Weak Point


(偽)うぃーく・ぽいんと
     「もう少し、このままで」 後編   by フロ






窓の外には雪が降り積もる。
背後から感じる清四郎のぬくもりがあまりに心地良く、悠理は動けなかった。
広いロビーの片隅とはいえ、人前で抱き合っているも同然のふたり。 けれど考えてみれば、今日一日ずっと清四郎の腕に支えられていたのだ。

「おまえ、ずるいよ・・・。」
いつも意地悪な清四郎が、今日は優し過ぎる。
それが、嬉しくて――――少し切ない。

「なにがですか?」
「あたいたちが、崖から落っこちそうだったらどうする?おまえ、やっぱ野梨子を助けるだろ?」
自分だけのものにならないこの温もりが、苦しい。
だから、やくたいもない駄々っ子のようなことを言ってしまった。
わがままを言いたいわけじゃないのに。ただ、もう少しこうしていたいだけなのに。
悠理は清四郎に顔を見られたくなくて、うつむいた。
腕の中から抜け出せないまま。


ずるい――――と言われ、清四郎は胸を衝かれた。

いつもはヤンチャな悠理が、本当は泣き虫で甘えん坊なのは知っている。
それなのに、清四郎がこれまで彼女を女あつかいして来なかったのも事実。
自分が離れていた間に他の男に腕を取られていた姿を思い出すと、身のうちが焼けるような痛みを感じた。
それが、清四郎を戸惑わせる。
あのときの蒼ざめ震えていた悠理に対する、保護欲なのかもしれない。
そう思いながらも、華奢な体に回した腕を放せない。
ただ、抱きしめていたかった。
このまま、ずっと。


「・・・ごめん、答えられないよな。」
悠理のうつむいた背が揺れる。髪の間から見える耳は真っ赤に染まっていたが、表情は見えない。
「・・・ふむ。崖で落ちかけている場合ですか?」
「いいって、判ってるから。冗談だよ。崖くらい、あたいは自力で這い上がるに決まってるだろ!」
胸の前で交差された清四郎の手を、悠理は押し解いた。
清四郎を振り仰いだ悠理の顔に浮かんでいたのは、笑み。
それ以上、悠理を拘束するわけにもいかず、清四郎は手を放した。
温もりが離れる。
悠理の笑みは、いつもの無邪気なそれではなかった。
どこか、胸の痛くなる笑顔。
もう一度抱きしめたくなる衝動を抑えるように、清四郎は自分の腕を組んだ。

「そういう状況なら、まず助けるのは美童ですな。」
「へ?美童?」
「ええ、あいつもあれで男ですからね。ちょっとは力になるでしょう。野梨子や可憐を先に助けても、 あの男を引っ張り上げられるとは思えない。」
「・・・・・・。」
清四郎は、悠理の言わんとするところを判っていないらしい。
彼の頭の中では、助け庇護しなければならないのは女性陣+美童のようだった。

悠理はため息をついた。
「あっそ。」
「・・・実際、」
清四郎は腕を組んだまま、悠理を見つめる。
「崖から落ちるような危機的状況に陥る確率が高いのは、おまえと美童だろう。圧倒的に。」
ニヤリと引き上げられた口元。見慣れた、意地悪な笑み。
経験からくるその言葉に、悠理は赤面したまま、渋面を作った。
「わ、悪かったなっ!」
清四郎は悠理の濡れた髪をくしゃくしゃと混ぜかえした。
「だから、おまえは放っておけないんだ。」
「・・・ぐ。」
悠理は息をつめる。
頭に乗せた手を引き、清四郎は悠理を胸元に抱え込んだ。
笑いながら。
「こ、こらっ。」
広い胸に、今度は真正面から頭を押し付けられ、悠理は焦った。
だけど、清四郎は放してくれない。

「もう少し、こうしていたいって、言ったでしょう?」

清四郎の口調は笑いを含んでいたけれど。
悠理の言葉なのか、清四郎の言葉なのか。
ドキドキ激しく響く鼓動は、どちらのものなのか。
もう、悠理にはわからなくなった。



* * * * *




「なにじゃれてんだ、おまえら。」
エレベーターを降りてきた魅録が呆れたように声をかけた。
隣では野梨子も唖然としている。
いつの間にか戻って来たふたりは、着替えを持っているところをみると一旦部屋に戻ったあと、 風呂に向かうつもりだったようだ。

ようやく清四郎の腕が離れ、悠理は清四郎から飛んで離れた。
「また、あたいがからかわれてただけだよっ!」
真っ赤な顔の悠理を、憤慨してるためだと取ったのか。
野梨子が苦笑して清四郎を睨んだ。
「悠理をオモチャあつかいするのも、いい加減になさることですわね。」
「からかってるつもりはないんですけどねぇ。」
清四郎は小さく両手を上げた。
「それより、あなたがたは・・、」
なにか問いかけようとする清四郎を遮ったのは魅録だった。
「あー、俺ちょっと湯冷めしちまったみたいなんで、もう一回風呂入ってくるわ。 清四郎は先に部屋戻っててくれな。」
魅録の赤らんだ顔に、清四郎は苦笑を浮かべる。
「僕もお供しますよ。雪の露天風呂がいい感じじゃないですかね。美童ももう一度入っているようだし。」
「・・・。」
魅録の表情がわずかにひきつる。
清四郎は口の端を引き上げ、愉快気に魅録を促した。
「さ、行きましょう。」

男たちが浴場に消え。
野梨子と悠理は顔を見合わせた。
「外、寒くなかったか?」
「え・・・ええ、そうでもなかったですわ。」
野梨子は首を傾げる。どうして外に居たことがわかったのかと。
悠理はニヤリと笑みを浮かべた。
「そこの窓から見てたんだ。おまえらが相合傘してるとこ。」
「!」
野梨子の頬が薔薇色に染まった。
「ゆ、悠理だって相合傘くらいしますでしょう?」
「え?!せ、清四郎とか?!」
「いえ、魅録と。どうして清四郎ですの?」
今度は悠理が狼狽する番だった。
赤面してワタワタしている悠理に、野梨子は首を傾げた。
「私はこれからお風呂に入りますけれど。」
「あ、あたいも、もっぺん入るよ。」
娘たちは女湯の暖簾をくぐった。
双方、まだ薄っすら頬を染めたまま。



* * * * *




人影のない広い浴室の、外に通じるガラス扉の向こうが露天風呂だった。
「あたいらだけか。貸し切りみたいだ♪」
湯気で曇ったガラス越しに、可憐がひとり足だけ湯に浸けて岩に腰掛けている様子が見える。
「まぁ、可憐、寒くないのかしら。」
浴室内の湯船で体を温めた悠理と野梨子は、友人の元に向かった。
ガラス扉を開けた途端。
可憐のわめき声が聞こえてきた。
「だから、あんたは信用ならないっていうのよ!」
誰もいない空間に向かって叫んでいる可憐の剣幕に、悠理と野梨子は絶句する。

「それは酷いよ、可憐〜!」
応えは、竹を編んだ壁で遮られた男風呂から。

悠理は肩の力を抜いた。
「なんだ、美童かよ。」
可憐と美童は、露天風呂のあちらとこちらで言い争っていたようだ。
「向こうも貸し切り状態のようですわね。」
悠理たちに気づき、可憐が顔を向けた。
のぼせているのか、しかめられた顔も見事なプロポーションを誇る裸身も、 ほのかに紅く染まっている。
「ああ、あんたたちも来たのね。」
「可憐、湯冷めしますわよ。」
「ううう、さぶっ」
悠理と野梨子はザブンと湯に体を沈めた。
乳白色のこの地の温泉が適温で身に染み込む。
空から舞い降りる、結晶の文様が見えるほど大きい雪が、湯に落ちた瞬間溶けて消えた。
「いい気持ちですわね。」
野梨子が暗い夜空を見上げてつぶやく。
囲いに覆われた露天風呂から見える山々は黒くそびえ、雪が旅情を誘った。
しんしんと心地よい静寂が満ちる。
湯で繋がった隣の男風呂に、人の気配。
しかしそれも仲間たちだと思うと、安心感と一体感を感じる。

だけど、その静寂も、悠理がそれに気づくまでだった。

「なんだ、こりゃ。」
悠理が首を傾げたのは、湯船の少し上方にある小窓。
「なんで、こんなところに窓が?」
悠理は立ち上がって手をかけた。
「やだ、悠理、開くわけないわよ。そっちは男湯・・・」
可憐が皆まで言わないうちに、ガラリとあっけなく窓は開けられた。
40センチ四方の窓の向こう側には、悠理と同じく不審な窓に手をかけていたらしい突っ立った ピンク頭の男の顔。
「−−−−−−。」
「−−−−−−。」
呆然と悠理と魅録は見つめあう。

「「きゃああああああっっ!!!」」
静寂をつんざく、野梨子と可憐の悲鳴。

呆然としていた窓の両側の二人の声も重なった。
「「うわああああああっっ!!!」」

バシンと窓は閉められる。
「痛ぇっっ!!!」
勢いよく閉められた窓に、指を挟まれたらしい魅録の悲鳴が響き渡った。
「ご、ごめん、魅録!」
あわてて悠理が窓に隙間を作る。

先程は仁王立ち状態で窓の前に立ちはだかってしまった。
さすがの悠理も焦って冷や汗が出る。裸の上半身を男の前にばっちり晒してしまったのだから。

「親指挟まれた、くそぉ・・・」
男湯では魅録のうめく声がする。
「大丈夫ですよ、骨に異常はありません。」
「痛ぇ、清四郎、捻るなっ!」
「ねぇねぇ、どうだった、魅録?」
「だから、痛ぇよ!」
「そうじゃないよ。初めて女性の裸を見た感想は?」
「(初めてって・・・確信に満ちたその笑みはなんだ、美童!)・・・ 女性って、悠理だぜ?」
「一応女だろ、あいつも。おまえがジャマで、僕らには全然見えなかったんだよ。で、どうだった?」
「ど、どうって、あの美少年のヌードと変わらないっつーか。あれより色気ないっつーか・・・」

声はひそめられていたが、窓に張り付いたままの悠理にはしっかり聞こえた。
(後で殺す、美童!魅録、おまえもだ!)
赤面して歯ぎしりする悠理は、窓の向こうにもう一度悲鳴を聞いた。
「うぎゃっ」
ザプン。

大きな水音に驚いて、窓をそっと開ける。
「ゆ、悠理・・・!」
野梨子が抗議の声を上げた。
「大丈夫よ、野梨子。お湯に浸かってたらこの湯の色と湯気で何も見えやしないわ。 それでも心配なら、壁沿いに来なさいな。」
可憐と野梨子は窓から向こう側を覗いている悠理のそばへと湯の中を移動した。

窓の向こう側では。
「・・・なに覗いてんですか、悠理。」
清四郎が呆れた声を出す。
湯気の上がる乳白色の湯に、ピンク色がゆらめいていた。
「魅録は?」
「ここです。」
清四郎が湯に突っ込んでいた手を上げる。
ぶはっと湯の中から魅録が立ち上がった。
「ひ、ひでーな、清四郎!・・・うわっ、悠理!」
魅録は窓から顔を覗かせている悠理に気づき逃げようとしたが、にゅっと 突き出された手に髪を掴まれた。
「雅央よりなくて、悪かったなっ!」
「痛っ、やめろって!俺だって見たくて見たわけじゃねぇよっ」
ザブン。

「わっ」
悠理の手ごと、魅録の頭がふたたび湯船に沈められた。
もちろん、清四郎の手によって。

「わわわっ」
あやうく悠理は上半身を乗り出しそうになる。
「男湯にダイブする気ですか、悠理。ここは混浴じゃありませんよ。」
「お、おまえが急に引っ張るからだろー!」
肩から上を完全に男湯側に乗り出しているとはいえ、悠理は窓枠にへばりつき胸をかろうじて隠す。
その悠理の顔の真下から、ふたたび魅録が浮き上がってきた。
「ぶはっ・・・こ、殺す気かよ、清四郎〜!」
「魅録がこのぐらいで死ぬわけないでしょう。」
清四郎は笑みを浮かべている。
しかし、なにやら目が恐い。

「・・・大丈夫ですの?魅録。」
悠理の隣に、ぴょこんと黒い頭が覗いた。
さすがに顔を覗かせたりはしない、慎み深い野梨子だ。
「あ、ああ。」
げほげほ咳き込みつつ、魅録は湯の中を移動して清四郎から距離を取った。

口元を引き上げ、目を細めて魅録を見ていた清四郎は。
悠理と目が合った瞬間、わずかに頬を染めた。
こほん、と咳きつき、濡れて落ちた前髪をかき上げる。
その仕草さえ、らしくなく動揺しているようで、かえって悠理は落着きを取り戻した。

悠理は窓枠に肘をつき、男湯を見回した。
「なんか、男湯の方が広いよなー。」
先程の可憐のように、美童は岩に足を組み腰掛けている。
悠理の視線に気づき、ウインク。
タオルで腰を覆っているものの、美童は裸身を晒して余裕の表情だ。
その足元で湯に浸かり、ぐったり魅録は空を仰いでいる。
一番近くにいる清四郎は、悠理の視線から隠すように、たくましい上半身を湯の中に沈めた。
「ぷぷぷ・・・。」
「なんですか。」
「べっつにぃ。」
いつも余裕顔の清四郎が焦っているようなのが、小気味いい。
雪は降り続いている。
清四郎の髪に薄っすら積もった雪を、悠理は手を伸ばして払ってやった。
ついでに、髪をくしゃくしゃ混ぜてやる。いつも悠理がされているように。
「こ、こら、」
「いーじゃん。」
前髪を乱した清四郎は、少し幼くてなんだか可愛い。

「悠理?」
傍らの野梨子が、くふくふ笑っている悠理を見上げた。
「うん、野梨子も可憐も壁に張りついてないで、こっから見てみろよ。男湯からの方が景色いいぜ。」
「お、おい、悠理・・・。」
覗きを薦める悠理に、魅録の抗議の声。
しかし、躊躇する野梨子をよそに、可憐はひょいと顔を覗かせた。
「あら、ほんと。リンクが見えるんだわ。ライトアップされてて、綺麗だわね。 女湯からは暗い山しか見えないってのに。」
「可憐まで、勘弁してくださいよ。女湯を通り沿いに面するわけないでしょう。今は僕たちだけだから ともかく、人が来たらマズイですよ。」
「他人が来たら閉めるわよ。だけど、どうしてこんな窓があるのかしら?」
「そーだよな。まさか開くとは思わなかったじょ。」
「こっちからは開かないんだよ、その窓。」
「男湯から開いては困りますわ、魅録!」
友人たちの会話を黙って聞いていた美童は、ふふんと微笑した。
「わかんないかなぁ。ロマンだよ、ロマン。男性側からその窓をノックして、 交渉次第で女性が開けて対面できるようにさ。」
「ま、まぁ、はしたない!」
「はしたないって、野梨子。窓だから、体は添えずに心だけだよ?」

同じ湯に浸かり、同じ空を見上げ。
壁越しに心だけを沿わせ。

「たしかに、ちょっとロマンチックねぇ・・・。」
うっとりつぶやく可憐に、美童は微笑を向ける。
その視線に含まれた艶。
「ふ、ふん!」
可憐は窓から頭を引っ込めた。
こちらの交渉は、いまひとつ難航中のようだ。

けれど、窓は閉められはしなかった。

「悠理、寒くないですか。」
「ううん、全然。」
窓枠にかけた腕に頭を預け、悠理は清四郎に笑みを見せた。
ふたりの視線が自然に絡む。
もう、悠理は顔を背けない。うつむいたりしない。
自然に素直な気分になれた。心まで、裸になったように。

野梨子がおずおずと、悠理の肩口からようやく顔を覗かせた。
湯気の向こうには、素晴らしい夜景と、信頼する友人たち。
必要なのは、ほんの少しの勇気。
胸の奥に芽生えはじめた小さな、恋。
新しい自分が、そこから生まれる。

少しずつ、少しずつ、なにかが動きはじめていた。
それぞれの心の中で。
だけど、まだ変わらない。友情も、信頼も。

少しだけ、心が近づいた夜。
こうしていられるのも、いま少しだけ。
「・・・来て良かったな・・・。」
ぽつりと、悠理がつぶやいた。
その言葉に、可憐と野梨子は顔を見合わせて微笑む。
窓の向こうでは、魅録と美童と清四郎も。
幸せな夜。
誰か他の客が来れば、この窓は閉められてしまうけれど。
わずかに開きはじめた心の窓は、閉められはしないから。

だけど、今はまだ。
このままで、いたかった。

もう少しだけ――――このままで。








2005.2.27


はい、やってしまいました。勝手に続編。しかも、得意の(・・・)風呂場ネタ。でもねー、これ jenny様のネタフリなんですよ。青春時代、秩父の温泉でjenny様の体験した窓のある露天風呂の エピソードが元ネタざんす。
しかし、jenny様は「ゲホゲホするくらい甘〜い二組が希望♪」とおっしゃってたのに、魅×野は自覚未満、美×可は それ以前の状態。 清×悠は無自覚でもあれだけいちゃいちゃしてるゆえ、清四郎さえ自覚したら急展開でGOGOでしょうが、 他の二組は進展遅そう。(笑)
結局、本編中の悠理の空白の台詞も勝手な解釈でやっちゃいました。 あれが気になって気になって身悶えてたんですが、教えてくれないんですもの。 (どうも、ご本人にもわからないらしい・・・バラしちゃったよ。ごめんね、jenny様/笑)
ので、この話は私の勝手な解釈です。読んだ方それぞれ、もっと素敵な台詞を妄想するのが一番かと。 (そして、私にこっそり教えてください♪)

まだまだ妄想は尽きませんが、本編より「偽」が長くなるのも困りものなので、ここら辺で失礼します。
ここまで読んで下さった方、私の勝手な妄想暴走を快くお許し下さったjenny様に、お礼と投げキッスを お贈りします♪ チュッ


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