生徒会室

BY フロ



目が覚めると、初秋の早い日がもう落ちていた。
独り寝をよしとしない僕が、倶楽部の仮眠室なんて色気の無い場所で寝入ってしまうとは、 まったく昨夜の彼女の過剰な情熱の賜物。
授業はかろうじて出たものの、放課後はずっと寝て過ごしてしまった。
薄闇の中、携帯電話を探す。 僕が学生であることをガールフレンド達は皆承知しているので、着信は ないだろうが、メールは何件か入っているかもしれない。
まだベッドに横たわったまま、携帯を開いた。

「・・・・じっとして」

メールをチェックしようとした手を止めた。
ドア一つ隔てた向こうの、生徒会室別名有閑倶楽部の部室から、人声がしたからだ。
僕がここに居るのを知ってか知らずか。
隙間から明かりがもれている。まだ友人達の幾人かは帰っていないらしい。

「あ・・・い、痛いよ、清四郎」

聞えてきた声は、清四郎と悠理だ。
寝転がったまま、頭上の遮光カーテンをめくってみる。
窓の外には、星空が広がっていた。
清四郎が居るということは、野梨子もまだ帰っていないのだろうか。 暗くなる前には帰宅する彼女にしてはめずらしい。
悠理にしても、いつもの迎えはもっと早い時間だ。
それとも、何らかの用で、二人だけが居残っているのだろうか。
彼らが二人で残っているとすれば、まず悠理の居残り勉強だろう。

「あ、う・・・んん」

しかし、勉強にしては、様子が変だ。
悠理の声が、いつもの這いずるようなうめき声でもなければ、癇癪のわめき声でもない。

「悠理、逃げないで。もう一度するのは、こわいですか?」
「こ、こわくなんかないやい」
「でも、体が逃げてますよ」


クスクス笑う清四郎の声も、妙に優しい。

「悠理のここ、こんなに柔らかい・・・」
「み、耳に息、吹きかけんなって!」
「おとなしくしろ」
「あ、あ、あ・・・んっ」


悠理の、少し甲高い悲鳴。
あいつら、何をしてるんだ?
僕はまだ寝起きのぼんやりした頭で、ふたりの声を聞くともなしに聞いていた。
思考力は戻っていない。

しばらくして、人声は途絶えた。
しかし、まだふたりは立ち去ってはいない。戸の隙間から漏れる明かりだけでなく、聞こえてくる衣擦れの音がそれを教えてくれた。

「・・・んん・・・ふぅ」
「・・・もう終わったのに、まだ感じるんですか?」

清四郎の押し殺したような笑い声が聞こえてきた。

「意外に敏感なお嬢さんだ」
「う、うっさいやい!だって・・・」
「まだ、痛いですか?」
「ううん。大丈夫だけど・・・こんなとこ血が・・・」
「ああ、やっぱり少し出血してしまいましたね」
「あたい、痛いって言ったのに。おまえ、無理やり突っ込むんだもん」
「初めてのときは、出血するもんですよ」


僕はガバリとベッドに身を起こした。
まままま、まさか?
よもやまさか、いくらなんでも、そんな。
思い至った妄想に、僕の頭がぐるぐる回転を始めた。
部室で?
清四郎と悠理が?
いや、これはきっとなにかの間違いだ。
勉強とか、腕相撲とか、整体とか、針治療とか。
だって、ふたりがそういう関係なら、これまでも少しは兆候があったはずだ。
清四郎はともかく、悠理は隠し事のできる奴ではない。
僕や可憐が、これまでまったく気づかないなんてことは、あり得ない。
たしかに、清四郎は悠理を誰より楽しそうに構っているけど。
悠理だって、結局清四郎を頼りにして、懐いているけど。
情緒凍結男と、性別不明動物。恋人同士というより、ペットと主人。
色艶めいた関係ではないはずだ。
それとも、僕の知らないうちに、高速スピードでなにかがふたりに起きたのか?

「・・・しかし、悠理も女の子だったんですね」

僕の思考を読んだかのような清四郎の言葉に、ベッドの上で飛び上がりかけた。

「まさか、悠理にこんなことを頼まれるとは思いもしてませんでしたよ」

た、頼まれたって、何を?
やはり、ふたりは恋人同士ではないのか?

「だ、だって、初めてはちゃんとしたひとにしてもらえって、母ちゃんが」
「おや、悠理には僕が”ちゃんとしたひと”の分類に入るんですね。それは光栄」


清四郎の笑い声。失言に焦った悠理の顔と、からかい顔の清四郎が目に見えるようだ。
・・・って、悠理!初めてはそんな男より、僕のような経験抱負な相手を選ぶべきだぞ!
僕なら、優しくイロイロ教えてやるのに・・・って、悠理としたいわけではないのだが。
なにしろ、悠理が女性に見えたことは皆無。
考えてみれば、すごい美少女だし、性格も無邪気で可愛い。思いきり、仕込みがいがありそうだ。
女どころか、人間とすら認識していなかった自分を初めて悔やんだ。

「それに、おまえって、なんか上手そうだったから」

それは違うぞ、悠理!絶対、僕の方が場数は踏んでいる!
僕はなにやら対抗意識に燃え上がった。
色事まで、清四郎に出し抜かれてたまるものか。
男には、これだけは、と譲れないものがある。

「上手そうって。僕だって、初めてだったんですよ?」
「え、嘘!だって、おまえすげー余裕で・・・」


って、嘘!それは嘘だ、清四郎!
おまえが未経験てことはないだろう!場数はともかく、興味本位でとうに済ましているはずだ!

「だって、考えてみろ。僕の周りに、こんなことをする相手の女性がいますか?野梨子にするわけないでしょう」
「ああ、まー、野梨子はなぁ。あいつガチガチに堅いもんなぁ」


ここに野梨子の名を出す、清四郎の姑息。騙されて納得しているらしい悠理に僕は眩暈を感じた。

「ところで、おばさんは、止めなかったんですか?親にもらった大事な体を傷物にって」
「母ちゃんは、大賛成だもん。いつもあたいに、ちょっとでも女らしくして、早く結婚しろって うるさくって」


ああ、そうだ。忘れてはいけない。悠理はたしかに可愛いが、もれなく剣菱財閥の身代がついてくる。
あそこまで巨大な持参金は、たいていの男には重荷すぎる。
それこそ、清四郎くらいの男でないと。

「でも、どういう心境の変化なんですかねぇ。おまえが女らしくなると、困ってしまうな」
「なんだよ、どーゆー意味だよ」
「・・・こんなこと、できなくなるでしょう?」


しばらく声が途切れた。
”こんなこと”って、なにをしているのだろう?

「あのさー。あたい、犬じゃないんだけど」
「・・・ええ」
「猫でもないんだけど。そんなとこ撫でても、喉なんか鳴らさないぞ」


――――なんか、イチャついてるわけね。それだけはわかった。
やはり、ふたりはそういう関係なわけだ。
勉強でも、腕相撲でも、針治療でもなく。
これはもう、信じるしかないだろう。
拗ねたような悠理の口調に混じる、甘い色を。

「そろそろ、帰りますか」
「うん」


正直、ほっとした。
彼らが立ち去るまで、僕も部屋を出られないから。

「車を呼ぶから、送ってくよ」
「ああ、ありがとう。悪いんですが、可憐のところに寄ってもらえますか」
「途中だからいいけど、なんで?」
「今日の記念に、おまえにプレゼントを贈りますよ」
「ええっ?!」


悠理が裏返った声をあげた。僕も絶句。

「き、記念って・・・」
「おまえが、女の子になった記念に」
「あ、あたいは前から女だじょ!おまえが気づいてなかっただけじゃんか」
「ハイハイ、そうかもね」
「それにおまえ、あたいが女らしくなんの、嫌だって言ってただろ?」
「他の男のためじゃなければ、かまわないです」
「は?」
「わからなければ、いいですよ。とにかく、プレゼントさせてください」


なんか、聞いているのが馬鹿らしくなってきたんですけど。
僕にも大体わかった。
告白はおろか、まだ自覚もあやしいうちに、ふたりはそーゆーコトをしてしまったらしい。
これまで、僕や可憐が気づかなかったのも道理。
なにしろ、今日、いま、ここで、事態は急展開しているのだ。

可憐の店に寄ると言っているのだから、可憐もこれから知ることになるだろう。
たしかに、百合子おばさんは、そして悠理の選択眼は正しい。
”ちゃんとしたひと”――――まさに、その通り。
悠理と関係してしまったいま、剣菱のことも視野に入れているはずだ。
清四郎は、悠理に指輪を贈る気なんだろう。
以前のように、もう野心のためなんかではなく。

恋愛偏差値の低さを内心馬鹿にしていた友人たちの、急展開の恋。
僕は思わず苦笑した。
さすが、動物。先に体から入るとは。
それもまた、彼ららしくはあるのだけど。
まだ、隣室の明かりは消えない。
心底、早く立ち去って欲しかった。
でないと、笑い声を立ててしまいそうで。
僕は両手で口をふさいだ。
心の中で、ふたりの恋にエールを送りながら。



*****




翌朝。
「美童、おっはよ!」
後ろからかけられた明るい声に、思わず僕の足が止まった。
「ゆ、悠理」
ぶん、と金髪を揺らして勢いよく振り返る。
「およ?」
僕の形相に、悠理が少し驚いた顔をした。
頭の上からつま先まで、思わず悠理の姿をじっくり見てしまった。
指輪もすかさずチェック。
悠理の白い手には、両手ともアクセサリーはなし。
とりたてて、いつもと違う様子はない。

初体験の翌朝は、やはり女の子はいつもつらそうで、しかも明らかに雰囲気が変わる。
経験上知っているそんな公式を、悠理の姿に当ててみる。
「どうしたんだ?美童」
「・・・悠理、体調は?」
「ん?絶好調だじょ」
言葉通り、悠理はいつものように元気よく足を振りあげ、ガッツポーズ。
「いや、蹴りまで見せてくれなくても」
僕は苦笑した。
悠理はあいかわらずだ。
たしかに、以前から悠理だけは、僕にも”女の子の日”すらわからなかった。
”あたいにだって、生理くらいある!”
と、かつて聞かされていなければ、昨日のアレはそういうことなのかと、誤解するところだ。
それに清四郎がかかわっているとなると、考えようによってはより卑猥だが。

朝っぱらから、僕は思わず顔を赤らめた。
「美童、どしたの?」
さぞ、僕は挙動不審だったことだろう。
もう一度、悠理は首を傾げた。
ふわりと悠理の髪が揺れる。
朝日に透ける、薄い色の髪。
きらりと、なにかが光った。

「あれ?」
僕はようやく気がついた。
いつも通り――――否、悠理はやはり昨日から変わっていた。

「悠理・・・ピアスしてる?」
「えっ!さっすが目ざといなー。もう気づいたのかよ」
悠理は照れくさそうに笑って、髪を持ち上げた。
豊かな耳たぶに光る、小さな金色のピアス。

「そっかぁ・・・ピアスねー」
昨夜洩れ聞いたふたりのやりとりが、脳裏を駆け巡った。
そして、足を振り上げてみせる悠理。
まさか、”その”翌朝に、あんな蹴りを出せるのか?いくら悠理だとはいえ。
痛がっていたのは、もしや、耳?
そう。
妄想を排除してみれば、ピアスの穴あけ行為だったと、あっけなく当てはまる。
僕は微笑しながら、小さくため息をついた。
僕の、とんだ誤解だったわけだ。

「あたいが、ピアスなんて変かな?」
上目遣いで僕を見る悠理の目の周りが、わずかに染まっている。
「ううん、すごく似合うよ。いつ穴開けたの?自分で?」
わかっていながら、僕は悠理に質問した。
「き、昨日、ダチにやってもらったんだ」
間違いなく、清四郎だ。
名前を出さないところをみると、悠理なりに意識しているのだろう。
僕は、それを知りたかった。
昨日のふたりは、やはり思い違いなんかじゃない。
行為自体は、誤解だったのだけど。

「派手好きの悠理にしちゃ、地味なピアスだね」
「知らないのか?最初傷口が落ち着くまで、これしとかなきゃなんないんだって。可憐が教えてくれたんだ」
「ふうん。じゃ、落ち着いたら、色々オシャレできるね」
悠理はきれいなピンクに頬を染めた。
ほんのりと色づく花弁のように、ひそやかに美しく。
まだかたい蕾が、わずかにほころんでいる。
そしてそれはやはり、清四郎がもたらした変化だろう。

「おはよう」
「おはようございます」

校門のところで立ち止まっている僕と悠理に声をかけたのは、幼なじみの男女。
いつも通り、涼しい顔の清四郎。
その隣で、優しく微笑んでいる野梨子。

悠理は少しまぶしげに、二人を見つめた。
「おはよ」
一瞬後、ふわりと笑みを浮かべる。
いつもの、元気いっぱいの野生児ではなく、女の子の顔をして。

僕は目の前の美しい女性に、驚きをもって見惚れていた。
恋を知り、変わってゆく悠理をただ見ていたかった。
からかうのは、悠理が新しいピアスを身に着け現れてからでいい。
きっと、彼からのプレゼントをつけた彼女に、近い将来会えるから。
大輪の笑顔で、美しく咲く花に。






おしまい。ながながとお疲れ様でした♪




ラストはちょっと趣向を変えて、美童くん視点です。そんでもって、私的にはラブラブです。
ええ、今度使用されるのはきっと生徒会室ではなくて、仮眠室の方でしょう。
ガラスコップ押し付けて、会話を聞き取りたいもんです。(変態)




モドル