樹梨

二人のひそやかな息以外何も聞こえない。

夕食も終わって、本当なら二人でしっぽりとしているはずなのだが、今は

悠理が思いつめた顔で、そのうえうっすらと上気している。

さっきか挑戦しているのに、できないことへの、いらだちだろうか?

それとも自分からしたいと言い出したことへの恥ずかしさのためだろうか?

 

あたいには、やっぱ無理なのかな

自分から入れたいだなんて、言わなきゃ良かった・・・

う〜ん、何でだろ?角度が悪いのかな?

こうやって手をあてがって、入れるんだよな?

もう、清四郎にバトンタッチしたいなぁ

清四郎なんとかしてくれないかなぁ

 

「ああん・・・はいんないよ〜。

・・・こんなにも難しいなんて・・・」

ぼそぼそとつぶやいて、頭を左右にふっていやいやをしている。

と思っていたら、

少しうつむいて、上目使いでこちらをちらっと見る。

ああ、この目に弱いんだ。これを見てしまうと、なんでもしてしまいたくなる。

いいよ、悠理。僕がしてあげるから、と言ってしまおうか。

ほらこうやって、するのですよと、見せてあげようか。

と言っても、その時の悠理に見る気があるかどうかはわからないが・・・

 

 

 

今日の悠理は、いつもと違った。

あたいがする〜、まかせて。と言い出した。

いつも僕が難なく入れるのを見ていて、悠理がするのも大丈夫だと判断したらしいのだが・・・

初めてだと、そうはなかなか思い通りにはいかないらしい。

 

さっきから入れようと必死で、瞬きするのも忘れていたのだろうか?

目が充血しかかっている。

あまりに、一点に集中してしまってしたために・・・

 

だから僕に任せておけば、こんなに大変な思いをしなくても、良かったのに・・

タッチ交代で、僕に主導権を預けてくださいと、言いたいところだが・・・

今回は・・・

 

「何をいっているのですか?

 悠理から、こんなの簡単だって言ってきたのでしょう?

 いまさら止めるだなんて、許しませんよ。

何事も、経験が必要です。」

とすこし強めに悠理を諭す。

 

やはり、せっかくここまで頑張ったのだから、あと少し頑張ってもらおう。

成功体験が、人を大きくすると言いますからね。

これが上手くいったら、これからも悠理からしてくれるようになるかもしれないし・・・

もちろん、僕のほうが、上手にできるとは思うけれど、

たまには、してもらうのもいいかもしれない。

入れようと奮闘しているのを見るのは珍しいことだから・・・

そのしている姿を、もう少し見ていてたい。

 

 

「・・だってあたい、今まで自分から、したいだなんて、考えたこと無かったじょ・・・

なんだか、急にしたくなっちゃたから・・・

自分でも、ビックリしてるんだもん・・自分で言って、今こんなことになってる事が・・・

やっぱ清四郎は器用なんだよ・・・だから簡単に入っちゃうんだよな・・・」

ぶつぶつと言い出した。

 

 

かれこれこれを始めて、もう何分たったのだろうか?

あきらめずに挑戦をしているが、思うようにいかず

先がなかなか入ってくれない為かだんだんとあせりも出てきているようだ。

添えている悠理の手は、緊張のためか、はたまた疲れのためか、

かすかに震えている。

 

「一度で、入るだなんて思ってもいません。

こつが必要なんですよ、意外とね。

でも、だいぶ上手に、なってきたようだから

後少しで、入りそうですよ」

悠理の気力が完全に萎えてしまわないように、

清四郎は、節の無い長く大きな手で、悠理の手を外側から包み込む。

それを持っている手がすっぽりと包み込まれた。

 

その行為に、勇気付けられる。パワーの燃料の充填をしてもらえたみたいだよな。

できないかもしれないって思いはじめていたのに、清四郎に包み込んでもらえるだけで、

できそうな気がしてきたじょ。

あたいって、なんだか単純だよな。

これを自分からするだなんて言ったのも清四郎に喜んでもらい、ただそれだけだもんな。やっぱりちゃんとしたいから、ここで入れないと先に進まないもん。

 

よしっと、一声かけて気合いを入れなおし、

悠理は、両目をつむる。

そして、リラックスを促すように首を軽く回してから、

しっかりと目を開き、

もう一度、悠理が大事そうに持っているそれに集中する。

 

それなのに、

「あっ、先が【ピン】としなくなっちゃったよ

 どうしよう・・・?」

眉根を寄せて、情けない声で悠理が呟く。

 

「大丈夫ですよ、悠理。安心してください。

そんなときは、先だけを口に含むんです。ねぶってください。」

 

「んんっ〜」

悠理は、はいの返事を言うのを惜しいかのように素早い動作で、先をしっかりと含みだす。

そして口から出されたそれは、しっとりと露を含んだ先となり、頭を少し下げている。

 

「次ぎに、その先を、しっかりとしごいてくだい。

やさしく、でもしっかりと。

 

・・・そうそう、凄く上手だ、悠理・・・

 

ほら、そうすれば、またちゃんとピーンと立つだろう?」

 

「ほんとぉだぁ!!ちゃんと立ったじょ。

へぇ〜、ふにゃってなったら、口に含んでから、しっかりとしごくことが大事なんだな。

よぉし、これでばっちり、ばっちり。

いい角度になったもん。なんだか上手くいきそう。

今度こそ、ちゃんと入れて見せるからね!」

悠理の体から気が出てきて、その気が蒼白い炎となって全身から立ち登った。

 

またもや結合させるべく姿勢に体を持っていく・・・・

4つの目が、先の一点にそそがれる。

 

悠理が、息を潜める。

清四郎に見られていることを解っている為か、

だんだんと体が硬くさせていく。指先も小刻みに震えだした。

 

「悠理、もっと肩の力を抜いて・・・

力を入れすぎると、入るものも、入らなくなるから・・・」

 

悠理に感化され同じように思わず全身を硬くした清四郎は、息を潜めて小声で呟く。

 

「もう少し・・・あと少し・・・」

 

清四郎が、言葉で先導する。

2人が、穴に視線を集中させる。

先がゆっくり、ゆっくり、悠理に導かれて入ろうとしている。

 

 

「あっ、入った!入ったよ!!!」

やっと入ったことの喜びで、我を忘れて、手がガッツポーズを作ろうとする。

 

「まだ、止まったらだめだ!悠理。先をもっと奥まで入れないと・・・」

 

「あっ、抜けっちゃったぁ。

 もう、だめ・・・

あたい、もう入れる気力なんか残って無いよ・・・」

何かの抜け殻のように脱力していて、目の焦点も合っていない。

悠理は、最終回での「あしたのジョー」のように真っ白に燃え尽きていた。

 

「今日は僕が1人で処理しますから、もういいですよ、悠理。

一回でできるなんて思っていないから、次に、またしてみましょう」

今日はダメだったけれど、自分からしたいと言い出す自体が進歩ですからね。

清四郎は、満足げに、悠理を見つめている。

 

 

 

 

 

 

 

夕食後、清四郎の着ているシャツのボタンが取れていたのに

気付いた悠理が、自分でつけたいと言い出した。

それには、まずは針に糸を通さないと、いけない。

しかし、悠理は針の穴に糸を通すことすら、一度も経験したことが無いらしい。

家庭科の時間のときは、どうしていたのですか?

と聞こうかと思ったが、清四郎は思い直す。

どうせ、何にもできない悠理のために、悠理ファンの娘たちが悠理の代わりに喜んでしていたのでしょう。

悠理に近づこうと、てぐすね引いて待っていましたからね。

 

 

 

まだボタンをつけるという作業が残っていたけれど・・・

悠理は、針と糸を持ったまま、ぷすぷすと燃え尽きていた・・・

 

 

 

 

 

 

 

チャンチャン♪



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こりゃダメだ、脱出!