒会長を連れ込み、 チンパンジーよろしく果物の皮を撒き散らすなんてことは、決してしないはずだ。

しかし――――清四郎の愛すべき令嬢は、ただのお嬢さまではない。

口の端にバナナの滓をくっつけたまま、丸のままの皮付きマンゴーに、大口を開けて齧り付く姿に、 彼女の将来を憂えずにはいられなかった。






ごちそうさまvv




タイトルから、いきなりネタバレ同然。(笑)
なのになのに、悠理の口がそそり立つアレを咥えているところを想像すると 鼻血出そうです。
いやー、侮れませんね、バナナも。
こんなアブナイ情景を、一房分消費されるまで密室で見続けてきた清四郎くんもすごい忍耐力。
岡山産白桃で、慰めてたのか。(爆)
清い方にはそれなりに、汚れた人間にはどこまでも妄想を提供してくれるhachiさんに感謝です。


モドル