卒業

by のりりん様




昨夜のうちに降っていた雪がまだうっすらと残る聖プレジデントの校門。
いつもどおりの朝。
だが、そこを通るのは今日はあの制服を着た生徒達だけではなかった。
着物やスーツに身を包んだ父兄が次々に通っていく。
そう、今日は卒業式。
いつもより早く登校していた清四郎は、そんな景色を校舎の窓から静かに見ていた。
今朝部屋に残してきたお揃いのパジャマを着ていた彼女を待ちながら。
「今日くらいは自宅から登校しますよ。」
そういってまだシーツに包まったままの悠理の柔らかな髪を撫ぜ彼女の部屋を出たものの、結局気になって仕方がない。
こんなことならいつもどおり一緒に登校すればよかったと思うほどだ。
そんなことを思いながら外の景色を見ていた清四郎の視線の先に、漸く見慣れた車が現れた。
手入れの行き届いた剣菱家の車である。
ドアが開き、彼の頭の中を独り占めしていた人物があらわれた。
それもいつもよりずいぶんと早い時間に。
理由など聞かなくても分かっている。
今日は、ここで過ごす最後の日なのだから。
強がりの彼女は決して口には出さないだろうが、甘えん坊で淋しがり屋の悠理のことだ、特別な思いでその胸のうちをいっぱいにしていることは想像に難しくない。
車から降りた制服姿の悠理を、冬の色が残る朝の日差しが照らしている。
光を受けたその綺麗な横顔がくるりと向きを変えた。
運転手にいつもどおりの挨拶をし、歩き出した彼女の足が校門の前で止まった。
ここからでも分かる凛としたその顔
その瞳は、今日別れをつげる校門からの景色を映しているのだろう。
まるで宝物を見るような色で。
そんなことを思いながら真っ直ぐに彼女だけを見ている清四郎には気付かないまま。
そうして、彼女はいつものようにその門をくぐった。
きっとその足が向かうのは、教室ではなく部室。
悠理を待つように、今朝は早くから登校してきていた仲間たちが待つあの部屋だろう。
すれ違う後輩達からかけられる声に、軽く返事をしながら校内へと入っていく姿を見て、清四郎も追いかけるように歩き出した。
部室の前の廊下に漸くその姿を見つけた。
声をかけようかと思った彼女の背中が、ドアの前で立ち止まった。
彼女の背中がなんだかとても淋しそうに見えた。
悠理は軽く息を吸い込むとそのドアノブに手をかけようとしている。
清四郎はそのドアをあける前にと、何かにせかされる様に声をかけた。
「早かったですね、悠理。」
驚いた顔をしながら振り向いた彼女はなんだか恥かしそうに答えた。
「・・・ぉはよ。」
「おはようございます。」
そういったまま目をそらせている悠理の髪をクシャリと撫ぜた。
「大丈夫ですよ。大学も一緒じゃないですか、そんな顔しないでください。」
「そ、そんな顔ってなんだよ。あ、あたいはいつもといっしょだじょ!」
そんなことを言う彼女も本当は分かっているのだろう。
いくら一緒とはいえ、今までどおりには行かないということを。
それを淋しいとは言葉に出してはいえないことを。
だがそんな悠理のことなんか仲間たちには皆お見通しだということには気付いていないようだ。
皆がいったい誰の為にこんなに早くから登校しているのかも。
「そうですか?それならいいんですが。さぁ、入りましょ。」
そういって悠理の背中に手を添えると、清四郎はそのドアをあけた。
「あら、悠理。おはよう。」
「おはようございます、悠理。早かったですわね。」
次々にかけられる声に挨拶を返しながら、いつもの席についた。

昨日までは当たり前の景色。
明日からはなくなってしまう空間。

なんとなく目の前のお茶を飲みながらそんなことを思っている悠理に隣から声が聞こえた。
「なんて顔してんだよ、ほら、写真とるぞ。」
「えっ、もう撮んのか?!」
「そっ、朝のうちに取っておかないと終わってからだとなんだかバタバタするしね。」
「それに、どこかの泣き虫が涙をこぼすかもしれないでしょ。」
「な、泣くかー!!」
大きな声でそう返す悠理の一言で、皆がいつものように笑った。
そのあと、6人が高校生活の中で楽園と称した部室で撮った幾つもの写真にはとても素敵な笑顔がたくさん詰まっていました。

卒業式では、壇上から次々と祝いの言葉が続いた。
長々と続くお決まりの挨拶に退屈で退屈で仕方のなくなったころ、その声が悠理に耳に届いた。
清四郎の答辞である。
壇上に上がり多くの人の前でもいつもどおりの落ち着いたその声。
二人でいるときとは違う 『元生徒会長』 の声の彼から悠理は少し目を背けたくなった。
なぜだかそのときは分からなかったけれど・・・
そうして、滞りなく式は終わった。
卒業生の周りには別れを惜しむ後輩達が駆け寄っていた。
中でも有閑倶楽部の面々の周りは人だかりが出来ていた。
しかし、その中での一際大きな人の山は、やはり 悠理だった。
学園きっての問題児といわれた彼女だが、その人としての魅力は言わずと知れたところだ。
次々に写真や握手に追われる彼女を一足先にそれを終えた仲間達が見ていた。
そうして、もう少しで悠理の周りの人の山も片付こうかというころ一人の男子生徒が5人に近づいてきた。
「先輩方、卒業おめでとうございます。」
そういったのは有閑の面々のあと生徒会長に見事におさまった、白川 雄之助だった。
代々歌舞伎役者の家系で育った彼は、すでに舞台をこなし、その上その端整な顔立ちでテレビでも引っ張りだことなっている人物である。
そんな彼からの言葉に皆が返事を返したあと、白川はすぅっと清四郎のほうを向いた。
「菊正宗先輩」
「剣菱先輩と写真を取らせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
その言葉に、その場にいた2組のカップルは思わず固まった。
いったいどこの誰がこんなに真正面から清四郎にそんなことを尋ねれようか。
しかし、そんな4人をよそに当の清四郎は片方の眉をぴくりと動かしたあと、白川に答えた。
「どうして僕に聞くんです?」
その言葉にも白川は視線をそらすことなく答えていく。
「彼女に・・・剣菱さんに近づきたくてわざわざ生徒会長にまでなったのに、話すことさえ出来ませんでした。その隣にいることは無理でも写真に写るくらいなら許していただけるかと思いまして。」
白川の視線がゆっくりと動く、悠理のほうへと。
「・・・僕も彼女の隣を狙っていた一人です。」
そうはっきりと話す彼を清四郎はじっと見ていた。
その横顔は、自分にも覚えのある色をしていた。
そう恋の色。
確かに彼も悠理に惹かれた男の一人のようだ。
その恋は諦めるとはっきりといってはいても。
清四郎は彼のむこうで、少し困った顔をしながらも次々に後輩達や同級生達と写真に収まっていく悠理を見ながら答えた。
「彼女の隣は誰にも渡すつもりはありませんが、記念の写真なら悠理さえ良ければどうぞ。」
「制服姿も今日が最後ですしね。」
そういって清四郎は笑顔を返した。
最後の一人と握手を交わし、写真を撮り終えた悠理が疲れた顔をしながら帰ってきた。
「やっと終わったじょぉ〜〜。」
そういって清四郎の元へと向かう悠理視界にその隣に立つ男の姿が入った。
どこかで見たことあるような、ないような・・・
その男はなんだか真っ直ぐに悠理を見ている気がする。
嫌な予感がした。
「剣菱先輩、卒業おめでとうございます。すいませんが、記念に一枚写真をお願いしたいのですが。」
「ぬわぁー、お前もかー!!やっと終わったと思ってたのに〜。」
そう話す悠理に清四郎が声をかけた。
「彼でおしまいですよ。僕が取りますから。」
そういって白川の手からカメラを受け取った清四郎がレンズごしに見たのは、緊張気味の白川の表情と先程までと同じ事務的な記念写真用の悠理の顔。
そんな2人を見て確かにいい気はしない。
それも、真正面から悠理が好きだったといわれたあとならなおさら。
だが、仲間の前以外でそれを出せるほど清四郎も素直ではない。
そんな清四郎がシャッターを押そうとしたときあることに気が付いた。
悠理の視線である。
それはレンズではなく、真っ直ぐに清四郎に向いていたのだ。
一刻も早く終わらせたそうにそわそわしながら、彼女は隣に立つ男のことなど頭の片隅にもないようにはっきりと清四郎に向いていた。
無意識に清四郎の口元に笑みが浮かぶ。
シャッターを押し、カメラを下ろすとそんな悠理の瞳と目が合った。
恥かしそうにそらした視線に白川は気付いていないようだ。
握手を交わしている白川がなんだか少し可愛そうに思えてきた。
そんなことを思う自分もなんだかおかしく思えた。
もう一度レンズをのぞいた清四郎はそのシャッターを押した。
一度降ろされたカメラを再び押している清四郎に気付いた悠理が大きな声で叫んだ。
「ぬわぁっ!!何してんだ、せーしろー!!」
「こらー、変な顔撮るなぁー!!」
その声が早いか、拳を振り上げた彼女が清四郎めがけて走ってきたのが早いか。
一瞬遅れて逃げ出した清四郎の背中を捕まえ、羽交い絞めにしながらカメラを取り返そうとする悠理の手をよけて、カメラを持ち主へと投げ返した。
「悠理に壊されないうちに返しますよ。」
そういって笑いながら悠理の拳をよける清四郎を白川は見ていた。
さっき、自分と一緒に写真に写ってくれたときとはまったく違うなんともやわらかい悠理の表情と共に。
それは返されたカメラの中にも。
白川の手の中のデジカメには幾つかの写真に収まっているのと同じであろう悠理の顔の後に、握手をする横顔、怒りながらもなんだか楽しそうにカメラに向かっていく悠理の顔が収まっていた。
それは白川が憧れた本当の彼女の笑顔だった。
手の中のカメラを見ていた白川が小さく呟いた。
「この笑顔を収めてくれるなんて、菊正宗先輩に借りひとつですね。」
そういってなんとも言えない顔を浮かべた白川が今だ騒いでいる2人を見ながら呟いた。
「まったく、菊正宗先輩だからこの僕も諦めたんですからね。・・・大事にしてくださいよ。」
いまだじゃれあう2人には聞こえていないだろうその言葉は彼らの親友達がしっかりと返事を返した。
「清四郎には伝えておくさ。」
「でも、十分分かってると思いますわよ。」
「清四郎もやっと手に入れた宝物なんだもんね。」
「まぁ、悠理はなんもわかってないと思うけど。」
そういって笑う4人に挨拶をして、白川はその場を後にした。
清四郎の背中に飛び乗り後ろから捕まえた悠理は、一頻り騒いだ後ボソッと呟いた。
「おまえってさ・・・」
「なんですか?」
「いや、なんでもない。」
「なんなんですか、気になるじゃないですか。」
「う〜ん、えっと〜。おまえってさぁ、あたいがあんなに写真とかとってもへーきなのかなぁ〜って思ってさ。」
肩の上にあごを乗せ、甘えるようにそういった悠理の言葉に溜息が零れた。
まったく、人の気も知らないで。
「さぁ、どうでしょうね。」
「な、なんだよ、それ!」
「それよりいいかげん降りませんか?あいつらも待ってますよ。」
そういって清四郎の向けた視線の先には、呆れ顔の仲間たちの顔。
「げっ、忘れてた!!」
声と共に悠理は清四郎の背中から飛び降りると、
「いくぞ、清四郎!」
そういって差し出された手を清四郎が掴むと、2人は仲間達の元へと走り出した。
聖プレジデント高等部卒業式。

有閑倶楽部の高校生活最後の日。










*********のりりん様コメント *********

先日こちらでお世話になったお礼を何かと思って書き始めたお話なんですが、仕事やらなんかでてんてこ舞いしてまして、時期が大きくずれてしまったにも関わらず、送りつけてしまったものでございます。
御心の大きなフロ様に甘えてUPしていただきました。
こんなお話を喜んで受け取っていただいたフロさま、読んでいただいた皆様に心より感謝いたします。

うふふふふ♪この後「PINKY」の専属モデルとして世間を熱狂させる悠理たん。レンズの向こうにいつも清四郎を見ているんですね〜〜!
のりりん様、幸せなふたりをありがとうございます。またよろしくっ♪


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