ぽち編




うららかな日差しを浴びながら、ソファでうたた寝をする悠理に、清四郎が近付いた。
仔猫のように身体を丸め、彼のルームメイトは軽い寝息を立てている。
二人が『同居』を始めて、ひと月ほどが経過したある日のことだった。

「悠理」
耳元でそっと呼びかけると、ぴくりと瞼が動く。
それから、ゆっくり悠理は長い手足を伸ばし、うーーん、と言いながら思いきり欠伸をした。
さんざん外で運動をした後のせいか、彼女は部屋に戻るなりシャワーも浴びずにソファに寝転がってしまったのだ。

「風呂を沸かしたので、たまには一緒にどうかと思いましてね」
清四郎はニヤリと笑った。
予期せぬ言葉に、さすがの悠理もソファの上に跳ね起きた。
「え!?な、何言ってんだよ…」
「だって、そのままじゃ、汚いじゃありませんか」
彼の視線の先では、確かに泥にまみれた柔らかな毛が揺れている。
「でも、いーよ。お前が入ったあと、あたい…」
髪を掻きあげ、困惑顔で頭を左右に振る悠理を安心させるように、清四郎は胸に手を当てて片目を瞑って見せた。
「僕もたまには飼い主らしいことをしたいですからねぇ」
「だ、誰が飼い主だとぉ!?」
悠理が振り上げた右手は、易々と受け止められてしまった。
「まぁまぁ。隅々まできれいに洗ってあげますから」
彼はかわいいペットを軽々と抱き上げた。
いいってば!と叫ぶ悠理の声も空しく、清四郎は鼻歌まじりで浴室へと向かった。



適温に調節したシャワーを、清四郎は白い脚へとかけ始めた。
「お湯加減はいかがですか?お嬢様」
揶揄するような口調にも、返事はない。
初めて触れられる緊張のせいか、茶色い瞳が彼を睨むように見上げていた。

清四郎は腰にタオルを巻いただけの裸身で、椅子に浅く腰掛けている。
震える身体をゆっくりと湯に馴らしてやりながら、ソープを手に取って泡立てる。
「ね、やさしく…してよ?」
悠理が、不安げな声を出した。
「心配ありませんよ」

泡まみれの手で、背中をそっと撫でてやる。
そのまま滑らせるように、首から胸へとその手が移動する。
揉むように、ゆっくりと長い指が蠢く。
清四郎の腕の中で、茶色い瞳が気持ちよさそうに閉じられた。

悠理は唇を噛んだ。
正直なところ、悔しかったのだ。
何でも、結局は清四郎の思う通りになってしまう。
一緒に暮らし始めて、まだたったの1か月だというのに。
まさか、こんなに早く、こんなことに…なってしまうなんて。

再び、シャワーの音が響き始めた。
ハッと悠理は目を開ける。

「悠理、タオル」
「はいっ!」
扉の隙間から、慌ててタオルを広げて差し出すと、ひょいとフクがその上に乗せられた。
彼女は、まだ夢見心地に瞳を閉じている。
そして、
「なぁーーん」
飼い主を見上げ、嬉しそうに一声鳴いた。

「そーかよそーかよ。育ててやったあたいより、あんな奴の方がいいのかよっ」
悠理は濡れた白い毛並みをガシガシと拭いてやる。
「いいじゃないですか、悠理。拗ねてないでタマを連れて来て下さいよ」
浴室から、涼しい声が聞こえる。
「ふん。自信家。タマは、フクほど大人しくお前の言いなりになんかなんないぞ。五代だって、さんざん引っ掻かれたんだからな!」
「大丈夫ですって。動物の扱いは、悠理で慣れてるんですから」
「一言多いわ!」
「…タマの前にお前を洗ってやる。来い」

「ふ ふざけんなーーー!!!!!」


浴室に放り込まれたタマが、大人しく洗われたかどうかは、定かではない。
そして、悠理が洗われる日が訪れるかどうかも…。






チャンチャン♪


次、行ってみよー!
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こりゃダメだ、脱出!