昼下がり――――研修教室が並ぶ一角に、清四郎と悠理はいた。 学級とは棟も階も違うため、昼休みの喧騒は遠い。それでも若さゆえに沸き起こる嬌声は、空気を振動させて伝わってくる。 それが、二人と現実を繋ぎ止める、唯一のものだった。 「まったく・・・本当に貴女というひとは物好きですね。こんな場所でもスリルが味わいたいのですか?」 そう言って清四郎は視線を巡らせた。 ステンレス製の調理台が等間隔に並び、作りつけの棚には調理器具が定員オーバーの状態で押し込まれている。 鼻腔を擽るのは、甘いバニラエッセンスの香り。男の自分には、あまり縁のない場所のような気がする。 そんな彼の横顔を見て、悠理はくすりと笑った。 「こんな場所だから―― スリルがあるんじゃないか。」 清四郎は肩を竦め、その通りですね、と呟いてから、意味ありげににやりと笑った。 「見るからに美味しそう。」 悠理は手の中のものに顔を近づけ、ぺろりと舌なめずりした。 「こんなものが美味しそうだなんて、本当に変わったお嬢さまですね。」 「だって、美味しいんだもん。」 既に邪魔なものは彼女の手によって剥かれている。 カーテンの隙間から漏れる光に照らされたそれは、まだ青く、若く、そして、固い。 それでも自らを主張するかのように、天井に向けてぴんとそそり立っていた。 悠理のくちびるが、先端を含む。 味わうように舌が蠢くのが、その音からも推察できる。 清四郎も最後まで付き合う覚悟を決め、初心なピンク色をした表皮をゆっくりと捲った。 現われた肉は、自らの蜜に濡れてぬらぬらと光り、清四郎の欲望を誘っている。 そっと舌で押すと、柔らかな肉から蜜が滲み出してきた。 もともと清四郎も嫌いなほうではない。 いや、どちらかと言えば、かなりそそられていた。 ここまで来れば、毒食わば皿まで、である。 後ろめたさを忘れて、妙なる味を存分に堪能することにした。 くらくらするほど甘い時間が、二人の思考を麻痺させていく。 急いだわけでもあるまいが、悠理が咽喉の奥まで含み過ぎて、激しく咳き込んだ。 「馬鹿ですね。誰も盗りはしないのですから、焦らないでください。」 少女の口の端から、粘着質で白っぽいものが零れている。 男の視線に気づいたのか、悠理は少し顔を赤らめながら、それを舐め取った。 「だって、もうすぐ昼休みが終わっちゃうじゃないか。」 悠理は駄々っ子のように頬を膨らませて文句を言ってから、一度吐き出したものを、もう一度根元から咥え込んだ。 「だから、そんなに慌てなくても・・・」 そういう清四郎も、少し焦っている。 すべてを味わうには、まだまだ時間が必要だったのだ。 悠理のほうは、まだまだ欲望に支配されている。 その姿は、本能のままに生きる獣のようで、とても財閥の令嬢には見えなかった。 悠理の欲望――――それは、当然のごとく。 食欲である。 どこで仕入れてきたのか、悠理は調理部が行う、本日の実習内容を知っていた。 聞けば、フルーツを贅沢に使用したデザートを数種も作る予定だったらしい。 が、予定はあくまで予定だった。 何しろ材料の大半は、悠理の胃袋に納まってしまったのだから。 清四郎もご相伴に預かって、岡山産高級白桃を堪能したが、悠理のお気に入りは、意外にもバナナであった。 既に彼女の胃袋には、ひと房ぶんのバナナが収まっている。 通常の令嬢ならば、退屈な学校生活にスリルを求めて、盗み食いの現場に生徒会長を連れ込み、 チンパンジーよろしく果物の皮を撒き散らすなんてことは、決してしないはずだ。 しかし――――清四郎の愛すべき令嬢は、ただのお嬢さまではない。 口の端にバナナの滓をくっつけたまま、丸のままの皮付きマンゴーに、大口を開けて齧り付く姿に、 彼女の将来を憂えずにはいられなかった。 |