清四郎くんのためになるウンチク講座〜Pちゃんの秘密編〜 土曜日の朝、時計の指す時刻は午前6:00。 悠理の部屋の天蓋付きベッドの中で、清四郎は寝返りを打ちつつ、隣に眠る愛しい恋人を引き寄せようとした。 しかし、いるはずの恋人の姿はなく、清四郎の腕はただ空をかき抱くだけだ。 清四郎は二度三度瞬きをしてから、ゆっくりと起き上がった。 床に散らばっているロープや鞭が目に飛び込んできて、昨夜の激しい愛の営みに思わず苦笑する。 とりあえず椅子に掛けてあったハリケーン悠理のガウンを羽織り、清四郎は少しだけ流れる音楽を頼りに隣のリビングへと向かった。 「ベッドにいないと思ったら、よほど気に入ったようですね」 ソファに腰掛け、膝を抱えてテレビを見ている悠理に向かって清四郎は声を掛けた。 悠理はというと、清四郎のあちこちビリビリに裂けたシャツを着ているだけで、裂け目から覗く滑らかな肌と、裾から伸びるスラリとしたラインの美しい足が妙に艶かしく感じられた。 昨夜も何度も愛を交わした筈なのに、それでも悠理を求めて止まない自分がいる。 清四郎は己の欲求の深さに、フッと笑みを浮かべた。 「こいつを見ていたんだ」 そう言って画面を指差す悠理の脇へとやって来て、清四郎は隣に腰を下ろした。 大画面のプラズマテレビに映し出されたものを、二人は肩を並べてじっと見つめた。 「ピ〜〜〜〜〜ッ!」 そう画面から問い掛けてきたのは、正面から見れば顔のある白い長方形、真横からみるとPの形をしている―――Pち@んだった。 「やっぱり、ポンキ@キーズですか。よほど気に入ったとみえる」 「うん」 清四郎の問い掛けにも言葉を返すだけで、悠理はPちゃ@に向かって熱い視線を送り続けている。 そうか、そんなにファンだったのか、と清四郎は思わず笑みを浮かべた。 しかし、いくら待っていても一向に自分を見ることさえしない悠理に、清四郎は@ちゃんに対し、胸が焦げるような熱い嫉妬心さえ抱いてしまった。 ―――こうなったら、何がなんでも自分にその視線を向かせて見せる!その為には誰にも告げることなく抱えていた秘密さえ、悠理に話してしまおう! そう心に決め、清四郎は大きく深呼吸をした後、ゆっくりと口を開いた。 「さすがの僕でも、P@ゃんにはお手上げですね」 ピクリと悠理の肩が動いた。 ゆっくりと彼女の視線がテレビ画面から清四郎へ移っていく。 悠理の顔は驚愕で両目が目いっぱい開かれていた。 「そんなに凄いのか?」 「勿論です。僕だって不可能ですよ、彼を理解するのは」 一段と目を剥く悠理。 「お前でもか?どんな風に凄いんだ?」 コホンと咳を一つすると、清四郎の口が滑らかに言葉を紡いだ。 「だって、考えてもみて下さい。『ピー』またはP音(パ行)しか喋れないんですよ?それなのに4,000語以上もの言語を認識するのですから、侮れませんね。おまけに……」 清四郎は眉を顰めて、ずぃっと悠理に顔を近づける。 「おまけに?」 悠理も息を飲み、ゴクリと喉を鳴らした。 「彼は、人間ではないんです」 真面目な顔で答える清四郎に、悠理ははぁと肩を落とし、呆れたように呟いた。 「あたいも人間だとは思ってないじょ。でも今回だけは、何だか全くわかんないや」 そんな悠理の言葉に、薀蓄をたれるのが大好きな清四郎は、腕を組み、背中をやや反らせて語り出した。 「そうでしょう、そうでしょう。悠理が解らないのも当たり前、だって彼は地球外生物ですから」 「嘘!!なんでそんなのがポンキッキーズに出ているんだ?しかも、出演者はPち@んの言葉が解ってるみたいだし!」 悠理は大きく目を見開き、清四郎のガウンの襟を取り、ガクガクと揺すった。 そんな彼女の手をそっと押さえ、清四郎は襟を正す。 「それこそ、ポンキッキーズの摩訶不思議な世界であり、魅力でもあるんですよ」 その答えに、なんだ、と声を上げた悠理は、再びテレビ画面へと視線を戻し、鼻でフンッと笑った。 「結局はお前でも解んねぇってことだな」 聞き捨てなら無い、とばかりに、清四郎は目を吊り上げ、身振り手振りを交えながら自らを擁護した。 「何を言うんですか!解らないんじゃなくって、そこが研究対象でもあり、僕の心を鷲掴みにする魅力溢れた……」 しかし、悠理は口元に笑みを浮かべながら、無常にも清四郎の言葉を遮る。 「だーかーらー、解んないんだろ?」 「くっ……」 悠理にそう断言され、清四郎は言葉につまり、顔を赤らめた。 そう、清四郎にとって解らないことは恥なのだ。 ―――だって、仕方ないじゃないですか。調べようにも、相手はピーピーとか、ピピッピーとか、訳の解らない言葉しか喋らないんですから。 清四郎は、ソファの上で膝を抱えて背中を丸め、一人寂しそうに、のの字を書いていた。 少し気まずい沈黙が流れ、二人はTVへと視線を戻した。 画面では再びP@ゃんが現れ、子供達と仲良くお喋りをしていた。 「それよりもさ……」 悠理が何かに気が付いたのか、不意に口を開いた。 「さっきからピーしか喋ってないし、それしか喋られないんだろうけどさ、こいつはそれで楽しいのか?」 清四郎は言い負かされてしまったことが滅法悔しかったのか、早速悠理が振ってくれたネタに飛びついた。 「以前動物園でオラウータンと仲良くなろうとしたらしいのですが、その時は目いっぱい敵意をむき出しにされたそうです。その時は流石にショックだったようですが……でも、他にちょっとした趣味も持っているので、それはそれで楽しいみたいですよ」 この答えに満足したのか、悠理はふんふんと相槌を打ちながら聞き入っている。 それに気を良くした清四郎の口は、一段と滑らかになった。 「Pち@んは銀河系・アルファベット星のP島に生まれ、誕生日は1月6日。そして、彼の得意なものは何か知っていますか?」 悠理は得意そうに語る清四郎に向かって、ぷるぷると頭を左右に振った。 「知らない。何?教えてよ」 「それはですねぇ、ジェスチャーです」 「ジェスチャー?今どき?」 かなり意外だったのか、悠理は目を丸くして驚いている。 「はい」 「そして彼はプロレスが大好き。おまけに阪神ファンで、趣味がZIPPO集めという渋いお方なんです」 清四郎の泊まらない説明に、真剣に耳を傾けたいた悠理が口を挟んだ。 「ふーん。……なんか、もろオヤジじゃん。それに……」 クスリと笑う悠理に、清四郎は眉根を寄せて、訝しげな視線を送った。 「どうしました?」 「いや、魅録と時宗のおっちゃんを合わせたみたいだな、って思ってさ」 「言われて見ればそうですね」 そうそう、と面白そうに笑う悠理の視線をさらに釘付けにするべく、清四郎は悪戯っぽく笑って見せた。 「まだ知りたいですか?Pちゃ@の秘密」 悠理も笑顔で大きく頷いた。 「うん!」 不意に清四郎は悲しげに目を伏せ、声を潜めながら言った。 「驚かないでくださいね?Pちゃんには、A〜Z型までの『アルファベッツ』という仲間がいるんです」 不意に悠理の目に涙が浮かんだ。 「良かったぁ!@ちゃんにも仲間がいたんだ!」 うれし涙なのだろうか、P@ゃんにも仲間がいたことに、涙を浮かべて喜ぶ悠理が清四郎にはとても愛しく感じられた。 「そうなんです。ですから、悠理も安心して下さい」 清四郎は悠理を見つめ、にっこりと笑った。 「そして、これこそ最強の秘密!」 悠理が喜んでくれたことで、清四郎の口は一層滑らかになる。 「な、何だよ?」 悠理は手の甲で涙を拭いながら聞き返すと、清四郎は右手の人差し指を口に当て、真剣な眼差しで悠理を見つめた。 「しぃ〜っ!子供には絶対に秘密なんです!」 周りに子供などいやしないのだが、悠理はコクコクと真剣な表情で首を縦に振った。 「実はですね、彼の背中は青と緑に変えられるそうなんです!!ということは……」 「ということは?」 「Pちゃんが2体いる、ということですね」 「ひえ〜っ!!」 思いがけない言葉に、悠理は絶叫を上げ、上半身を仰け反らせた。 そんな悠理に清四郎は更なる追い討ちを掛ける。 「ですから、イベントでお出かけ用とスタジオ待機用の気ぐるみがある、と僕は推測しています」 「そ、そんなのヒドイよぉ!」 今度は拭いきれないほどの大量の涙を流し、わんわんと泣き始めた。 そんな愛しの恋人を慰めるでもなく、目を閉じて腕を組み、うんうんと己の世界に浸っていたのだった。 「そうやって子供を騙すなんて、誠に嘆かわしい世の中ですねぇ」 「違うわい酷いのはお前だい!!」 泣きながらそう叫ぶ悠理に、全く心当たりのない清四郎は首を捻った。 「はい?」 「さっきは地球外生物だって言ったのに、なんで気ぐるみだなんて言うんだよ!!あたいは清四郎のこと信じていたのに!!宇宙人だって信じていたのにぃ―――っ!!」 いつまでも泣き止まない悠理に、流石のニブチン清四郎も、よしよしと背中をさすって慰めた。 「悠理、僕が悪かったです。泣かないで下さい」 そんな清四郎の言葉にも、悠理は泣き止もうとしない。 「だって、あんまりじゃないかよぉ」 「困りましたねぇ」 清四郎は腕を組んで、愛しい彼女を慰める方法を思案し始めた。 やがて、清四郎の口角が上がった。 「では、悠理にもっと凄い秘密を特別に教えましょう」 頬に涙の後を幾重にも残し、目にも涙を浮かべたまま見上げる悠理に、飛びかかろうとするけだもの精神を抑え、清四郎は口を開いた。 「何?」 清四郎は悠理の耳元へ口を寄せ、こう告げた。 「実は、悠理がまだ知らない面が僕にはあるってことです。お前にはまだ見せていない世界がね」 「き、昨日の夜以外にも?」 「あれで全てだと思ったんですか?」 恐る恐る問う悠理に清四郎がにやりと笑って応えた。 「僕は彼のように宇宙人ではありませんが、まるで宇宙空間を浮遊するよう素敵な世界へと誘う様努力しましょう!」 そして、再び清四郎は悠理の耳に口を寄せた。 「ピー(自主規制)とピー(自主規制)ではどちらが良いですか?」 「ピーピー言うな!お前はPちゃ@かっ!!」 そんな悠理の抵抗も空しく、ひょいと抱えられ、ダッとベットルームへと突進し、バフンと音を立てて、清四郎は昨夜の余韻が残るベッドへと飛び込んだ。 「悠理が決めてくれないので、僕が決めますよ?では、今日はピー(自主規制)ということで」 そう嬉しそうに語る清四郎を悠理は睨みつけた。 「バカたれ!」 すると、清四郎は三度悠理の耳へ口を寄せた。 「ええ、二人でバカになりましょう」 そして、悠理の頬は赤く染まった。 そんなロマンティックなオチには到底なるはずもなく、清四郎は膝立ちになって悠理を跨ぎ、ハリケーン悠理のガウンをバッと開いて床へ投げ捨てた。 「悠理、心の準備はいいですか?」 自らを見下ろし、そう告げるとガバリと悠理に覆いかぶさろうとした、とその時、清四郎の体重を利用してサラリとかわした悠理は、逆に彼の上に跨った。 「清四郎、たまには責められる側もいいもんだろ?」 「えっ、あっちのピー(自主規制)じゃなくって、こっちのピー(自主規制)ですか?」 清四郎の顔色が一瞬にして青くなったのに対し、悠理は面白そうに清四郎を見下ろしたあと、ガバッと覆いかぶさった。 「や、止めろ!!……あっ……」 こうして二人は一日の始まりを過ごしたとか過ごさないとか…… |