3. ホテルに戻ろうと主張する清四郎と野梨子を、当の悠理が説き伏せて近くのカフェで取り敢えず一休みすることにしなった。 できるだけ暖炉に近い位置に場所をとり、悠理の身体を温める。 先程、胃の中を空っぽにしてしまった悠理が空腹を訴えたが、これを清四郎は却下した。 可哀想に思った野梨子が、悠理が口にするものは全て清四郎が選ぶという妥協案を出す。 「僕たちだけ昼食をとるわけにもいきませんし、仕方ありませんね。じゃあ、僕と魅録で食べ物をとってきます。」 そう言って、席を立った。 「じゃあ、あたしは飲み物を持ってくるわ。」 可憐が言うと、すかさず美童が申し出た。 「あ、僕が行くよ。」 「いいの、美童は二人についていて。みんなの好みはあたしのほうが良く知ってるもの。」 彼の肩をポンと叩いてドリンク・バーに歩いて行く。 「可憐って、気が利くよなぁ。」 美童がぼそっと呟くと 「あら、今頃気付きましたの?」 野梨子が冷たい視線を向ける。 「いや、再認識。」 相変らず可憐の後姿をぼんやり眺めていると、男がひとり彼女に近いた。 (あの様子じゃ可憐に声かけるだろーな。あっ、やっぱり。でも、あの服装のセンスと身のこなしじゃ、アウトだな。あれ?清四郎と魅録がドリンクバーに向かってる…? 何かあるな。) 美童が、ガタッと立ち上がった。 「どした?」 いきなり立ち上がった美童にビックリして、悠理が訊く。 「僕、可憐のところに行って来る。二人はここにいて。」 早足で可憐の元に向かった。 バイキング料理の中で、消化しやすそうなものを物色していた清四郎と魅録の視界の端に、華やかな姿がよぎった。思わず視線を向けると、可憐がいる。 「あいつはホント、目立つよな。」 「魅録も人のことは言えませんよ。」 ふたりが笑っていると、見覚えのある服装の男が可憐の肩に手を置いた。 「あのやろう!性懲りもなく!!」 「行きましょう。」 持っていたトレーを傍のカウンターに置くと、人をすり抜けて可憐の所に急ぐ。 「えーっと、みんなはいつもので、悠理はホットミルクがいいでしょうね…」 全員の嗜好を熟知している可憐は、複数ある飲み物が誰の口に合うかを確認していた。 「君、すごい美人だねぇ。」 聞き覚えのない声がすぐ傍でした。次に、肩に手を感じる。 振り向くと、さえない男がいた。 (…論外。さっさと追っ払わなきゃ。)肩に置かれた手を払いのける。 「ありがと。よく言われるわ。」 「一緒にお茶、しない?」 「悪いけど連れがいるの。」 「もしかして、女の子?その子も君みたいな美人だと嬉しいな。」 「あたし以上の美人はいないわ。それに………」 そこまで言ったとき、美童が自分の方へ歩いてくるのが見えた。 (ふ〜ん。気が利くじゃない。) 無意識に微笑む。 男は声をかけた女が、自分の肩越しに視線を向けたのを見た。 さっき、それを気に留めず女の笑顔に騙されて、ひどい目にあった。今度はなんだ? 後ろをみると金髪で長身の男がこちらを見ながら歩いてくる。 「よお、また会ったな。」 金髪男に気を取られていたら、横から声がした。 「うわぁ!!(なんで、この男がここにいる?!)」 後退ろうとしたら、誰かにぶつかった。 「ほぉ、彼のことを覚えてましたか。僕のことはどうです?」 忘れるはずのない、冷たい声が聞こえた。 ぎ、ぎ、ぎ、という擬音が付きそうに不器用な動きで顔を向けると、やっぱりアノ男が立っていた。 「な、なに か…ごよう ですか?(二人は知り合いなのか?!)」 「そちらこそ、僕たちの友人に次々と声をかけるなんて、何のつもりです?」 「?!………!?!!」 「ふたりの知り合いなの?」 今までのふたりとは違う、柔らかな口調の声が聞こえてそちらを向くと……金髪男が立っていた。 「はん、知り合いってほどじゃねぇ。話をしようとするたび、逃げやがったからな。」 「ふ〜ん。………あ、もしかして、さっき話してた男?」 「ええ。悠理が倒れるきっかけになった人ですよ。」 「そ。その後、ケロッとした顔で野梨子に声かけて、俺を突き飛ばした奴だ。」 「あ、あれは………」 口調の優しい男だけがこの苦境を脱する鍵とばかりに顔を見上げたら、青い目が冷たく光っていた。 「で、今度は可憐をナンパしようとした?」 「あわ……わ………い、や。ほんの出来心。彼女達があまりに美しかったから、つい…………」 「……ねぇ、その辺にしときなさいよ。」 「しかし………」 「清四郎、悠理に料理を持っていかなくていいの?」 「可憐、こいつは………」 「魅録。悠理がお腹が空きすぎて暴れだしたら、野梨子だけじゃ押さえられないわよ。」 「いいの?そんな簡単に許しちゃって。」 「ふふふ。あたしのこと、美人だって言ってくれたもの。それに、あんたたちに睨まれてかなり怯えてるみたいだし、もう、充分でしょ。」 可憐は三人に微笑むと、男に向かってはっきり言った。 「あんたも女を見る目はあるんだから、もう少し自分を磨きなさい。いい女と付き合いたかったら、いい男になること! わかった?」 「は、はいっ!」 男は直立不動の姿勢で返事をした。 「さ、早く悠理たちのところに戻りましょ。きっと、遅いって喚いてるわよ。」 可憐の一言で清四郎と魅録は再び料理が並んでいるところへと向かい、美童は可憐と一緒に飲み物をトレーに乗せる。 ナンパ男は叫びだしたい気持ちを必死に押さえ、カフェから飛び出す。 (自分の彼女に声かけられたくなかったら、傍を離れるなよぉー!あんな美人が一人でいたら、俺じゃなくたって話しかけるに決まってんだろーが!!) 昼食をとって落ち着いた悠理は、折角だから夜まで滑ろうと言い出した。 「何を言ってますの?また、倒れるかもしれなくてよ。」 「ん。あたいは、やめとく。ここから、みんなを見てるよ。それに、ライトアップされたリンクで滑りたいだろ?」 「でしたら、わたくしもここにいますわ。」 「だめだよ。もう少しで滑れるようになるんだろ。魅録がスジがいいって誉めてたじゃないか。」 「でも、あなたひとりをここに残すなんて、嫌ですもの。」 野梨子と悠理のやり取りを聞いていた清四郎は、 「悠理。今度は絶対に傍を離れませんから、一緒に滑ってみませんか?」 「えっ?」 「そうよ、みんなで一緒に滑りましょう。絶対、悠理を一人にしないから。みんなが一緒なら怖くないでしょ?」 幾分、心配そうに可憐が訊く。 「あ…でも……」 「悠理、みんなで楽しむためにここに来たんだよ。悠理をひとりぼっちにして僕たちが楽しめると思う?」 美童が優しく声をかけるが、不安の色が悠理の顔からは消えない。 「…ん…」 「おい、あんまりムリをさせるな。トラウマになった嫌な記憶はちょっとやそっとで克服できるってもんじゃないだろ。他にだって見るところはあるだろうし、夜滑りたい奴はまた連れてきてやるよ。」 魅録の言葉に、それぞれが納得したかにみえた。 「…でも、今回滑んなかったら二度とスケートリンクに来ないよ、あたい。みんなが一緒にいてくれたほうが、いい。魅録、一回だけ試させて。どうしても、ムリなら言うから。一回だけ、な?」 悠理の右に清四郎が立ち、彼女の右手と腰を支える。 左側には美童が立って、悠理の左手を握っている。 前には魅録が、後ろ向きで野梨子の手を取って彼女と悠理の様子を見ている。 可憐は5人の周りを滑り、人払いをしながら悠理に微笑みかける。 最初は緊張でまた吐きそうになったが、清四郎と美童がしっかりと優しく支えてくれているのがわかって段々落ち着いてきた頃、両足を動かす事無くふたりの力で滑っているのが物足りなくなって、自分で滑りたいと言ってみた。『インストラクターができる』と言っていた美童の言葉にウソはなく、あっという間にふたりに軽く手を握ってもらうだけで前に進めるようになった。 「じゃあ僕は手を離すよ。大丈夫、そんな顔をしないの。僕は悠理の傍から離れないから安心して。」 美童がそっと悠理の左手を離す。 今、自分を支えているのは清四郎の手だけ。そう思うと心細くてぎゅっと力を入れてしまう。 「悠理。そんなに緊張しなくでも大丈夫ですよ。あなたを転ばせることは絶対にしませんから。」 (あたいって、幸せ者だなぁ。みんな、こんなにあたいのこと思ってくれてる。) 安心感から余計な力が抜けて、見事なフォームで氷を蹴る。いつの間にか、清四郎の手も離れていた。 野梨子もひとりで滑っている。 野梨子の横に魅録と可憐。その後ろに美童と悠理と清四郎。 六人全員で楽しめることが、またひとつ増えた。 「ねぇ、美童。野梨子と魅録、いい感じだったわよね。」 「んー。今日は清四郎が悠理につきっきりだったからね…」 「そういえば普段からは想像もつかないほど悠理に優しかったわねぇ、あいつ。」 「まぁ、あんなに弱った姿見せられたら、そりゃ心配になるよ。」 「…って、ことは…………」 「倶楽部初のカップル誕生は保留だな。」 「あん、もう!せっかく楽しみができると思ったのに…つまんないの。」 お宝部屋TOP |