清四郎くんのためになるウンチク講座〜仕掛人梅安編〜 ある夏の日、花火大会の夜。 悠理は、夜空に咲いた華々を堪能し、またたこ焼きやら、焼き鳥やらをたらふく食べ機嫌よく家に戻った。 清四郎は先にシャワーを浴び、バスローブ姿になって、花火の余韻を洗い流した。 これから楽しい夜の始まりである。 ビール片手にリビングへ戻ると、浴衣姿のまま、悠理がテレビにかじりついていた。 「清四郎、ついてるぞ〜。今日は24時間まるごと仕掛人・藤枝梅安だぞ。おまえ、梅安も好きだろ」 満面の笑みで悠理に問われた清四郎は、苦笑を浮かべつつ、 「好きですよ」 と、答えた。 (…って、この間は鬼平で、今度は梅安ですか…時@劇専@チャンネルも困ったもんですね…) という言葉を飲み込んで。 「あれ〜、この梅安、見たことあるぞ」 悠理がじっと見つめる先には、きらり〜んと仕掛針をくわえた渡辺謙がいた。 「渡辺謙さんですね。ラストサムライに出ていた人ですよ」 「あ、あのトム・クルーズとタメ張ってたおっちゃんかあ。ただもんじゃないと思ってたんだよなあ。仕掛人だったのか〜」 清四郎は、悠理の勘違いを苦笑しつつも、梅安ファンとしては正しい知識を教え込まねばという意欲が湧いてきた。 「悠理、仕掛人とは池波正太郎先生の創作なんですよ」 「え、ほんとにいたんじゃないの?」 「いませんよ。豊作さんの好きな必殺シリーズの一作目は、池波先生の仕掛人が原作ですが、それ以降はコンセプトだけとって作られたのです。だから、仕掛人という言葉は使えなくて、仕置人とかになったんです。必殺仕掛人は大人気で、裏番組の木枯らし紋次郎は終了に追い込まれたんですよ」 「へえ、必殺って梅安が元なんだ」 「最初に映像化された時の梅安は緒形拳が演じてました。必殺シリーズの1作目ですね。次は、スペシャルの2時間ドラマ枠で小林桂樹、こちらはちょっと老け気味の梅安でしたけどね。で、その後がこの渡辺謙です。映画版では、萬屋錦之介が梅安を演じてます」 「拝一刀だな!」 悠理は、どうだと言わんばかりに錦之介の役名を挙げた。 鬼平の時に学習したらしい。 「こばやしけいじゅって、誰だ?」 清四郎はふふんと鼻を鳴らすと、 「お前にはちょっと渋い役者ですね。東宝のサラリーマンシリーズなどで有名な役者ですがね。最近では、ほら、おじいさんが携帯を使えるようになるコマーシャルに出てますよ」 「えっ!あのじいちゃんが、梅安?」 悠理は、画面の渡辺謙とのイメージの差に、首をかしげている。 清四郎はコホンと咳払いをすると、 「仕掛人・藤枝梅安は鬼平犯科帳や剣客商売に比べると、話数が少ないんです。文庫本で7冊しか出ていませんからね。最後の梅安冬時雨は、連載途中で先生が亡くなっているので、終了もしていません。僕なんかあの続きがどうなったか、考えるだけで眠れなくなります」 清四郎がぐっと握った拳に力を入れた。 「梅安には仲間がいます。楊枝職人の彦さん、この役は小林版で田村高廣、お前の好きな古畑任三郎の田村正和のお兄さんですがね、彼がやりました。渡辺版では橋爪功ですね。ちなみに映画版では錦之介の弟の中村嘉葎雄が演じています」 だんだんと熱を帯びる清四郎の語りに、悠理は呆然と彼の顔を見上げた。 清四郎はビールをぐいっと飲むと、 「仕事を依頼する元締めは、音羽の半衛門と言いまして、必殺版は山村聡、小林版が中村又五郎、渡辺版は田中邦衛が演じました。ほら、北の国からのお父さんですよ。「おい、ほたる〜」って言っていたおっちゃんですよ(クスクス)」 清四郎は語りながら、何気に田中邦衛の顔真似までしている。 他のメンバーが見たら、ひっくりこけそうな図であった。 「仲間というか、彼らと関わる浪人剣客、小杉十五郎という人も出てきます。小柄な体躯ゆえ、小杉という名らしいのですがね。この役は小林版は柴俊夫、渡辺版のスペシャルでは中村橋之助、レギュラー版では阿部寛が演じました。でもですね、小柄なはずの小杉十五郎が阿部ちゃんてのは、どうも僕には納得いかないんですよ。あれじゃあ大杉十五郎になってしまうじゃないですか…ねえ、悠理…」 同意を求めようと悠理を見ると、彼女は話に退屈したのか、こっくり、こっくりと船を漕いでいる。 清四郎は愕然とし、ついつい熱く語ってしまった己を恥じた。 悠理に流れるように語っても、彼女の脳みそでは明日になっても覚えているのは、乳母車を引いた長谷川平蔵が口に仕掛針をくわえている図ぐらいであろう。 清四郎は、 「ふむっ」 と、気合いを入れると、居眠りをしている悠理の体を引き寄せた。 「うわわわわ、なんだ」 いきなり、体を引っ張られ、悠理は目を覚ました。 清四郎は、悠理の頭をぐいっと抱えると、顔を下に向かせ、うなじが見えるように髪をかき上げた。 「な、何すんだよ」 清四郎は、悠理のうなじの盆の窪に指を当てると、 「ここが盆の窪といって、いわば急所です。梅安はここに仕掛け針を突いて殺すんですよ」 「そ、そうなの」 悠理は清四郎のしなやかな指が盆の窪あたりを撫で回すので、ざわざわと肌が粟立ってきた。 「悠理も、ここは弱いですよね」 そう言うと、ぺろ〜んと盆の窪を舐めあげた。 「ひっ!!!!!」 身を捩って逃れようとするが、清四郎にがっちりと抱きかかえられ、悠理はじたばたするだけである。 「さて…僕の仕掛針も着々と研がれつつあります…」 「な、なんだよっ、仕掛針って…」 悠理が首を捩って清四郎を見ると、彼は満面に笑みを浮かべていた。 こういうときはロクなことを考えていない。 悠理はそれを身をもって知っているゆえ、いっそう逃げようと抵抗する。 「往生際が悪いですよ。ふふふ、僕は悠理を天国へ送る急所をちゃんと知ってますから、安心してください」 「し、知らんでいいい〜〜〜〜」 「ちゃらら〜ん…仕掛針、準備完了」 「うぎゃあああああああああああ」 いっそ、ひとおもいに即死させてくれと悠理は願ったが、清四郎は微妙に急所を外し、@@@@なことや、@@@@な責めを存分に悠理に味合わせた。 彼女が天国へ行ったか、地獄へ堕ちたかは、清四郎しか知らない。 |