エロティカ・セブンhachi編




「エロティカ、な二人の、エロティカな、夜。」〜前編〜



情事のあとの倦怠感と、逞しい腕が悠理を包んでいる。
戯れながら交わす、くちづけ混じりの睦言も、幸福を倍増させる。
それは麻薬に似ていて、一度でも味わうと最後、病み付きになってしまう。
病み付きになるのが当たり前である。
何しろ、欲しくて欲しくて堪らなかった、片恋の相手が恋人になったのだ。
彼の腕の中にいると、幸せのあまり、蝶々になってふわふわ飛んでしまいそうで。
本当に身体が浮かんでしまわぬよう、悠理は彼の胸に顔を押しつけて瞳を閉じた。


悠理が半身を起こすと、案の定シーツの間から手が伸びてきた。
「どこへ行くんです?」
「トイレだよ。」
短く答えて、悠理をベッドの中に引き込もうとする手を押し戻す。すると、枕とシーツの間から、清四郎がひょいと顔を覗かせた。整った顔に乱れた髪がかかり、眩暈がしそうなくらい色っぽい。
清四郎は気だるげに上半身を動かして、ベッドの端に腰掛ける悠理に近づいてきた。
熱を孕んだ眼で見上げられ、急に恥ずかしくなる。ついさっきまであの眼に痴態を晒していたかと思うと、恥ずかしさのあまり絶叫したくなる。
彼の視線から逃れるため、急いでベッドから立ち上がろうとした。
そこにすかさず男の手が伸びてきて、悠理の腰にしっかりと巻きついた。
「今、立ち上がると、絨毯を汚してしまいますよ。」
意地悪な呟きに、悠理は闇の中で頬を染めて、ベッドに埋もれた清四郎を睨んだ。
そうなる原因を作った張本人のくせに、何食わぬ顔をしているのが気に入らない。
「・・・えっち。」
「だって、絨毯を汚す訳にはいかないでしょう?何なら滴らないように、僕が舐めてあげましょうか?」
悠理は清四郎の下から無理矢理に枕を抜き取ると、そのまま男の頭にぶつけた。それでも清四郎は放してくれない。逆に腕へ力を籠めて、背中に顔を寄せてきた。
「この期に及んで恥ずかしがるなんて、悠理もまだまだ初心ですね。そこがまた可愛いんですが。」
腰の括れを、くちびるが這う。舌先の細やかな動きに、枯れることのない男の欲望を感じて、悠理は焦った。
このままシーツの海に引き戻されたら最後、朝が来るまで解放してはもらえない。
悠理はくすぐったさに身を捩りながら、清四郎の手を解こうと、もがいた。
「もうっ、早く放せよ。」
「舐められるのが嫌なら、抱いて行きますよ。それで、一緒にトイレに入りましょうか。」
瞬間、その光景を想像してしまい、脳味噌が爆発しそうになった。
「変態っ!」
思わず叫んで、強引に腕を振り解く。
「その変態を押し倒して関係を迫ったのは、悠理のほうですよ。」
清四郎の忍び笑いを背中で聞きながら、悠理はトイレに駆け込んだ。

トイレの中で、赤くなった頬を両手で擦る。
つき合いはじめて早一ヶ月、清四郎の際どい言動にはだいぶ慣れたつもりだけど、先ほどのように、たまに我へと返ると、やはり恥ずかしくて堪らなくなる。
普段の彼は絵に描いたような優等生で、エッチなんて興味ないと言わんばかりの顔をしているくせ、ベッドの中では―――たまにベッドじゃないときもあるが―――激しく悠理を貪って、淫らなコトバを吐きまくる。
最初はそれが当然だと思っていた。何しろ、悠理にとって清四郎は初恋&初体験の相手。他に比較する対象を知らないから、アレやらコレやら諸々のコトを、巷の恋人たちもやっていると信じていたのだ。
けれど、仲間たちの話を聞くと、どうやらそれは世間の常識からズレているらしい。
しかも、相当に。

―――あんたたちがどれだけ普通と違うか、清四郎と別れて違う相手と付き合ったら、分かるわよ。
可憐の呆れ声が脳裏に甦る。
つき合い始めた当時、悠理はとにかく嬉しくて嬉しくて、仲間を捕まえては惚気話を無理矢理に聞かせていた。その結果、全員から思いっ切り引かれてしまった。
嬉しさのあまり、うっかり野梨子にまで話してしまったときの、彼女の蒼褪めて引き攣った顔は、忘れたくても忘れられない。
因みに、それから一週間、潔癖症の野梨子は清四郎と口をきかなかった。

仲間たちが言う、フツウ、がどれほどのものかは分からないけれど。
今も、未来も、ずっとずっと、清四郎以外の相手なんて、考えられない。
だって、清四郎に夢中なのは、もう、ココロだけじゃない。
悠理は自分の身体を見下ろして、あちこちに刻まれた情熱の証を確かめた。
そこで先ほどまで清四郎にしがみついていたことを思い出し、また赤くなって身悶える。
全裸のままトイレで恥ずかしがるなど、情けないくらい滑稽な光景だが、どうしても恥ずかしさは我慢できない。

蛇足ではあるが、悠理の親も清四郎に夢中である。
悠理が知る限り、誰よりも頭脳明晰な清四郎が、劣等生の悠理の恋人になるなんて、奇跡が起こるよりも低い確率だ。親が狂喜乱舞するのも仕方ない。
気がつけば悠理の部屋には、色違いのバスローブやら、男性用の生活用品が一式揃えられており、主であるはずの悠理が何も知らなくて吃驚したくらいだ。
お陰で清四郎も居心地が良くなったのか、最近は週末だけでなく、平日も悠理の部屋に入り浸っている。しかも、相手の親公認。というより、親のほうが乗り気だから、気兼ねする必要は微塵もなく、堂々と悠理の部屋を根城にしていた。
一緒にいられるのは嬉しいけれど、清四郎を逃さぬための罠を仕掛けているようで、何となく心苦しい。まあ、はじめに清四郎を騙してニクタイカンケイを迫ったのは、間違いなく悠理のほうなのだから、今さら罠云々など言えた立場ではない。
母が夜食と称して部屋に差し入れた、思惑たっぷりの鰻重を、涼しい顔で平らげた清四郎の姿を思い出し、悠理はまたもやトイレの中で悶絶した。









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