清四郎くんのためになるウンチク講座〜剣客商売編〜 ある夏の日、盆踊りの夜。 悠理は、飛び入りで清四郎とともに和太鼓を叩き、気分が良かった。 また焼きとうもろこしやら、イカ焼きやらをたらふく食べ機嫌よく家に戻った。 悠理はシャワーを浴び、パジャマ姿となり、心地よい疲労感を味わっていた。 これで、今日はぐっすり眠れる。 ビール片手にリビングへ戻ると、先にシャワーを浴びた清四郎がパジャマ姿でテレビにかじりついていた。 「悠理、ついてますよ。今日は24時間まるごと剣客商売ですよ」 満面の笑みで清四郎に言われた悠理は、ふと嫌なことを思い出した。 鬼平犯科帳の時も、仕掛人・藤枝梅安の時も、TVを見るどころか、(悠理にとって)たっぷりと責め苦を味わわされた (…って、まさかまたこの間みたいな展開になるってんじゃないだろうなあ) という言葉を飲み込み、悠理はじりじりと後ずさった。 「ほら、悠理も一緒に見ましょう。面白いですよ」 清四郎は自分の横にクッションを置くと、ぽんぽんとその上を叩き、悠理を誘った。 「この回は、妖怪小雨坊ですよ」 画面から、不気味な妖怪のような男が、にたりと悠理に笑いかけた。 「こ、これって、怖いのか」 「ホラーじゃないですよ。可哀想なお話です。見た目が人間離れしているがゆえに親にも疎まれた剣客が、ただ一人自分を身内と思ってくれる弟のために、秋山親子に戦いを挑むんです」 清四郎は、そう言うとまた画面に釘付けになった。 これなら、今晩は穏やかにテレビを見られるだろう、悠理はそう思って、清四郎の横に座り込んだ。 画面では、実の父親が小雨坊に斬りかかり、返り討ちにあう場面が映し出されている。 「ひでえなあ…実の親が、子を斬ろうなんて」 悠理がやり切れないというような表情を浮かべた。 「ほんとですよねえ。まあ、この男も気の毒なんですが、やはり人間としてはいただけません。関係ない人を殺したりもしていますからねえ」 「それに比べると、この秋山親子は仲がいいなあ。あんな若い嫁さんもらったとうちゃんなのに、息子はとうちゃんにも義理のかあちゃんにも孝行してるもんなあ」 「ええ、秋山大治郎は若いながらなかなかできた御仁ですよ」 清四郎は心から感嘆するように、大きく頷いた。 悠理は、画面に映る大治郎の顔を見ながら、 「こいつって、ケイゾク?」 「ええ、ケイゾクに出ていた渡部篤郎です。彼が藤田まこと版の初代大治郎です」 「初代って…二代目がいんの?」 「ええ、山口馬木也といって、万作おじさんの好きな水戸黄門の夜叉王丸ですよ」 「鬼若のライバルだなっ!」 悠理はふんっと鼻を鳴らした。 さすが肉体系の役者には強い。 清四郎はコホンと咳払いをすると、 「剣客商売はいままで3回映像化されました。TVシリーズは最初が秋山親子を山形勲と加藤剛。次にスペシャル版で中村又五郎と加藤剛が演じています。中村又五郎さんは歌舞伎の役者さんですが、彼が秋山小兵衛のモデルなんですよ」 「へえ、そうなんだ。で、このおっちゃんが三代目?」 悠理が藤田まことを指さしながら、にやにやと笑っている。 清四郎はふふんと笑うと、 「悠理、言っておきますけどね。決して中村主水が年取って、奉行所をやめた後、りつと別れておはると結婚して、名前を秋山小兵衛に変えたんじゃないですからね」 悠理はぐっと詰まると、顔を真っ赤にし、 「あ、あたりまえだろ、中村主水じゃないのくらい知ってらあ」 悠理、図星だったようである。 「あ、あたい、このねえちゃん、好きだな」 話をそらすかのように大声をあげた悠理の指の先には、颯爽とした、男装姿の佐々木三冬がいた。 「カッコいいよな。女なのに強いし」 「佐々木三冬は老中田沼意次の愛妾の娘で、正妻に阻まれ手元で育てられず、家臣の佐々木某に託しました。だから佐々木姓なんですね。女ながらに一刀流の使い手です。この佐々木三冬を見ると、僕は悠理を思い出します」 「へ?なんで」 「いいとこのお嬢様で、男勝りで、強くって、それでいて美人だ…」 清四郎の言葉に、悠理は耳まで真っ赤になった。 「な、何言ってんだよ…」 もじもじと、恥じらいながら俯いた悠理の、パジャマの胸元がうっすらと染まっていくのを見て、清四郎はごくりと咽を鳴らした。 24時間、剣客商売を見ている場合ではない。 清四郎は悠理を抱き寄せると、耳元で囁くように、 「三冬は剣術一本で、父親のせいか男に幻滅していたのですが、秋山親子に会って変るんですよ…」 「う、うん…それで?」 「三冬は大治郎と結婚して、剣術よりも素晴らしいものを知るんです」 「剣術よりも?それって、なに?」 「教えて欲しいですか」 「うん。あたいの知らないこと?」 「いいえ…悠理はもう知っていますよ」 「え、なに、なに」 清四郎は、悠理のパジャマのボタンを外しながら、耳元で、 「@@@@ですよ」 と、囁いた。 悠理は咄嗟に清四郎にパンチを入れたが、容易く躱された。 「は、話、作ってんなよっ」 清四郎は平然と、 「作ってなんかいませんよ。文庫本の「新妻」の114ページに二人の寝間の様子が描かれてます。そこには、(剣術のほかに、このような、すばらしいものがあろうとは、結婚前の三冬の、まったく予期せざるところであったといえよう)、とあります。悠理だって、僕と@@@@した後、そう思ったはずですよ」 しらっと言う清四郎に、悠理は真っ赤になって今度は蹴りを繰り入れた。 それもあっさりと躱されたが… 清四郎にじわじわと追いつめられた悠理は、愛想笑いを浮かべ、 「清四郎ちゃん、ほら、剣客商売、見なくっちゃ。せっかく第一シリーズから放映してるんだろ」 悠理の言葉に清四郎はにっこり笑って、 「大丈夫です悠理。僕は山形版も、藤田版も、スペシャルも、すでにDVDに録画してありますから」 「げえっ」 悠理は、思わず清四郎が言うところの池波正太郎定番の「げえっ」を漏らし、思わず、手で口を覆った。 「さあ、悠理、二人で無外流の奥義を極めましょう」 「なんだよっ、無外流の奥義って」 「僕はすでに免許皆伝ですから、悠理にもそれを伝授しますよ。突くも、引くも自由自在です」 「だからっ、何の免許が皆伝なんだよっっ〜〜〜」 何が何だか意味がわからないまま、悠理は清四郎から真剣での勝負を挑まれ@@@なことや、@@@@な責めを存分に修業させられた。 彼女が免許皆伝となったかは、清四郎しか知らない。 |