~刹那の恋・淡雪~おまけ

 かめお様作


 

 

 「あ、なりませぬ」

障子を通して艶めかしい声が聞こえてくる。

衣擦れの音、熱い吐息。

普通なら開けることを躊躇うようなその場面、悠理は勢いよく障子を開いた。

 

「お前ら…煩悩を捨てたんじゃないのかよ」

眉を顰めて呟く悠理を前に、身繕いをしながら居住まいを正す美童と野梨子は、ばつが悪そうに笑い、

「人間の業とは深いものなんだよ」

「そうですわ。その業を払って差し上げるのも仏に帰依したわたくしの役目ですもの」

「…お前ら…いいタマだよな…」

悠理がはあっと溜め息をついた。

庭先では顔を赤らめ呆然と立ちすくむ松竹梅家の新当主と奥方、そして、御典医として江戸城にも上がるようになった菊正宗家の当主がいた。

悠理の夫である清四郎は笑いを堪えるように、

「まあ、まあ。野梨子も今やこの寺の安寿。美童も江戸一番の役者。お互い、四年も我慢したんですから…」

「だからって…いいのか、それで」

悠理は納得がいかない様子だ。

 

あれから五年。

魅録と可憐の間には三人の子が、悠理と清四郎にも昨年、長男が産まれた。

みな、好きあっていながら別の世界で生きる野梨子と美童を常に気にかけていたのだが…

ふたりは、ちゃっかりよりを戻していた。

それも、尼僧と役者という、まるで絵草紙の中の禁じられた関係として…

 

「おほほほほ、まあ、お茶でもいかがですかしら」

野梨子が艶やかな紫の衣を翻し微笑んだ。

ぞくりとするような色気のある笑。

「ううっ」

思わず、魅録が背を震わせた。

「人間の業と煩悩について、野梨子に語ってもらわないといけませんね」

清四郎の言葉に、みな苦笑を浮かべる。

だが、どこかで安堵もしていた。

この二人が幸せそうであることに…

 

 

 

 

終わり

表紙

素材:季節素材の雲水亭